光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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三頭の馬が駆けてゆく。一頭の馬にはシン。一頭にはフェイと、その前にリノ。最後の一頭にはサーサと、その背中にしがみつくようにルナ。

「本当に奴らはセツファンへ向かったってのか、シン!?」

馬を走らせながら、フェイがすぐ前を走るシンに問う。シンは、やはり馬を停める事無く……そして、後も振り返らずに答えた。

「間違い無いと思うよ。トーコク遺跡の魔法で向こうへ行けなかったウィス達は、とりあえず場所を移動したと思う。彼らの場合、一か所に留まるのは危険だからね。けど、だったら何処へ? 顔を知られているから、トーハイには戻れない。彼らなら、私達が王様に謁見した事を予想できるだろうし、ミャコワンにも行けない。勿論、ウォートンにも。王様に謁見した事が予想できれば、港に手配書が回っている事は容易に想像できる筈だから!」

「そうなると、あと行けるのはセツファンかレイホワって事になるのか。けど、セツファンに立ち寄らずにレイホワへ行っているって可能性は!?」

後方でサーサが声を張り上げる。シンも、それに合わせて声を少し大きくした。

「ノウス雪原を通るには、念入りな準備が必要になる! 地形はほぼ同じなわけだし、ウィス達もそれはわかってると思う。それに、ニナさん達が言ってた謎の人物の事もある!」

「私の後にトーハイから出ていったという方の事ですわね?」

ルナの声に、シンは前を見ながら頷いた。

「その人は、セツファンへの道をニナさん達に聞いた。勘だけど、多分その人はウィス達の仲間だよ! セツファンで合流しようとしてるんだと思う! ……リノ達が神殿で聞いたアストっていうのはその人の事かもしれない!」

「けど、その人……仮にアストという人だとして、アストは一体どうやってトーハイに入ったの!? ミラージュと繋がっている部分は、皆が見張っていた筈よ!?」

「大量のモンスターが襲ってきたって言ってたでしょ? どうやったかは知らないけど、アストはシャンカイからトーハイに向けて大量のモンスターを放ったんだ。それで、皆がモンスターに気を取られて混乱しているドサクサに紛れて、トーハイに降りたんだと思う!」

「それを、後から応援に来た兵達が町の人間と一緒に浜辺から追い出しちまったってわけか! ……何てこった!」

「兵達は町の人間の顔を知らなかったんだ。悔しがっても仕方無いだろ、フェイ! それよりも、そろそろセツファンに着く頃なんじゃないのか!?」

サーサの言葉に、シンとフェイは頷いた。だが、どれだけ馬を走らせてもセツファンの町は見えてこない。地面に、薄らと雪が積もっているのが見え始めた。

「おかしいわ……。セツファンはノウス雪原と、非積雪地帯の中間にある町よ。もう雪原に入ってるのに、見えてすらこないなんて……」

リノが不安げに呟いた。他の面々も不審に思い、一度馬を停める。シンは荷物からコンパスと地図を取り出し、暫くの間それを真剣な目で見詰めた。そして、太陽の位置を確認してから言う。

「方角は間違ってないと思うよ。この辺りは、もうセツファンに入っていると思う。けど、いつまで走ってもセツファンは見当たらない……」

「と、いう事は……」

サーサが生唾をごくりと飲み込んだ。

「信じられない事だけど、セツファンが消えた……。ひょっとしたら、消されたのかもしれない……ウィス達に」

「消された!?」

リノが、悲鳴を上げるように叫んだ。

「そんな事が可能なのか!?」

フェイの問いに、シンはふるふると首を横に振った。

「私が知る限りでは、そんな方法は無いと思う。けど、彼らはミラージュ……異世界から来たんだよ? 確かに、あちらの世界は私達の世界と酷似してた。けど、こちらには無いシュンセイ遺跡があったり、多少の違いはあった。こちらには無い魔法があちらにあっても、不思議じゃない」

「……」

シンの言葉に、仲間達は黙り込んだ。それを叱咤するように、シンは言う。

「セツファンが消えた以上、ここにいても仕方が無いよ! 多分、ウィス達はセツファンを消した後レイホワに向かったと思う。……急ごう!」

手綱を捌いて即座に駆け出そうとするシンに、リノが慌てて言った。

「待って、シン! 町が一つ消されたとなったら、もう私達だけで何とかできるような事じゃないわよ! 王様に報告して、こっちにも軍隊を回してもらった方が良いんじゃないの!?」

「それはトーハイで、軍の中隊長さんにお願いしておいた! けど、彼がミャコワンまで行って王様に事情を話し、軍を出してもらうにはかなり時間がかかると思う! ひょっとしたら、これ以上人員を裂く事はできないという理由で出してもらえない可能性だってある! こっちがもたもたしている間に、ウィス達は次の行動に移るかもしれないよ! 何としても止めないと!」

「何をそんなに焦ってるんだ!? お前らしくねぇぞ!」

「……」

フェイの問い掛けに、シンは手綱を握ったまま腕をゆっくりと下ろした。

「……そうだね。焦ってるんだと思う」

「……焦っている理由を、今尋ねても構いませんこと?」

黙ったまま頷き、シンは馬をゆっくりと歩かせ始めた。フェイとサーサにも目でそれを促す。話はするが、その間にも少しでも歩を進めるつもりのようだ。

「……ウィス達は、レイホワに向かっている。その後は多分……シューハクに向かうつもりだと思う」

「何でそんな事がわかるんだよ?」

「彼らがこっちの世界を滅ぼそうとしているからだよ」

「?」

サーサが首を傾げた。すると、気配でそれを察したのか、シンは振り向かないままに言う。

「ルナの魔法を思い出せばわかると思うけど、シューハク遺跡島には大きな力が眠っている。それには血を薄める事無く強い魔力を保ってきた事や、昔からの文献を初めとする資料を守り続けてきた事、様々な要因があると思う。私がウィス達なら、まずはシューハクを抑えるよ。完全に制圧して貴重な文献や道具を自分達だけの物とするか、強力な魔法を使えるシューハクの人々を口八丁で自分の手足の如くにしてしまうか……それはその時次第だろうけどね」

「それは……そうですわね。シューハクを完全に手中に収める事ができれば、他の町を滅ぼすのも容易い事ですわ」

ルナが肯定した。すると、リノが怪訝な顔をする。

「けど、さっきの話だと、アストが使った可能性のある魔法で町を消せるかもしれないんでしょう? そんなに強力な魔法が使えるのなら、わざわざ遠回りしてシューハクを抑えなくても……」

「強力な魔法には大きな制限がつきものだよ。本当に町を魔法で消したとしても、多分その魔法は……町一つを消すのが精々なんだと思う。それが使用者の魔力のキャパシティに因るものなのか、魔法自体の制約に因るものなのかはわからないけど……何でも消せるのなら、世界を丸ごと消してしまえば済む話だからね」

「トーコク遺跡の塔を使って元の世界に戻る事も援軍を期待する事も難しくなった。手持ちのカードに一発逆転を狙えるような物は無い。奴らは追い詰められたネズミってわけだ」

シンは頷いた。

「そう。だからこそ、シューハクへ行ってその一発逆転を狙えるカードを手に入れようと考える可能性は高いと思うよ。けど、シューハクへ行くにはリルンベ湖を渡るしかない。でも、ウィス達は湖東では手配をされていて、船に乗る事はできない」

「どの道、シューハクへ行く船なんざウォートンからは出てねぇけどな。かと言って、その辺の湖岸で筏なんか造ってたら目立って仕方ねぇ。あの辺には身を隠せるような森も無ぇしな」

「そうなると、シューハクへ渡る方法は限られてくる。一つは、古界の森の奥まで行き、トゥルギ山脈を越えて湖西に行く。サイスイ周辺なら、湖東ほど警戒はされないだろうしね」

「けど、古界の森には後から軍が派遣された筈だぜ?」

「そう。捕まる危険を考えれば、古界の森に長居はできない。彼らは、軍が森に着く前に森から姿を消す必要がある。だから、トゥルギ山脈を越える案は採り辛い」

そこで、シンは一度唾を飲み込み、呼吸を整えた。

「次に考えられるのは、ノウス雪原を通り、ホウツ氷海を渡り、更にルプー雪山を越えて湖西に出るという方法」

「それは無理よ。標高的にも気候的にも、ルプー雪山を登る事がまず人間にはできないわ」

「だよね。それで、考えられる三つ目の方法。レイホワへ行って、そこで筏を作る」

仲間達は、一斉に怪訝な顔をした。

「レイホワで筏を作ってどうするんだよ? ホウツ氷海じゃ筏は役に立たないぞ」

「例えば、その筏の底の一部を削って、ソリのように氷上を滑る事ができるようにしたら? レイホワなら、周辺に身を隠せる防風林がある。そこでソリにもなる筏を作って、ホウツ氷海上を滑らせて南へ運ぶ。そして、気温が上がって氷が解け始めたところで筏を水に浮かべて、乗ったら?」

「あ……」

シンが何を言おうとしているのか理解し、一同は青ざめた。

「ホウツ氷海とリルンベ湖は繋がってる……。けど、ホウツ氷海とリルンベ湖の境を見張ってるような人間はいねぇ……」

「防風林の中で夜になるのを待って……暗くなってから行動を開始すれば、誰にも見咎められる事無くリルンベ湖まで筏を運ぶ事も可能かもしれませんわね……」

「そこまでできれば、あとはルナと同じ方法――魔法を使えばシューハクまで行ける……。向こうにも、チャキィっていう魔法使いがいるからね。それでなくても、向こうはアストを加えれば男手が三人もいる事になる。魔法を使わなくても、漕いでリルンベ湖を渡る事もできると思うよ。……大変だとは思うけどね」

そこで、シンは馬の歩みを速め始めた。

「湖に出られたら、私達には手出しが困難になる! ホウツ氷海に沿って急ぐよ!」

言うや否や、シンは馬を駆けさせた。フェイとサーサは、慌ててその後を追う。

「それにしたって、シンの様子……おかしくないか? 何て言うか……やっぱり、らしくない」

フェイと並走しながら、サーサがフェイに向かって首を傾げて見せた。それに、フェイは頷いて見せる。

「サーサもそう思うか? そうだな……何とか冷静に振る舞って抑えちゃいるが、あれじゃあまるで……親の仇でも取りに行くみてぇだ……」








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