光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





25





「あら……? ここはどこなのでしょうか……?」

廊下を歩きながら、ルナが首を傾げた。

談話室にフェイとサーサを残し、図書室や聖堂を見学させてもらうと近くの神官に言い残して神殿内部を歩き始めてから十数分。今や二人は完全に道に迷っていた。

「どこって……神殿の中なのは確か……だと、思うんだけど……」

自信の無い様子で、リノは辺りを見渡した。奥へ入り込んでしまったのか、辺りには人っ子一人見当たらない。本来の目的である調査を諦めてフェイ達の元へ戻ろうにも、戻り方がわからないという有り様だ。

「どういたしましょうか? ……あぁ、そうですわ。壁を壊してしまえば、外に出られるかもしれませんわ」

「駄目! 絶対に駄目! 神殿の中で魔法なんか使ったら、大騒ぎになっちゃうわ! もし捕まったりしたら、フジャマの時みたいに都合の良い展開になるとは限らないのよ!?」

予想に違わず危惧していた行動を取ろうとするルナを、リノは慌てて制止した。そして、辺りをぐるぐると歩き回っては見覚えのある道は無いかと探し回る。早く正しい道を見付けなければ、ルナが神殿を破壊してしまうかもしれない。

だが、闇雲に歩き回ってみても正しい道は見付からない。疲れ切った二人は、廊下の真ん中でぺたりと座りこんでしまった。

「困ったわね……全然わからないわ」

「どなたか、道を尋ねる事のできる方がいらっしゃれば良いのですが……」

言いながら、ルナは首を巡らせた。すると、首を完全に回し終わる前にその動きを止め、ルナはリノの袖を引っ張った。

「リノ、リノ! あれを御覧下さい!」

「あれって? ……あ!」

ルナの視線の先には、扉があった。今までに見てきた談話室などの扉と比べると、重厚で立派な造りだ。幹部の部屋か、それとも何か重要な物を保管しておく為の部屋なのかもしれない。その両脇には、いかにも重要な部屋ですと言わんばかりの石像が安置されている。

「部屋の中には、人がいるかもしれませんわ」

「そうね。恥ずかしいし、奥まで来ちゃった事を怒られるかもしれないけど……神殿の中で遭難するよりはマシよね」

意見が一致し、二人は扉の前まで歩を進めた。そして、扉を軽くノックしようとした時だ。

「リアンとウィスからはまだ連絡が無いのか?」

聞き覚えのある名前が聞こえ、リノはノックしようとした手を引っ込めた。ルナもそれに気付いたのか、息を潜めている。部屋の中から聞こえてくるその声の主達は、聞いている者がいる事には気付かずに話を進めていく。

「はい。先日カホン遺跡の塔が予言の通り光る様子を見た者はあるのですが、二人の帰還は確認できていません。また、カホン遺跡の火災の原因も未だ不明です」

「チッ……あの役立たずどもが。……くそっ! アレが盗まれてさえいなければ、もっと前々から調査ができたというのに! そうすれば、もっと時間の余裕はあった筈だ!」

「ですが、アレの存在を補う為に研究した結果、あのような技術が手に入りました」

「……確かにな。ところで、もう一人の司書の男……アストだったか? 奴はどうした?」

「そちらも不明です。喋り方からして鈍い男でしたから、ひょっとしたらまだミラージュへ着いたばかりかもしれませんな。まぁ、鈍くてもあの男の禁書使いとしての能力は相当なものです。あれだけ鈍間なら危険視もされないでしょうし、放っておいても大丈夫でしょう。時間はかかっても、ミラージュの優秀な人材や資源を集めてくれるかと」

「なら良いがな。だが、あまり悠長な事も言っていられないぞ。湖東の王が、この計画の裏に気付き始めている。今のところは伝説のミラージュの調査という事で誤魔化せているが……」

「ですが、この計画の裏に気付いたところで、王に止める事などできないでしょう。何しろ、止めれば自分が死ぬかもしれないのですからな」

「同じ姿をした二つの世界……この世界とミラージュが完全に出会った時、二つの世界は滅びる、か……。確かに、それを回避する為と言えば、王は何も言えまい」

「片方の世界が先に滅びてしまえば、二つの世界が完全に出会う事はない。自分達が生き残る為には、相手の世界を滅ぼす必要がある。だが、勿論ただ滅ぼすだけではない。優秀な人材や資源はこちらの世界へ運び込み、生き永らえさせる。そして、その力と資源でこちらの世界はより繁栄する……王は、文句のつけようもありますまい」

「だが、王がこの計画に自分も力を貸すと言ってくると厄介だ。表裏を併せ持つこの計画の、更に奥を知られてしまってはまずい」

「それは……確かに」

「何としてでも、真の計画は王に知られぬまま遂行する。それに間に合わぬようであれば、この際ミラージュの人材や資源などどうでも良い。その時は、リアンとウィス、それにアストもこの計画から切り捨てる」

「人材と言えば……リアンとウィス、アストの他にもう一人、大道芸人の子どもがミラージュに降りたらしいとの報告が入っていますが……」

「何だ、それは。大道芸人だろうが何だろうが放っておけ。運が良ければ生き残るだろうし、運が悪ければ死ぬ。それだけだ。……あぁ、もしその子どもがこちらの世界に戻ってくる事があれば、即刻捕えろ。ある事無い事言いふらされては敵わんからな。勿論、リアンとウィス、アストもだ。戻ってくるような事があれば捕らえ、事が収まるまで監禁しておけ。良いな?」

「はい。……?」

「どうした?」

「いえ……扉の外に、誰かいるような……」

呟いた声は扉に近付き、そのまま躊躇いも無く扉を開けた。だが、そこにはだれの姿も無い。

「どうだ?」

「いえ……どうやら私の勘違いのようでした」

そう言って、扉は再び閉じられる。もしこの廊下の様子を一部始終見ていた者があれば、恐らくこの扉を開けた者の事を「観察力が無さ過ぎる」と罵倒する事だろう。何しろ、扉の脇にある石像を調べる事すらせずに扉をとじてしまったのだから。

石像の陰から這い出したリノとルナは顔を見合わせ、頷き合うと足音を殺して扉の前から立ち去った。何度か角を曲がり、もう大丈夫だろうと言えるほど距離を稼いでから、リノはルナに問うた。

「……聞いた?」

「バッチリですわ」

「何か……思った以上に大変な事になってるみたいね。早く皆に知らせないと……」

「けど、早く知らせたくても道がわかりませんわ……」

「そうなのよね……」

頭を抱えて唸りながら、リノとルナはまたも闇雲に歩き出す。結局、二人がフェイ達と合流できたのはそれから一時間以上経ってからだった。歩き疲れた足をとりあえず食堂で貰った茶を啜りながら癒しているうちにシンが戻り、話をするのは神殿を出てからという結論に落ち着く。

二人が得た情報を仲間達に話すのは、それを仕入れてから二時間以上経ってからの事になるのだった。








web拍手 by FC2