光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「姿を現せ、不死なる炎! 翼をまといて空を舞い、穢れを包みて無へと帰せ!」

暖かい陽が差し込む広場で、少年が唱えた。それと同時に、少年の頭上に鳥のような姿をした炎の塊が出現する。少年の栗色の髪が、炎の発する熱風で揺れた。少年は深緑色の瞳で前方を見る。丸くて人懐こそうな目だが、今は的代わりの木人形――丸太に枝を藁で括り付けた物――を見据えてキッと鋭く細められている。

少年は頭上に掲げていた右手を握り、人差し指だけピンと立てた。そしてその指を、真っ直ぐに木人形に向けて振り下ろす。そして、同時に詠唱を完成させた。

「ブレイズフェニックス!!」

唱えると同時に、炎の鳥は的に向かって勢いよく飛んだ。木人形があっという間に炎に包まれる。炎が消え切った時には、木人形は跡かたも無く燃え尽きていた。

「よしっ! これで十回連続成功!」

少年はガッツポーズをして飛び上がった。それを横で見ていた黒髪の少年が、楽しそうに言う。

「凄いな。本当にチリも残って無い。ウィス、やっぱりお前は、魔法の才能があるんだな」

そう言う黒髪の少年は、大人から見るととても生意気に見える顔をしている。歳は二人とも十歳前後。

「へへっ……そうかな? けど、リアンも凄いよ。魔法を使えるようになったのは僕よりも早いし、それに、剣も強いし。先生が勿体無がってたよ。ちゃんと練習すればもっと強い魔法が使えるようになるのに、リアンは剣しか練習しないって」

「興味が無いからな」

リアンの言葉に、ウィスは「えーっ」と呟いた。

「けど、本当に勿体無いよ。リアンは魔力が強いから神官になって欲しいって、先生にも神官達にも言われてるのにさ」

「俺がなりたいのは剣士だ。神官じゃない。それに、それを言ったらウィス。お前だって神官にならないかと言われていたじゃないか」

指摘をされて、ウィスは「あ、知ってた?」と頭を掻いた。

「けど、僕も神官にはなりたくないな。僕は将来、父さん達みたいな考古学者になりたいんだ。それで、父さん達が寝る前に読んでくれた物語に出てくる、ミラージュを探すんだ!」

「けど。お前がお前の親父達のように、遺跡に夢中になり過ぎてモンスターに殺されたりしたら嫌だな。だからその時は、俺が剣士としてお前を守ってやるよ」

「へへっ、ありがとリアン! じゃあ僕は、戦闘になったら魔法でリアンをサポートするよ。これから頑張って、補助魔法や回復魔法も使えるようになる! 強い敵が現れたらリアンに力を分けてあげるし、遠くにいる敵に狙われたら僕が魔法でやっつける!」

「そうだな。それが良さそうだ」

ウィスの言葉にリアンが頷き、ウィスは満足そうにまた笑った。そして二人は魔法の練習を切り上げ、辺りを掃除して帰路に着いた。

孤児院への道すがら、二人は様々な話をした。宿題の事、今日の夕飯の事、孤児院の仲間達の事。町の事。

「そう言えば、レヴィンとフォラがシュンセイ遺跡へ行こうとしたらしいな」

町に住む友人の名を聞き、ウィスはリアンの顔を見た。

「そうなの? ……え? 行こうとした、って事は……」

「闇の森で見事に道に迷った挙句、モンスターに囲まれたらしい。あと少し大人達の発見が遅ければ、食い殺されていたという話だ」

「えーっ!?」

大袈裟に驚くウィスに、リアンは「自業自得だ」と呟いた。

「あいつら、普段から剣を振り回すどころか、剣の重さに負けて振り回されてるんだぞ? おまけに、魔法もろくに使えない上に地図も読めないときてる。あれで闇の森に入るなんて、誰がどう考えても自殺行為だ」

「……そうかもねー……」

少し呆れたように、ウィスは同意した。すると、リアンが何故かニヤリと笑ってウィスの顔を覗き込む。

「だけど……俺とお前なら大丈夫だと思わないか?」

「え? 何? ……あぁ、闇の森に入るのが?」

「そうだ。俺はもう剣でモンスターとも戦えるし、その気になれば簡単な魔法くらいは使える。そして、ウィスの魔法はその辺の大人よりよっぽど強い」

リアンの言葉に、ウィスは「んー……」と少しだけ考えた。それから、楽しそうに笑って見せる。

「そうだね……うん! いけるかも!」

頷いてから、ウィスは瞳を輝かせて言葉を足した。

「そうだよね。僕達ももう十歳なんだし、武器や魔法は一通り使えるんだし! そろそろ度胸試しの『闇の森往復ツアー、シュンセイ遺跡行き』に挑戦してみても良い頃だよね!」

「だろ?」

ウィスとリアンは、二人揃ってニヤリと笑った。そして、どちらからともなく口にする。

「今夜、行こう」

そして二人は、本当にその夜その度胸試しを実行する為に孤児院を抜け出した。二人とも練習用の剣を腰に帯び、闇の森の中でも相方を見付けられるように白いマントを羽織る。

闇の森に踏み込んだ途端にモンスター達が襲い掛かってきたが、ウィスとリアンのコンビは子どもとは思えない剣技と魔法、そしてコンビネーションで襲い掛かるモンスターを次々と倒し森を突き進んでいく。

やがて二人は、闇の森を抜けた。恐ろしい事に、二人とも無傷だ。子どもの体力故少々息があがってはいるが、それ以外に不調らしい不調は無い。

「楽勝だったな」

「そうだね。けど、まだゴールじゃないよ。シュンセイ遺跡で、何か証拠の品を貰ってこないと」

楽しそうに言うリアンにウィスがやはり楽しそうに言う。二人は少しだけ休むと再び歩き出し、シュンセイ遺跡へと赴いた。

そして、シュンセイ遺跡に辿り着いた二人は思わず足を止め、珍しい動物でも見るような目でその遺跡を眺めた。

「うわぁ……」

「いかにも、という感じだな……」

その眼前には、洞窟のような物がある。入り口の辺りには石が積まれ、しっかりと固定されている。辺りには雑草が生え放題に生えており、蔦が絡まっている石像がある。積まれた石や石像には、何やら文字が刻みこまれている。

「凄いや……本当にシュンセイ遺跡まで来ちゃったよ、僕ら……!」

「この調子なら、証拠になりそうな物も簡単に見付かりそうだな。……ウィス、何を持って帰れば、シュンセイ遺跡に行ったと証明できる?」
「そうだなー……」

ウィスは腕組みをして考え込んだ。

「ただの石や木切れを持ち帰っても、誰も信じてくれないだろうし……やっぱり、文字か何かが彫ってある物かな? ほら、ここって他の遺跡と比べて新しいって先生が言ってたよね? だからかな。他の遺跡と比べて、文字が僕らの使ってる文字に似てない?」

「……確かに。だが、俺達が使っている文字と同じかと言われると違う……」

石像に彫り込まれた文字を指でなぞりながら、リアンは呟いた。

「だからさ、こういう文字が彫ってある物を何でも良いから持って帰ったら、信じてもらえるよ、きっと」

「そうだな。……よし、中で何か文字が彫ってある物を探そう」

リアンが同意し、二人はシュンセイ遺跡の中に足を踏み入れた。中は二人が思った以上に整備されている。床は平らに均されており、天井や壁は所々に板をあてて補強されている。

「何か、拍子抜けだなー……。もうちょっと危険な場所を想像してたんだけど……」

ウィスが不満そうに言い、リアンが同意するように頷いた。それでも二人は宝探しを止めず、辺りをキョロキョロと見渡しながら前へ前へと進んでいく。

そして、百メートルも進んだところでウィスがピタリと足を止めた。

「どうした、ウィス?」

リアンが訝しげに問うと、ウィスはスッ、と手を上げ、前方を指差した。

「あれ……」

言われてリアンがウィスの指が指す方を見てみれば、遺跡の奥から光が漏れている。夜の遺跡だというのに、だ。

「……何だろう? ……まさか、盗掘者かな……?」

顔に緊張を張り付け、ウィスが呟いた。横にいるリアンの顔も、緊張を帯びる。

「まだ決まったわけじゃない。希望的観測を言うなら、光り輝く宝があそこにあるという可能性だってある。……とにかく、静かに様子を見るぞ」

ウィスは頷き、リアンと共にそっと奥へと忍び寄った。岩陰に身を隠すようにして、こっそりと奥を覗く。果たして、そこには……

「モンスター!?」

思わずウィスは叫んだ。そこに潜んでいたのは、盗掘者でも宝物でもなかった。全長が三メートルから四メートルはありそうな大きなトカゲ。口には鋭い歯がずらりと並び、手足にはやはり鋭い爪が備わっている。二足歩行で、かなり速そうでもある。

「なっ……何あれ!?」

「わからん! だが、気付かれたみたいだ! 来るぞ!」

叫び、リアンは剣を抜いた。ウィスも魔法を唱えようと、後にさがる。突然の事に二人とも、何故この空間の壁にはたいまつが灯っているのかなどと考える余裕は無い。

リアンがモンスターに斬りかかり、モンスターはその鋭い歯でリアンに襲い掛かる。剣と歯とがぶつかり合い、鈍い音を立てた。

「ぐっ……!」

受け止めたは良いが、腕力が足りない。リアンの体が、徐々に圧されてさがっていく。リアンが必死にモンスターの攻撃を防いでいる間に、ウィスは詠唱を開始した。

「姿を現せ、不死なる炎! 翼をまといて空を舞い、穢れを包みて無へと帰せ! ブレイズフェニックス!!」

炎の鳥がモンスターに突撃をかける。モンスターと炎の鳥とがぶつかり合う瞬間にリアンは跳び退り、一瞬後にはモンスターが炎に包まれる。

「やったか!?」

「多分! 今までこれで倒せなかったモンスターなんて……」

ウィスが言い終わる前に、モンスターは炎を振り払った。

「!」

ウィスとリアン、二人の顔が驚愕で歪む。

「な……そんな……!」

「ウィスの魔法が効いていない!?」

自信のあった魔法をあっさりと振り払われ、二人は呆然とモンスターを見詰めた。モンスターは攻撃された事で怒ってしまったのだろう。鋭い爪を備えた強そうな足で地面を掻き、勢いを付けて二人に走り迫ってきた。

「!」

あまりの勢いに、リアンが一瞬及び腰になった。そして、剣を振り上げるタイミングが遅れる。

「リアン! 危ない!」

咄嗟に、ウィスは走り出した。飛び込むようにモンスターとリアンの間に割って入り、リアンを突き飛ばす。

そして、次の瞬間。

ウィスの腹に、モンスターの鋭い歯が突き刺さった。

「う、あ……あぁ……っ!」

声にならぬ声でウィスが呻き、力を振り絞ってモンスターの口から逃れようとする。だが、モンスターの顎の力は強く、またその歯は深々と腹を抉っていて簡単にははずれそうにない。

「ウィス!」

青ざめたリアンが、モンスターに斬りかかった。迷わず首を狙い、斬り落そうとする。だが、殺気に気付いたモンスターは首をグルンと振り、そして口を開いた。ウィスの身体が宙を舞い、リアンの正面に投げ出される。

「っ! ウィス!」

危ういところで、リアンは剣を投げ捨てた。串刺しになる事を免れたウィスはそのままリアンにぶつかり、二人は地面に激突する。

「……っ……ウィス! おい、ウィス! 返事をしろ! ウィス!!」

リアンが必死に叫ぶが、ウィスは体を動かす事ができない。

「あ……リ、アン……逃げ……」

何とか口を動かし、そこまで言ったところでウィスの意識は途切れた。意識が完全に消え去る直前、ウィスの視界には泣きそうな顔でウィスを呼ぶリアンと、その背後に迫るモンスター。そして、いくつかの人影が見えた。









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