光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





36





次に目を開けた時、ウィスは神殿の救護室にいた。以前どうしようもなく体調が悪くなった時に来た事があるので、わかる。

「何で……痛っ!?」

自分の置かれた状況を確認しようと上半身を起こし、腹の痛みに顔をしかめる。

「お目覚めかね、ウィス・ラースタディ」

「!」

突如かけられた声に、ウィスは戸口の方を見た。そこには、壮年の神官が感情を殺した顔をして立っていた。

「神官レルグ……」

目の前に立つ神官の名を呼び、ウィスは顔を強張らせた。彼は、神殿の中でも幹部と呼ばれる立場の偉い神官だ。通常、子どもの起こした騒ぎに出張ってくるような神官ではない。

「大変な事をしでかしてくれたものだな……」

レルグの言葉に、ウィスは一瞬頭が真っ白になった。大変な事? 何の事だ? 自分達は一体何をやった? ……そうだ。確か、リアンと二人で度胸試しの為にシュンセイ遺跡へ行った。そこでモンスターに襲われて……

「! リアン……そうだ。リアンはどうしたんですか、神官レルグ!? 僕と一緒にシュンセイ遺跡にいた筈です!」

「死んではいない。怪我も無い。」

冷たい声で、レルグは言う。

「そう……ですか……」

友の無事を知り、ウィスはホッと胸を撫で下ろした。しかし。

「だが、彼はもう二度と孤児院には戻らない」

「!?」

ウィスは、耳を疑った。今、レルグは何と言った? リアンは二度と、孤児院には戻らない?

「それは……何故ですか?」

「彼は、神官になる事となった。修行の為、早速今日から神殿に寝泊まりする事となる」

「!」

あくまでも事務的に、レルグは言葉を続けた。

「お前達が入り込んだシュンセイ遺跡。あそこは、神殿とサブトの副王陛下が共同で管理している重要な遺跡だ。一般人が入る事は許されていない」

「え……?」

そんな話は、初耳だ。だが、それは口にせずウィスはレルグの話に耳を傾ける。

「そして、あそこに無断で入り込んだ者は例え子どもであろうとも死刑、もしくは終身刑に処される事となっている」

「そんな……!」

ウィスは思わず叫んだ。すると、レルグは妙に優しい笑みを浮かべて言う。

「勿論、この話はリアンにもした。すると、彼は健気にもこう言ったよ。自分はどうなっても良い。だから、ウィスだけは助けてやってくれ、とな……」

「……」

ウィスは、息を呑んだ。そして、黙ったまま次の言葉を待つ。

「そこで、神殿側は今まで打診してきた神官になるという話を彼が承諾する事で今回の事を不問にする事とした。彼が神官になるというのは、そういうわけだ」

「そんな! リアンは剣士になりたいと言っていました! それが、神官になるなんて……それじゃあ、リアンの夢はどうなるんですか!?」

「夢がどうした! お前達はそれだけの事をしたのだよ! 怨むなら、軽率な行動をとった自分達を怨め!」

レルグの剣幕に、ウィスは一瞬怯んだ。だが、キッとレルグを見据えると負けじと叫ぶ。

「だったら! 僕が神官になります! 考古学の研究なら、神官の務めをしながらでもできない事は無い! 片方が神官になる事で二人の罪が許されるなら、僕がなった方が良いに決まってる!」

「駄目だ。お前では話にならん」

突き放すような言い方に、ウィスは更に噛み付いた。

「何故ですか!? 僕だってリアンと同じぐらい……いや、ひょっとしたらそれ以上に魔法が使える! 実際、あなた達は僕にも神官にならないかと打診していたじゃないですか!」

「魔法を使えなくなったお前には神官は務まらん!」

「……え?」

レルグの一喝に、ウィスは一瞬呆けた。言われた言葉の意味が、わからない。

「魔法を……使え、なくなった……? どういう意味、ですか……?」

震える声で、やっとそれだけを訊く。すると、レルグは渋面を作り、ウィスから目を逸らした。

「お前を診察した医師が言っていた。お前から、全く魔力が感じられなくなっているとな。死の淵に片足を突っ込んだせいか、かつてない恐怖を感じ精神的に負担を負った為か……原因はわからん」

「そんな……」

ウィスは、自分の両手を見た。記憶の中ではついさっきまで魔力を練り上げ、炎の鳥を作り上げていた手。言われてみれば、確かに妙な感覚がある。手の血管の中を、血が流れていないような……。

「そんな……嘘でしょう? ……嘘ですよね? 神官レルグ……」

「嘘を言って何になる?」

「……そんな!」

叫び、ウィスはベッドから飛び降りた。レルグの脇を通り抜け、戸口へと真っ直ぐに駆けて行く。

「そうそう。神官リアンは孤児院には戻らないが、お前との交流まで禁じたわけではない。会って話したり、これまでのように共に遊びに行ったりする分には一向に構わん」

ウィスの背中に、レルグが言う。だが、ウィスの耳には入らない。ウィスは走った。ただ、がむしゃらに走った。神官達にぶつかり、転び、あちらこちらに擦り傷を作りつつ走り続けた。

そしていつしか神殿を出て、町に出て。気付けば、いつも魔法の練習をしていた広場まで辿り着いていた。広場の隅には、子ども達が魔法の練習をする為の木人形が積み上げてある。

ウィスはそのうちの一つを広場の中央に運び、立てた。そして、両手を前に突き出し、深呼吸をして、いつものように唱える。

「姿を現せ、不死なる炎! 翼をまといて空を舞い、穢れを包みて無へと帰せ! ブレイズフェニックス!!」

何も、起こらなかった。炎の鳥どころか、小さな炎すら現れない。

「……! 姿を現せ、不死なる炎! 翼をまといて空を舞い、穢れを包みて無へと帰せ! ブレイズフェニックス!! ブレイズフェニックス!!」

ウィスは、叫び続けた。炎が現れるまで、十回でも、百回でも、一万回でも唱えてやろうと叫び続けた。だが、やはり炎は現れない。

「……っ! ……」

声を枯らし、息を切らしてウィスはその場に座り込んだ。浅く速い呼吸と、心臓の波打つ音がやけに大きく聞こえる。

「……何でだよ……。あんなに簡単だったのに……あんな簡単な事が、何でできないんだよ! 何でだよ!?」

ダン! と地面を両手で叩く。だが、当然何も起こらない。それでも地面を叩き続けるウィスの背後に、一人の人間が立った。

「……ウィス」

「!」

かけられた声に反応し、ウィスは振り向いた。そこには、声からウィスが想像した通りの人物――リアンが立っていた。リアンは、着慣れない神官服を身に纏っていた。正直に言って、似合っていない。服に着られているようにしか見えない。

「リアン……」

リアンの顔を見た途端に、ウィスの両目から涙が溢れ出た。

「ごめん……ごめんね、リアン……。僕の……僕のせいで、リアンの夢が……」

「……神官になったから、剣士になれないわけじゃない。陰でこっそり訓練をして、神官兼剣士になれば良いだけの話だ」

特に困った顔はせず、リアンは言った。だが、苦い物を食べた時のような顔をしている。

「だが、神官になれば神殿の命令には従わなければならなくなる。毎日の礼拝には参加しなければならないし、長期の休暇を取る事も難しいそうだ。……悪いが、考古学者になったお前と遺跡へ行って、お前を守る事はできそうにない」

そう言って、リアンはウィスの手を見た。

「……魔法を、使えなくなったそうだな……」

「……うん……」

俯き、ウィスは肯定した。その様子に顔をしかめ、リアンは言った。

「なら、ウィス。お前も剣士になれ」

「……え?」

「俺が共に行く事はできず、魔法も使えない。そんな事では、調査どころか遺跡へ行く事すら難しいぞ。剣士になれ、ウィス。考古学者兼剣士で良い。俺が神官兼剣士になるようにな」

それだけ言うと、リアンは踵を返して歩き出した。

「……リアン?」

恐る恐るウィスが声をかける。すると、リアンは足を止め、振り返らないまま言った。

「もう一度言うぞ。剣士になれ、ウィス! 剣士としてお前が強くなれば、きっとまた一緒に戦える!」

それだけ言うと、リアンは駆け出した。その後姿は、どんどん小さくなっていく。ウィスは、それをただ呆然と見詰めていた。








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