光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「いやー、悪いわねー。わざわざ料理を作ってもらっちゃって!」

にこにこと満面の笑みを顔に浮かべながら、女性が言った。女性の眼前には、火にかかった巨大な鍋。食料共々、女性の荷物に入っていた物だ。中には肉と野菜に香辛料を加えた料理がぐつぐつと音を立てて煮えている。更にその周りには、どんな顔をして良いのかわからないという顔をしているアスト、苦笑をしているウィス、そわそわしながら鍋と……何故かリアンを交互に見ているチャキィ、そして不機嫌最高潮という顔で何故か鍋の中身をおたまでかき混ぜているリアン。

リアンは煮込み料理をおたまで掬い、皿に盛り付けると無言のまま女性に突き出した。女性は顔を輝かせ、早速スプーンを口に運んだ。

「美味しい! これすっごく美味しいよー! リアンくんだっけ? 料理上手なんだねー」

「……」

女性の褒め言葉にも喜ぶ様子は無く、リアンはムスリとしたままその場に座り込んだ。どうやら料理を作ったのはリアンのようだ。

「昔から、料理が上手いんだよね、リアンは」

ウィスが苦笑をしながら言うが、あまりフォローになっていない。

「……あまりにも意外過ぎてからかう言葉も出てきませんよ、リアンさん……。あ、ボクも貰って良いですか?」

「言葉が出てこないなら喋るな。お前はセツファンでシチューを食べただろうが」

「あれだけじゃ足りませんー! 育ち盛りなんですよ!?」

チャキィが不満そうに訴えると、せっせとスプーンを皿と口の間で往復させていた女性が「そうそう」と頷いた。

「子どものうちはしっかり食べないと。しっかり食べて、しっかり動いて、しっかり寝ないと大きくなれないわよー?」

「……子ども扱いしないで下さい!」

更に不満そうにチャキィが抗議した。だが、女性はカラカラと笑って見せる。笑った時に、唾と食べかすが飛んだ。

「だって、チャキィくん、どう見ても十代前半でしょ? 大きく見積もっても、精々十五歳ってところかな? だったら、私より十歳以上も年下じゃない? なら、子どもよー。あ、因みに私は二十五歳ね。正真正銘、大人の女よ」

「大人の……女は、唾と、食べかすを……飛ばしながら、喋ったり、しないと……思います」

顔を拭いながらアストが呟くように言った。その言葉にリアンが頷き、ウィスも否定のしようがないと言わんばかりに苦笑をしている。

「それで……ホーステイルさん、でしたよね?」

「そうよー。ホーステイル・ヴァントーズ。長いから、ホースで良いわよー。敬語なんて堅っ苦しい喋り方は無し無し! あ、それがクセになっちゃってるって言うなら、止めはしないわよ?」

「えーっと……じゃあ、ホースは……」

「レイホワで医者をやってるわよ。料理が苦手で、特技は炭を作る事!」

「それは訊いてないですよー」

勝手に煮込み料理を皿に盛りつけ食べながら、チャキィが言う。だが、ホースは「えー、良いじゃない別にー」と言って取り合う様子が無い。このままだと脱線しそうだと感じたのか、ウィスは無理矢理話の軌道を元に戻す事にした。

「それで……ホースはどうしてセツファンに? それに、あの凄い荷物は……」

「よく女手で持てましたよねー」

言いながら、ウィスとチャキィはホースの背負っていた荷物に目を遣った。かなり、大きい。そして横幅もかなりある。パッと見、球だ。それも、山と見間違うほの。

「あー……こないだね、ミャコワンで学会があったのよ。今は、それに出席した帰り。それで、折角だから食糧とか衣料品とか生活雑貨とか、買い込めるだけ買い込んでおこうと思ってね。ほら、商人経由で買うよりも、自分で直接買った方が安上がりじゃない?」

それは確かにそうなのだが、あまりにも量が多過ぎる。

「重さはね、そんなに気にならなかったかな。私、こう見えても結構力が強いのよー。普段は町でたった一人の医者として活躍してるからさ。ホウツ氷海で全身しもやけになった馬鹿男を一人でベッドに運んだり、手術や投薬を嫌がって逃げ出そうとする患者を押さえつけたり、診療所の模様替えを一人でしたりしてたら、いつの間にか腕力がついてたのよねー」

「助手を雇え」

「医者嫌いを助長してどうするんですか!」

「最後のは……医者は、あまり……関係、無いのでは……?」

三者三様のツッコミにも、ホースはカラカラと笑っている。

「とにかくさ、そんなわけで、重いのは平気なのよー。けど、さっきも言った通り、私、料理が苦手なのよねー。それで、王都からここに来るまで、ずーっとパンやチーズや野菜みたいな食材をそのまま齧ってたのよ。セツファンまで行けば宿屋や食堂で美味しい料理が食べられるから、それまでの辛抱だ! って思ってね。そしたら、いざ着いてみたらセツファンが消えてるじゃない? ショックよー、もー!」

言いながら、ホースはおかわりをよそった。そして、二杯目を食べているうちに何かを思い付いた顔をする。

「……ねぇ、ウィスくん達さ、これからどこに行くの? ウォートン? ミャコワン? トーハイ? それともそれとも、レイホワだったりする?」

「え、一応……レイホワに……」

ホースの勢いに圧される形でウィスが答えると、ホースは皿を地面に置き、スプーンをくわえたまま両手でガッツポーズを作った。

「よっしゃ! じゃあ、一緒に行こうよ! そうしたら、私はレイホワへ着くまでリアンくんの料理が食べられる!」

「な……」

リアンが絶句した。残る面子も、唖然としている。

「良いでしょ? 旅は道連れ世は情けって言うし。どうせ行き先が同じなら、仲間が多い方が楽しいわよー。ね? 私の食料と衣類、分けてあげるからさ!」

そう言って、ホースは二度目のおかわりに手を伸ばした。そんな彼女を背後に、ウィス達四人は額を集める。

「……って言ってますけど……どうします?」

「食料と、衣類を……分けて、もらえるのは……ありがたいですが……」

「けど、色々な意味で危ないよ。僕達の旅の目的が目的だし。それに、僕達はこっちの世界ではお尋ね者になってるんだよ? ……またいつ兵士やシン達に見付かって、戦闘になるかわからない」

「足手まといなだけだ。大体、何で俺が料理当番をする事前提で話が進んでいるんだ」

「いや、だって本当に美味しいですし」

「嫌いじゃないでしょ? 料理」

「店を……出せる、味だと……思います」

いつの間にかウィスとアストも料理を盛った皿を手にしている。リアンが溜息をつきながら頭を抱えた。

「あれれ? ひょっとして、途中でモンスターと戦闘になった時の事とか心配してる? だったら、問題無いわよ。レイホワからミャコワンまで行って、またここまで来るまでは一人で旅をしてたんだし。それに、医者だから怪我した時の治療もできるわよ? 回復魔法も使えるし。だから、回復魔法に使う魔力を気にしながら戦わなきゃ、って考えなくても良くなるわよー」

四杯目を食べながら、ホースが営業トークを繰り出した。よく、食べる。

「……と、ホースさんは言っていますが……」

「……確かに、回復魔法用の魔力を気にしなくても良いのは魅力的だが……」

「その分攻撃力増加の魔法に回せるって事ですか? どこまで戦闘狂なんですか、この鬼神」

「この、分だと、多分……断っても、ついて、くると……思います……」

アストの言葉が決定打になったのか。ウィスは溜息をついた。「仕方が無い」と言いたげな顔だ。

「わかったよ……。一緒に行こう、ホース。けど、これだけは約束してくれるかな? ホースは戦闘にもそれなりに自信があるようだけど、戦うのは僕達に任せて欲しい。戦闘や攻撃魔法の訓練を受けたわけじゃないみたいだし、回復役が倒れたりしたら困るからね。戦闘は、あくまでも護身のみ。自分からモンスターに突っ込んでいかない事。良い?」

「つまり、私は騎士に守られるお姫様みたいにしていれば良いのね? 何かワクワクしちゃうわねー!」

瞳を輝かせながら言い、ホースは皿を地面に置いた。手早く食器の汚れを雪で洗い落とし、荷物をまとめると背負って立ち上がる。

「ごちそうさま! それじゃあ早速行きましょう! 我がふるさと、レイホワへ!」

勇んで足を踏み出し、何かにつまずいた。巨大な荷物を背負っていたホースはバランスを崩し、あっという間に前のめりに倒れ込む。

「ひあぁぁぁっ!?」

幸い前は雪原だ。雪がクッションの役目を果たし、大きな怪我はせずに済む。だが、荷物の重さに加えて雪原という不安定な足場の為、上手く起き上がる事ができないようだ。両手両足を、泳ぐ時のようにバタバタと動かしている。

「誰かー! 起こして起こしてー!!」

その様子に、四人は一斉に溜息をついた。そして、チャキィはホースに聞こえないよう小さな声で呟いた。

「大丈夫ですか、この子……」

年下にこの子と呼ばれてしまった大人の姿に、ウィスとリアン、アストの三人は再び溜息をついた。







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