光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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シャンカイへ急いだシン達は、まっすぐに海岸へと向かった。海の一部は相変わらず光り輝き、そこがミラージュ――シン達の世界と繋がっている事を示している。

だが、心なしか以前訪れた時よりも光が町に近い気がする。そして、光を覗いてみるとそこに見えたのはトーハイの海ではなく、トーハイの浜辺と町だった。

「……ルナの言う通り、世界は少しずつ移動しているみたいだね。多分、今この世界は私達の世界の方のトーハイの真上に差し掛かってるんだと思う。あと何日かしたら、ここを飛び降りたらミャコワンの王城、なんて事になるかもしれない」

シンは、サーサを見た。

「サーサ、やめておくなら、今が最後のチャンスだよ? 今のところ、私達の世界からこちらの世界に来るにはリアン達がトーコク遺跡の塔の魔法を発動させるしかないみたいだし……もし彼らの説得なり何なりに失敗したら、帰ってこれなくなるかもしれない……」

だが、サーサは首を横に振りきっぱりと言った。

「言っただろ。お前らと一緒に、ミラージュへ行く覚悟はできてる。それに……もしシンの勘が当たってたら、ミラージュどころか僕達の世界も大変な事になるかもしれないだろ? それは勘弁して欲しいしな。それに、同じ世界の人間として、そっちの世界を滅ぼしに行った奴らを何とかしないと」

シンは頷いた。そして、光を再び覗き込む。

「……行くよ」

そう言って、シンは光の中に足を踏み入れた。仲間達も、それに続く。

その途端、急に足元が消えたような感覚に襲われ、シン達は文字通り落ちた。不思議な事に、海の水は落ちる事は無い。ただシンが、リノが、フェイが、ルナが、サーサが、五人の人間だけが落ちていく。

トーハイの町が眼前に迫る。そう言えば、ウィスとリアンがトーハイに現れた時は着地をする前にシンに斬りかかってきた。初撃を剣で受け止めいなしたわけだが、ひょっとしたらあの攻撃は着地の威力を緩和する目的もあったのかもしれない。

「英傑の祈りが呼びし風……乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!!」

とっさに風を起こし、目には見えないクッションを眼下にこしらえた。風を地面に叩き付ける事で重力に抵抗し、少しずつ地面に近付いていく。

「シン!?」

「リノちゃん!? 何だってそんなところから!?」

「フェッ……フェイ殿! 一体いつトーハイへ!?」

「おい、あの人……大量のモンスターが現れた時、何かやった人じゃないのか!?」

その場に居合わせたトーハイの人々、兵士達がざわめいた。だが、シンは彼らに答える事無く、地面に降り立ったと同時にテキパキと指示を出し始めた。仲間も町の人々も関係無く、その場にいた人間達に、だ。

「フェイ! 軍の上に掛けあって、馬を調達して! 数は……ルナ、馬には乗れる?」

「乗った事はございませんわ」

「フェイ、三頭! リノとルナは馬に乗れないから、誰かと一緒に乗ってもらう事になる!」

「よし。三頭だな!?」

「リノは治療院に行って。先生達に、薬の補充をしてもらって来て欲しい」

「わかったわ」

「……皆。悪いんだけど、食料を少しずつ用意してくれないかな? 多分、私達の手持ちの食料だけだと足りない。けど、保存食を作ったり買い集めたりしてる時間も無い」

「わ、わかった!」

フェイとリノがそれぞれ駆け出し、トーハイの人々も自分達の家に向かって走り出した。その後姿を見送ってから、数人の女性が進み出、おずおずとシンに声をかける。

「シン……」

「ニナさん達……どうしたの?」

「それがね、シン達が出発した後……私達、交代で町の出入り口に立つようにしていたのよ」

「それでね、それとなーく見てたのよ。その……ミラージュから来た人達が戻ってくるといけないと思って」

「そっちの金髪のお嬢ちゃんがトーハイに入って、また出ていくのは見たんだけどね」

「そう言えば、その節はろくな挨拶もせず失礼致しました。私、ルナ・セレナードと申します。どうぞ皆様、以後お見知りおきを」

「あ、これはご丁寧に……じゃなくてだねぇ」

ルナの挨拶にペースを乱されつつも、女性達は話を続けた。

「それでね。そのルナちゃん以外の人間が入ってきたのは、見てないのよ」

「けどね、トーハイを出ていったのは、ルナちゃんだけじゃないの。もう一人いたのよ、男の人が」

「男の人?」

首を傾げて、シンはとりあえずサーサを見た。サーサは「僕なわけないだろ」と目で訴えている。

「あぁ、勿論その坊やじゃないわよ。背はもっと高かったわ。大人しそうな人ではあったんだけどね」

「でも、知らない顔だったし。それに、いつトーハイに来たのかわからないから、気味が悪くって……」

「……その男の人、何か変わったところはあった? 変わった動きをしていたりとか……」

シンに問われ、女性達は顔を見合わせた。

「特に変わった動きはしてなかったけど……変わった喋り方はしてたわよね」

「そうそう。あの喋り方は、かなり独特だったわ」

「喋ったの!?」

驚いた顔をして言うシンに、女性達は頷いた。

「道を聞かれたのよ」

「セツファンへの道を教えて欲しいって言われたわよね」

「……」

女性達の言葉を聞き、シンは黙り込んだ。何かを考えているようだ。

「……シン?」

女性達が不安げにシンの顔を覗き込む。やがてシンは顔を上げ、女性達に向かって言った。

「ニナさん達、防寒具ってすぐに用意できる? 五人分! フェイの体が大きいから、もしサイズが合う物が無ければ毛布に手を加えてマントみたいにしただけでも良い。とにかく、できる限り早く揃えたいんだけど……」

「できない事は無いわよ。とにかく、防寒具を五人分――そのうち一人分は特大サイズを用意すれば良いのね?」

その言葉を受け、シンはルナとサーサに顔を向けた。

「ルナ、サーサ。二人はニナさん達に付いて行って、防寒具を受け取ってきて。フェイ用を作る事になるなら、できるだけ早く完成するように手伝ってきてほしい」

「それは構いませんけれど……防寒具が必要なのですわね?」

「うん。詳しい話は後でするけど……次はセツファンに行く事になる。ひょっとしたら、更にその向こうのレイホワまで足を延ばす事になるかもしれない。だから、防寒対策と食料、薬の補充は念入りにやっておかないとね」

そう言いながら、シンは踵を返して歩き出した。

「おっ……おい! お前はどこに行くんだよ、シン!?」

「自分の家だよ。使えそうな物が無いか探してくる」

それだけ言うと、シンはすぐさま駆け出した。後に残されたルナとサーサは顔を見合わせ頷き合うと、町の女性達と共に走り出した。








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