光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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結果を述べると、副都サブトはスルーする事となった。近くまで行ったは良いものの、街の門という門に厳重な警備が敷かれていたのだ。……いや、警備などというレベルではない。街の周りに軍を待機させていると言った方がしっくりくる。

街に入らなければ生活が成り立たない者や、街に居を構えていて旅から戻って来たような者は何らかの方法で身分証明をし、街へ入っていく。

だが、シン達はそうするわけにはいかない。何せ、異界人だ。身分の証明なぞ、できる筈が無い。

何故サブトがここまで物々しい事になっているのかわからないが、無理矢理街の中に入るのは危険だろうという結論に一同は達した。

「どうしてもサブトに入らなきゃいけないワケがあるわけでもないしね。とりあえずサブトに入るのは諦めて、サイスイを目指そう」

シンの提案に仲間達は特に異存も無く、そのままサイスイへ向かう事となった。

「それにしても……一体何があったのかしら? 街の周りにあんなに兵士がいるなんて……。サブトって、いつもあんな風なのかしら?」

「いや、少なくとも、俺が知ってるサブトはあんなんじゃねぇはずだ。おい、サーサ。こっちのサブトはいつもあぁなのか? まるで、いつ戦争になってもおかしくねぇように備えてるみたいじゃねぇか」

「縁起でもない事言うなよ。……サブトに行く事なんて滅多に無いけど、僕が前に行った時はあんなにたくさんの兵士はいなかったよ。身分証明なんかしなくても街に入る事ができたし」

フェイの問いに、サーサがブルブルと頭を振った。戦争ともなれば、フジャマの人々が巻き込まれてしまうかもしれない。彼としては、そんな事にはなって欲しくないだろう。

「大体、戦争って……何と戦うってのさ? ミラージュ……お前らの世界の奴らが軍隊を編成して攻め込んでくるとでも言うのかよ?」

「それは無いよ。私達の世界からこっちの世界に来るには、今のところトーコク遺跡とカホン遺跡の塔を使うしか無いんだから。あの塔で一度に運べるのは精々十人かそこらだし、一回使うのに呆れるほどの魔力と時間を消費するみたいだしね。とてもじゃないけどあれを使って軍隊を移動させる気にはならないよ」

「では……サブトは一体何と戦おうとしていらっしゃるのでしょうか?」

「わからない……けど、材料が無い今のうちは、あまり考えないようにしておいた方が良いんじゃないかな? 仮説を立てると、思考はついその仮説を正答にするための証拠ばかり考え探すようになる。そうすると、もし答が全く違うところにあった場合に大変な事になるかもしれないからね。確たる証拠か、強烈な第六感の働きでも無い限りは、無理に答を出さない方が良いと思うよ」

言いながら、シンは前方を指差した。町が見える。その向こうには、海と見間違えるほど大きな湖が広がっている。

「サイスイだ!」

サーサが走り出した。一度だけ足を止めて振り返ると、彼は言う。

「知ってるか? サイスイの露店で売ってる魚フライは物凄く美味いんだぞ! フライだけじゃない。リルンベ湖で獲れる魚を使った料理の数が、物凄く豊富で、どれも美味いんだ!」

「ほう! そりゃ良いな!」

「美味しい物を食べられるのは嬉しい事ですわ」

食べ物につられたかのように……いや、実際つられたのかもしれないが、フェイとルナもサーサに続いて走り出した。

「シン! リノ嬢ちゃんも! 早く来ねぇと、はぐれるぞ!」

急かすフェイに、シンとリノも苦笑しながら続いた。走った分だけサイスイは早くシン達に近付き、間もなく彼女達は町の中に足を踏み入れた。

そこは、非常に活気のある町だった。あちらこちらから、客を呼び止める元気な声が聞こえてくる。

「今朝サイスイに着いたばかりの新鮮な果物だよ! お一ついかが?」

「湖東に手紙や荷物を届けたい奴はいないか!? 料金さえ弾んでくれれば、王様のところにだってお届けするぜ!」

「そこの可愛いお嬢さん達! 綺麗な髪飾りはいらないかい!?」

「そこ行く旦那! 一枚似顔絵を描かせてもらえませんか? 男前にしておきますよ!」

町の中にはサーサの言った通り露店が並び、食欲をそそる油の香りが漂っている。その他にも、水揚げされたばかりの、湖や川の魚特有の塩気の無い生臭さ。湖の水草の香り。活気ある人々の汗の臭い。ウォートン経由で運んで来たのであろう、ミャコワン製の香水の香り。これから船に積み込まれ、ウォートンに向かうのであろう果物の匂い。様々なにおいが、一同の鼻腔をくすぐった。

「色々あるなー。なぁ、何食う? どうせなら皆で違うの買って、分け合おうぜ。その方が色々食べれるしさ」

「サーサ……本来の目的、覚えてるわよね?」

呆れた声で問うリノに、サーサはニカッと笑って頷いた。

「当たり前だろ! けど、腹が減っては何とやら、って言うしさ。まずは腹ごしらえにしようぜ。な?」

「それもそうだね。あ、グリーンドラゴンフルーツのホットサンドイッチ、デビルマスタード風味を一つ下さい」

「はいよー!」

話をしながらシンは通りすがりの露店でさっさとサンドイッチを購入した。自分達の持っている金がこちらの世界でも使える事は、サーサに見て貰って確認済みだ。

「何でよりにもよってそんな変なの買うんだよ? 折角サイスイまで来たんだから、もっと美味そうな物にすれば良いじゃないか」

「美味しい物は比較的どこでも食べる事ができるけど、こういう変わった物や珍味はその土地でしか食べれない事が多いしね。それに、食べてみなきゃ本当に変な物かどうかはわからないじゃない」

「そうかもしれないけどさ……」

納得のいかない様子で言い、サーサは自分で美味いと言っていた魚フライを購入した。ルナは瓜の実を刳り抜いて作った容器に数種の刻んだフルーツを盛り付け、オレンジジュースを注いだデザート。リノは野菜の蒸し焼き。フェイは大ぶりの鳥を丸ごと一羽焼いた、肉の塊を購入している。

「道の真ん中で食べてたら、他の人の迷惑になるわね。どこか落ち着いた場所で食べましょうよ」

リノが提案し、ルナが頷いた。

「そうですわね。どこが良いでしょうか……」

「やっぱりさ、サイスイなら湖が見える場所じゃないか? えーっと……おっちゃん、この辺りで湖が見えて、座って物を食べれるような場所ってある?」

サーサが魚フライを購入した露店の店主に尋ねた。すると店主は露店から身を乗り出して、町の奥を指差した。

「あの道をずっと奥に行くと、階段がある。それを上ると、町と湖を一望できる展望台になってるから、そこなんか良いんじゃないか? 結構風が強いから、気を付けろよ」

「わかった、ありがと!」

礼を言い、サーサはもう一つ魚フライを買った。情報量のつもりなのだろう。

そのまま一同は、露店の店主に教えられた道を歩き、階段を上った。上り切ると、そこには巨大なリルンベ湖が広がって見えた。そして、振り返って見れば今度はサイスイの町が広がって見える。

「凄い……」

「こりゃあ、確かに絶景だな」

「ご飯が美味しく頂けそうですわね」

展望台から見える風景にひとしきり感心してから草地に座り込み、買った物を少しずつ分けて味わってみる事にする。

「たまにはこういうのも悪くねぇな」

フェイが言い、リノとサーサが頷く。

「あら、毎日でも良いですわ」

「それも良いかもね。けど、たまに来るから余計に良いと思うっていうのもあるかも……はい、サーサ」

「お、ありがと」

シンが喋りながら自然に手渡してきた、小さく切り分けられたサンドイッチをサーサはそのまま口に放り込んだ。

そして、即座に顔を赤くした。

「み……水っ! シン! これっ!?」

「うん、中々強烈な味だった。リノ、私にも水をくれる?」

顔色も変えずに淡々と言うシンに、リノは呆れながら水を手渡した。

「だから、折角だから美味しそうな物を買えってサーサに言われたじゃないの」

「うーん……あの時はお腹よりも知的好奇心を満たしたかったんだよね。あ、フェイも食べてみる?」

「リノ嬢ちゃんやルナ嬢ちゃんに勧めねぇところを見ると、よっぽどの味だな? 誰が食うか!」

「あら。そんなに面白い味でしたら、私、食べてみたいですわ」

「え……」

フェイとサーサが「やめておけ」と目で訴える。しかし、ルナはにこにこと微笑みながらサンドイッチの一部を受け取り、そのまま躊躇無く齧り付いた。

「……」

一同の間に、戦闘の時とは別種の緊張感が漂う。ルナの表情は、変わらない。相変わらずにこにことしながら咀嚼を続けている。

「うーん……美味しいですけど、ちょっと甘みが足りないかもしれませんわね。チョコレートを挟んでみたらもっと美味しくなりますかしら?」

「いや、無理だと思う……」

サーサが首を横に振る前で、ルナはサンドイッチを完食してしまった。

「ルナってさ……ひょっとして、味覚……おかしい?」

サーサが、ひそひそとシンに呟いた。

「ちょっと違うと思うよ。フジャマの小屋の中でチーズや漬物を美味しいって食べてたでしょ? 途中で清潔感に疑問が出てきたから食べるのをやめたけど、あれは本当に美味しかったし。だから多分……何でも美味しく食べられる舌なんだと思う」

「何かそれ、羨ましいな……」

がっくりとうなだれるサーサを尻目に、シンはサンドイッチの残りを無理矢理口に押し込み、水で胃の中に流し込んだ。そして、再び絶景を堪能しようと立ち上がる。

湖の向こうに霞んで見えるシューハク遺跡島を眺め、そこから視界を巡らせて、足元に見えるサイスイの港を見る。

「……あれ?」

港を見た瞬間、違和感を持った。

「どうかしたの、シン?」

食べ終わったリノが、近付いてくる。

「何か……港がおかしい気がする……」

「港? どの辺だ?」

指に付いた油を嘗め取りながら、フェイもやって来た。ルナとサーサも、それに続いてくる。

「ほら、港の奥……あそこ」

シンの指差した先を、フェイはジッと見詰めた。港町には、サイスイとウォートンを繋ぐ商船や定期船がずらりと並んでいる。そして、その向こうに……黒く大きな船がずらりと並んでいた。

「ありゃあ……軍船じゃねぇか。おいサーサ。こっちのリルンベ湖には、湖賊でも出るのか?」

「え? そんな話は聞いた事無いけど……」

フェイとサーサの会話を他所に、シンの頭は最高速度で考え始めた。軍船、兵士、軍隊、サブト、湖西の副王、ゴド、シューハク、ミラージュ、ウィスとリアン、世界の滅亡、真の計画……。

「!」

急に、頭を白い光のような物が走った。

「……そうか。……けど、まさか……そんな……」

「……シン?」

呟きだしたシンに、リノが不安げに声をかけた。

「どうした? 何かわかったのか?」

「わかった、というレベルじゃない。まだ推測の域を出ないレベルだよ。けど……」

「閃いた?」

サーサの言葉に、シンは頷いた。

「それはつまり……先ほど言っていた、強烈な第六感……という奴ですわね?」

「そうだと思う。だから、証拠は全く無い。それに、勘は勘だし……」

自信が無さそうに、シンが首を横に振る。すると、その横でリノが更に強く首を横に振った。

「言ったでしょ? シンの勘は、遺跡が絡むとよく当たるって。今回は、遺跡どころか伝説の存在だったミラージュそのものが絡んでるんだもの。だから、その勘は多分当たっているんだと思うわ」

「……」

リノに言われてもまだその勘を口に出す事を躊躇っているシンに、フェイがじれったそうに言った。

「何躊躇ってんだ、お前らしくもねぇ。長い付き合いのリノ嬢ちゃんがよく当たるっつってんだから、当たる確率が高ぇんだろ? とにかく、言ってみりゃ良いじゃねぇか。お前の勘だと、何が起こるんだ? それで、俺達はこれからどうすりゃ良いんだ?」

「とりあえず、後の問いに答えるなら……私達は、すぐに元の世界に戻った方が良いと思う」

シンの言葉に、一同は顔を険しくした。そんな仲間達よりも更に顔を険しくして、シンはフェイのもう一つの問いに答えた。

「多分、サブトの副王は……私達の世界も巻き込んで、二つの世界両方の支配者になろうとしている……!」








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