光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





29





「ほらほら! ここが私の診療所よ!」

レイホワの最奥に近い場所。そこにある建物の前で、ホースはウィス達を手招きした。

鍵を開け、中に入るとそこには少しだけ広い部屋があり、ソファーが数脚と鑑賞用の造花があった。どうやら待合室らしい。ホースに案内されるまま奥へ進むと診察室があり、更に奥へ行ってみればベッドが三つ並んでいる部屋がある。

「熱がやばいぐらい高い人とか、傷が酷くてあまり動かせない人なんかはここに泊めて、ある程度良くなるまで様子を見るようにしてるのよ。今は誰も泊ってないから、四人でそのベッド、適当に使ってくれて良いわよ」

いつの間にか、レイホワにいる間はホースの診療所を宿代わりにする事が決まっていた。だが、あまり多くの人間に顔を見られたくはない身としてはありがたい。勿論、金銭的にも。

「宿代は要らないわよ。その代わり、料理を中心に家事をよろしくね。洗濯までやれとは言わないからさ」

その言葉が予測済みだったのか、既にリアンはベッド部屋の横にある台所へ勝手に入り、器具の種類をチェックしている。料理は苦手という割に器具の揃いは良いらしく、リアンの顔はどことなく満足げだ。

「ところで、ウィスくん達さー……」

ベッドに腰掛け、リラックスしながらホースは言った。

「世界を滅ぼそうとしてるって本当?」

「!?」
不意打ちの発言に、四人は息を吸い込んだまま静止した。

「ホース……何で……どこで、それ……」

思わず口を滑らせ、ウィスはハッと口に手を遣った。だが、もう誤魔化せない。

「んー……ミャコワンを出てからさ、トーハイに寄ったのよ。あの町、結構立派な治療院があるんのよ。知ってる? そこの院長先生に昔お世話になったからさ、挨拶に行ったのよ。そしたらトーハイは兵士だらけ。おまけに、海の上には何かよくわかんない……闇の塊? とでも言えば良いのかな? そんな感じの物が浮かんでるし」

「……」

ウィス達の世界の事だ。別に、闇の塊というわけではない。ただ、この世界と繋がったのが宵闇の町シャンカイだったというだけの話だ。

「わけがわかんなくて町の人達とかに話を聞いたらさ、伝説のミラージュが現れた、あれがそうだ、って言って闇の塊を指差すし。もっと詳しく聞いてみたら、そこから人が現れたとか、その人達が「この世界を滅ぼす」みたいな事言って戦闘になったとか、物騒な話がぽんぽん出てくるのよね。あとは、この騒ぎを報告する為にトーハイに住んでる学者の女の子がミャコワンに行ったとか、院長先生の娘さんがその子の友達なもんだからくっついてミャコワンに行っちゃったとか、二人ともまだ帰ってこなくて代わりに軍隊が来たとか」

一気に捲し立て、そしてホースは大きく息を吐き、吸った。

「その闇の塊から出てきたって人達の人相が、ウィスくん達にそっくりだと思ったのよ。……勿論、トーハイの人達の話から私が正しくイメージできていれば、の話だけど。……その様子だと、正しくイメージできてたようね」

「……」

ウィス達は、言葉を発する事無く黙り続けている。リアンは剣に手を伸ばしたが、そこからどう動くべきか判断できずにいる様子だ。

そんな彼らに、ホースは問うた。

「……どうして世界を滅ぼそうとしているのか、なーんて、聞いても多分答えてくれないわよねぇ?」

「……」

四人は黙ったままだ。すると、ホースは軽く溜息をついてからにっこりと笑った。

「よし、わかった。なら、話したくなるまで私はウィスくん達の手伝いをしてあげよう!」

「!?」

思いがけない言葉に、四人は驚き唖然とした。

「ちょっ……ホース!?」

「あ、手伝うと言っても、勿論人を殺したりはしないわよ? それに、ウィスくん達が誰かを殺しそうになったら全力で止めるわ。医者だもの、当然よね。……いや、医者じゃなくても、人として当然か」

「その医者が、何故世界を滅ぼす手伝いをしようなどと言う? 冗談で済む話ではないぞ」

顔を険しくし、リアンは剣にかけた手に力をこめた。今すぐにでも剣を抜きホースに斬りかかろうとする体勢だ。

「リアンくんと同じ疑問を、私も持ったからよ。短い付き合いだけど、ウィスくんもリアンくんも、アストくんもチャキィくんも……好き好んで世界を滅ぼすような人間には見えないわ。何故、ウィスくん達は世界を滅ぼそうなどと言っているのか? 勿論、リアンくんが言うように、冗談で済む話じゃないわ」

「……」

「けど、そんな理由、考えてわかるような物じゃないじゃない? そして、ウィスくん達はその理由を語ろうとしない……。じゃあ、あとはウィスくん達と行動を共にして、察する他は無いわ。けど、ただついて行って観察してるだけじゃ、芯になる部分は見えてこないと思うの。ある動物の生態を知りたければ、観察日記をつけるだけじゃなくてその動物になり切ってみる事も必要よ。実際に行動して、初めてその意味がわかる事だってあるわ」

「だから、僕達を手伝うと……?」

ホースは、頷いた。

「ま、手伝うと言っても簡単な事だけだけどね。買い出しとか、戦闘後の回復とか……そういう役割の人間が一人くらいいた方が、何かと便利なんじゃないかしら?」

それは、確かにそうだ。買い出しの為に町中をうろつかなくて済むのであれば、その分兵士達に見付かる恐れは減る。

ホースは、黙ったままの四人の顔をぐるりと見渡した。

「そんなわけで、私はウィスくん達に付いて行くわよ。異存はある? ……黙ったままって事は、無いわよね? はい、決定ー!」

声高らかに宣言し、両手をぽんと叩いた。その途端、部屋の中の張り詰めた空気が緩んだようにウィスは感じた。

ホースは一旦隣室へ行くと、白衣を手に戻って来た。どうやら、隣室がホースの私室らしい。ホースは白衣に腕を通し、バサリと裾を翻した。白衣を纏うと、少しだけ医者のように見えた。

「よし! そうと決まったら、やる事やっておかなきゃいけないわよね!」

「やる事?」

ホースの言っている意味がわからず、ウィス達は眉を寄せた。すると、ホースはにっこりと笑ってウィスの肩に手を置いた。そして、言う。

「脱いで」

「……は?」

言われた言葉の意味がわからず、ウィスは思わず聞き返した。すると、ホースはウィス達四人を観察するように見ながら言った。

「健康診断よ、健康診断。これから何をするのか、どこへ行くのか知らないけど、何をするにも体は資本! 体調管理は万全にしておかないとね! 私はウィスくん達の主治医として、体の普段の状態を知っておく必要があるわ。そんなわけで、観念してさっさと脱いで頂戴!」

言いながら、既に上着を一枚二枚と剥いている。自己申告通り、力が強い。

「おっ、結構良い体してるわね、ウィスくん! 学者兼教師とは思えないわー」

そして、ホースは残る三人をちろりと見た。

「ほら、そこの三人も早く脱いで脱いで! 手間取らせる子は、お尻に注射しちゃうわよー!」

「何でボクを見ながら言うんですか! ……と言うか、ボクは結構です! よく食べよく寝てよく動く元気っ子ですから!」

「私も……健康診断は、必要……無いです。勤め先で、三ヶ月前に……受けた、ばかり……です。問題は……ありません、でした」

「俺も、必要無い。体調は常に自分で管理しているからな」

三人は必死で抵抗を口にしながら、じりじりと後にさがっていく。その様にホースはふぅ、と溜息を吐くと怪しげに嗤った。

「そう……本当はこの手は使いたくなかったんだけど……。ここまで健康診断を拒むなら仕方が無いわね……強硬手段に移らせてもらうわよ!」

言うや否や、ホースは白衣の下に着た緑色の上着に手を遣った。そして、裏地に仕込んであったメスを一本引き抜くと、それをウィスの額に当てた。

「さぁ、観念して健康診断を受けなさい! でないと、ウィスくんの眉毛が片方だけ無くなるわよ!」

「な……」

「うぃ……ウィス先生に手を出すなーっ!」

「人質を、取る……なんて、卑怯、です……!」

そもそも、ホースの言い方が怪しいので全員が拒否反応を起こしているわけだが、要はただの健康診断だ。打診、触診、問診が関の山で、危険は無い筈であり、ここまで拒否をする必要性も無い。だが、一度持ってしまった嫌悪感は簡単には消えない。そして、ホースは現在の雰囲気にノリノリだ。よって、茶番は続く。

「卑怯で結構! 全ては皆の健康を完全確実な物にする為よ! その為ならウィスくんの眉毛の百本や二百本、剃り落とす事に抵抗なんて全く無いわ!」

「……うぅ……!」

「……どうしようも、無い……です……」

チャキィとアストはすっかりホースのペースに乗せられてしまっている。実際には人命がかかっているわけではない。そして、メスが剃刀の代わりになるのかもイマイチわからない。……が、その場の雰囲気に呑まれてしまっているチャキィとアストはその点に気付かない。

リアンは気付いているのか、呆れた顔でチャキィ、アスト、ホースの遣り取りを眺めている。この隙に逃げ出してやろうかという考えが頭を巡っているかもしれない。そんなリアンと、ウィスの目があった。ウィスは目で「逃げるな」「見捨てるな」「片眉毛は嫌だ」と訴えている。

リアンは盛大に溜息をつき、両手を挙げた。

「……わかった。降参だ。好きにしろ」

その態度に、ホースは満足そうに頷いた。ウィスの顔からメスを離し、診察室へと続く扉へ向かう。

「診察室で一人ずつ診断するから、呼ばれたら入ってきてねー。今ここで脱ぐのが恥ずかしかったら、診察室で脱いでも良いわよ。じゃあ、まずはウィスくんから」

それだけ言うと、ホースは引きずるようにウィスを診察室へ連れて行ってしまった。扉の閉まるバタンという音が部屋に響く。その余韻が消えてから、チャキィがぽつりと呟いた。

「ボク……今まで戦ったどんなモンスターよりもホースさんが怖いです……」








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