光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





24





「ここですよ。庭は神殿と共通になっていて、庭を通ればそのまま神殿へ入れるようになっているんです」

そう言って、ピネスはシンを孤児院の中へといざなった。

孤児院の外観は神殿との調和が出るようにしてあるのだろう。石造りで重々しい感じがする。だが、壁にはパステルカラーの塗装が施され、その重苦しい威圧感はある程度緩和されている。神殿と共通だという庭には季節の花が咲いている。物干し台が見当たらないのが何となく気になったが、恐らく裏庭でもあるのだろう。

建物の中からは、賑やかな子ども達の声が聞こえてくる。そして、叱りつける大人の声も。この孤児院は神殿付属の施設だという事だから、恐らくは世話係を担当している神官か何かだろう。

そして、恐らく世話係の一人であろうピネスが扉を開け、中にいる子ども達に向かって明るい声をかけた。

「皆ー! 今日一日だけだけど、ウィス先生の代わりの先生を連れて来たよー! 勉強の準備をしておいでー!」

「……ウィス!?」

突如飛び出した知った名に、シンは思わずピネスの顔を見た。

「あれ、知ってるの? そうだよ。ここで元々勉強を教えていたのは、ウィス先生という人なんだ。ウィス先生もこの孤児院で育った人でね。その縁で、学者として神話や歴史を研究する傍ら、子ども達の勉強を見てくれているんだ。ただ、最近は学者の仕事の関係で遠方へ行っていてね……子ども達の勉強が遅れるばかりで、困っていたんだ。いや、本当、君がゴドに来てくれて良かったよ」

ピネスは訊いてもいない事までペラペラと喋ってくれる。子ども達の勉強が進まない事でストレスでも溜まっていたのかもしれない。

「その、ウィス先生という人は……一体どんな研究を?」

「あ、気になる? そうだよね。君も歴史を研究する学者みたいだもんね。ウィス先生は、神話や歴史の中でも、特にミラージュの研究をしていたんだ。それでね、ここからは噂なんだけど……仕事で向かった遠方というのは、実は伝説のミラージュだという話なんだ」

「それは……本当ですか?」

がっついているように見えないように、しかし何か情報を得ようとシンは問う。すると、ピネスはひそひそとシンの耳元に手を当て、「絶対に他の人には内緒だよ」と言った。この様子だと彼自身が訊かれたら誰にでも彼にでも話しそうな気はするが、とりあえずそれは黙っておく。

「うん。何でも、神殿に昔から伝わる予言書に、いつどこにミラージュが現れるかを記した文章があったらしいんだ。ミラージュっていうのは、神話で言えば神様のいらっしゃる世界だろう? その世界に行けるのなら、神殿側としてはどうしても行って、神様の力を頂きたいんだよ。それで、孤児院育ちで神殿との関係が深く、尚且つミラージュの研究をしているウィス先生と、ウィス先生と仲が良い……それでいて鬼神の異名を持つ強さを誇る神官リアンが調査隊として秘密裏に派遣されたって噂なんだ」

ピネスの語り方から察するに、彼は本当に噂でしかこの話を知らないのだろう。……という事は、やはり詳しい事を知る為には神殿の内部へ侵入する必要があるのか。

「成程。興味深いお話でした。できれば、その調査隊に私も混ぜて頂きたいくらいですね」

ここで「なら、あとで神団の偉い人に紹介するよ」となれば良かったのだが、流石にそんな都合の良い事にはならなかった。

「さて、子ども達が待ってるよ。早く行こう」

「そう言えば……私は子ども達に何を教えれば良いんですか?」

シンに問われ、ピネスは少し考えた後にこやかに「何でも良いよ」と言った。

「歴史学でも、魔法学でも、算数でも……君の得意な分野を教えてくれれば良い。何を教えれば良いのかわからないなら子ども達に自習をさせて、答え合わせをしたり質問に答えてくれるという形でも良いよ」

「はぁ……」

生返事をし、シンはピネスに背を押されるまま「学習室」と書かれた部屋に足を踏み入れた。中では既に子ども達が椅子に座っていて、珍しい物を見る目でシンを見詰めている。

「はい。今日はウィス先生の代わりに、このシン先生が皆に勉強を教えてくれるよ。恥ずかしがらずに、訊きたい事は何でも訊こうね」

「はい! 恋人はいますか?」

あまりにお約束な質問に、思わず質問した子どもを引っ叩きたくなった。……が、ここで騒ぎを起こして町にいられなくなるのは得策ではない。グッと堪えて、シンは普段作らないような笑顔を無理矢理作って答えた。

「恋人はいないし、今のところ募集もしていないよ。それで、他に質問はある?」

面白味の無い回答に、狙い通り子ども達は色気づいた質問をする気が失せてしまったらしい。声を揃えて「無いでーす」と元気に答えてくれた。

とりあえず何とかなりそうな雰囲気にホッと胸を撫で下ろし、ピネスは「じゃあ、あとは頼むよ」と言って部屋から出ていった。神官として、他にも仕事があるのだろう。

「よし……じゃあ、何の勉強をやろうか?」

乗りかかった船だ。引き受けたからには責任を持って教えようと、シンは子ども達に尋ねた。問われた子ども達は暫く顔を見合わせて考えていたが、一人の子どもが手を挙げて問うてきた。

「シン先生! シン先生は魔法は使える?」

「簡単な魔法なら使えるよ。けど、どうして?」

シンに問われ、子どもは少し迷ってから言った。

「あのね。ウィス先生は、魔法が使えないんだ。魔法学は教えてくれるけど、魔法のお手本を見せてもらう事ができないの。先生が魔法を使えないから、ぼく達も魔法の練習はさせてもらえないし」

その発言を聞き、他の子ども達も我も我もと喋り出した。

「ぼくもね、魔法の練習がしたいんだ。けど、ウィス先生は魔法が使えないことを気にしてると思うから、魔法の練習がしたいって言えないんだ」

「前に、神官リアンに教えてもらえるように頼んでみようか? ってウィス先生が言ってくれたこともあるんだよ。ウィス先生と、神官リアンは仲良しだから。けど、神官リアンはいつも怒った顔をしてて何か怖いし……」

「わたしも! 神官リアンに教えてもらうのは、怖いからやだ!」

「シン先生、魔法が使えるなら、わたしたちに魔法の使い方を教えてよ!」

話をまとめると、こういう事か。子ども達は、魔法の練習がしたい。しかし、先生であるウィスは魔法が使えない。例えば子どもが火の魔法を使って火事を起こしてしまっても、すぐにそれを消す事ができない。だから、ウィスは魔法の練習を監督する事ができない。その為、魔法の練習をさせる為には別の先生を呼ぶ事が必要になる。だが、それをウィスに頼むと魔法を使えないウィスは傷付いてしまうのではないかと子ども達は気を使っている。そしてウィスもそれに薄々気付いていて、仲が良く魔法を使えるリアンに先生役を頼もうと提案した事がある。……が、リアンはいつも怒った顔をしていて怖いから、それを子ども達が拒否した。

この場合、一番不憫なのはリアンなのではなかろうか。自らの世界を滅ぼすと明言している戦闘狂の神官に同情を覚えつつ、シンは子ども達に言った。

「じゃあ、どこか広い場所へ行って魔法の練習をしてみようか」

その言葉に、子ども達は「やったー!」と歓声をあげた。そして、いそいそと外へ出る準備をし始める。そんな子どものうちの一人を捕まえて、シンは問うてみた。

「そう言えばさ、その……ウィス先生と、神官リアン……だっけ? その二人って、どうして仲が良いのかな?」

素朴な疑問だ。あの二人と顔を合わせたのはトーハイとトーコク遺跡の二回だけだが、それでもあの二人の性格は何となくわかる。リアンはあの通りのアクの強さであったし、ウィスに関しては何となく自分と同じにおいがした。

正直に言って、あの二人の性格だと仲良くなれるとは考え難い。性格が合わない、という事ではない。それなりに付き合っていれば、仲良くなっても不思議ではないだろう。

だが、あの二人の場合、最初の切っ掛けができるとは考え難い。ウィスは性格的に誰とでも最初から仲良くできそうな性格ではあるが、リアンはどう見ても人付き合いを厭うタイプだ。寄ってこられれば「近寄ってくるな」ぐらいは言うだろう。ウィスも、人が良さそうではあるがお節介というタイプではなさそうだ。「近寄るな」と言われれば「じゃあ、その気になったら話し掛けてよ」とでも返して、距離をそれ以上詰めたりはしないだろう。

リアンが神官で、ウィスは神殿付属の孤児院出身兼孤児院の先生。共通点が皆無というわけではないが、同じ部署で同じ仕事をしているというわけでもない。やはり、接点は作り難いだろう。

「あのね、うーんとね……ウィス先生は、この孤児院の出身でしょ? それでね、神官リアンも、この孤児院の出身なんだって」

「え……」

その言葉で、何となく納得はできた。外見通りの年齢であればあの二人は確実に同世代だし、同じ孤児院の出身であるという事なら、恐らく子ども時代を共に過ごしてきた可能性が高い。ならば、ファーストコンタクトは比較的容易だったかもしれない。

「それでね、ウィス先生はね、こう言ってたよ。神官リアンは、子どもの時はあんなに怖くなかったよって」

「そうなの?」

「うん。無愛想なのは今と同じだけど、ぼくたちと同じように、みんなと一緒に勉強したり、遊んだり、いたずらしたりする子だったって」

かなり、意外だ。子どもであればそれが普通である筈なのに、あのリアンという青年が子ども時代にはちゃんと子どもらしく遊んだりいたずらをしたりしていたという事がまるで何かの間違いではないかと疑ってしまうほど意外に感じてしまう。

「そっか……ありがとう」

意外に感じた事、驚いた事を表情に出さないように努めながら、シンは子どもに礼を言った。子どもは「どういたしまして!」と言うと、外出の準備をする友人達の元へと走っていく。

そして、十分後には孤児院の裏庭にシンと十人ほどの子ども達の姿を認める事ができた。子ども達は前に手を突き出し、思い思いに自分で考えた詠唱を始めていく。

「落ちよ、神のいかずち! 聖なる力で、全てを焼き尽くせ! ゴッドサンダー!!」

「きよらかなる水の乙女よ! 全ての傷を癒す力を! ミラクルウォーター!!」

冒険小説の読み過ぎとしか思えない詠唱が次々と飛び出してくる状況に、シンは笑いをかみ殺さざるを得ない。そもそも、言葉のスケールが大き過ぎる。この子ども達がどれほどの魔力を内に秘めているかは知らないが、今までろくに魔法の練習もしてきた事の無い子ども達がいきなり全てを焼き尽くしたり、全ての傷を癒したりするような魔法を使えるわけがない。……というか、全てを焼き尽くす魔法が成功したらこの子ども達は住む場所を失って困る事になるわけだが。あと、誰も怪我をしていないのだから回復魔法が成功するはずがない。子どものやる事だから、そこまでは考えていないのだろう。恐らく……と言うか、確実に。

当然のように子ども達の魔法は全て失敗し、ぷしゅう……と情けない音を立てて煙や水蒸気が立ち上るのみに終わった。その結果に、子ども達は不満げな顔でシンの元へと寄ってくる。

「シン先生〜。全然できないよぉ……」

「ちゃんと魔法学の教科書通りにやってるのに……」

「うん。魔力を一点に集中させて、自然界の魔力に溶け込ませるのは皆上手くできてるよ。練習はできなくても、ちゃんと復習をしてたみたいだね。その……ウィス先生の教え方が良いっていうのもあるのかな?」

自分達の努力を褒められ、自分達の先生の事も褒められて、子ども達は一斉に笑顔になった。そんな子ども達に、シンは言う。

「けど、詠唱から魔法をイメージするのが上手くできていないみたいだね。例えば、そこの……えぇっと……」

「ディングだよ!」

シンに視線を向けられた男の子が、大きな声で言った。

「ディングの詠唱は、こういうのだったよね? 落ちよ、神のいかずち。聖なる力で全てを焼き尽くせ……」

「うん!」

嬉しそうに頷くディングに、シンは少々言い辛そうに言った。

「この詠唱なんだけど……まず、神のいかずち、って、どんな物なのかな?」

「え!?」

問われて、ディングは目を白黒させた。

「え……えーっと……えっと……」

「訊かれて、すぐに答える事ができないよね? それは、ディングが神のいかずちという物が一体どんな物なのかがよくわかっていないって事になる。……そうだ。ディング、粘土遊びは好き?」

「? うん!」

何故いきなり粘土遊びの話が出てくるのかわからないが、ディングは素直に頷いた。

「粘土で、動物とか、食べ物とか……作ってみるのは好き?」

「うん!」

「じゃあ、粘土で神のいかずちを作ってみてって言われたら、作れる?」

「えっ……」

問われて、ディングは困った顔をした。

「わかんない。見た事無いし……」

「魔法って言うのはね、魔力で粘土遊びをするような物なんだよ。自分の魔力と、自然界の魔力と……混ぜ合わせて、練って、自分のイメージした物を作り出す作業なんだ。だから、何を作りたいのか自分でしっかりわかってないと、魔法は成功しないんだ」

「えー……」

ショックを受けた顔で、ディングが力無く呟いた。他の子ども達も、何人かはディングと同じ顔をしている。恐らく、この子ども達も自分で何をしようとしているのかよくわからないままに詠唱をしていたのだろう。そんな子ども達を見て、シンは苦笑しながらディングに問うた。

「ディングはさ、詠唱を考える時に、どうしてこの言葉を使おうと思ったのかな?」

「えっとね……お話し会の時に読んでもらった本で、神様の家来が言ったんだよ。落ちよ、神のいかずち! って。そうしたら、何かね、大きな雷が落ちて、大きな炎が生まれて、あっという間に悪い奴らを倒しちゃったんだ」

「ふーん……それで、カッコ良いから自分でも使ってみたいと思った?」

「うん!」

瞳を輝かせながら、ディングが頷いた。よほどその話に夢中になったのだろう。今度その本を探して自分も読んでみようかと考えながら、シンはディングに言う。

「けど、それはディングが普段使っている言葉じゃないよね? ディングの考えた詠唱は主にモンスターとかと戦う時に使う為の物みたいだけど、普段使っていない言葉が戦いで焦ってる時にパッと言えるかな?」

「うーん……」

「いかずちっていうのは雷の事だけど、例えばモンスターと戦ってて、仲間がピンチの時に慌てて神のいかずちって詠唱をして、雷をイメージする事はできる?」

「……わかんない……」

「わからないうちは、自分がいつも使っている言葉を使った方が良いよ。カッコ良くはないけどね。落ちよ、神のいかずち、よりは、雷よ落ちろ、の方がイメージし易いんじゃないかな?」

「……うん……」

シンの言葉に、ディングは納得しつつも不満そうに頷いた。

「慣れたら、自分が使いたいと思う言葉を使っても良いよ。……英傑の祈りが呼びし風……乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!」

瞬間、強い風が発生し、辺りの木々をざわざわと揺らした。魔法を目の当たりにして、子ども達は不満もショックも忘れて揺れ動く木に見入っている。

「私も子どもの頃、神話とか、歴史とか冒険小説とか……そういう本を読んで、それに絡めた詠唱をしたいって思ったよ。それで、ディングみたいに考えた。けど、ちゃんと使えるようになったのはかなり大きくなってから。……言葉の意味を理解して、具体的にイメージできるようになってからだったよ。だから、本当に魔法を使えるようになりたいのなら、たくさん本を読んで、勉強して……自分の言葉を増やして欲しい。ウィス先生も、きっとそう言うと思うな」

子ども達を見渡して言い、それからシンは再びディングに向かい合った。

「けど、とりあえずコツを掴まないと今ここで教える意味が無いからね。ディング、不満だろうけど、今から私が言うように詠唱してみて。勿論、詠唱しながらイメージをするのを忘れないように」

そう言って、シンはディングの耳元でひそひそと囁いた。ディングは頷き、緊張した面持ちで手を前に突き出すとはっきりとした声で詠唱をした。

「雷よ落ちろ! サンダーアタック!」

瞬間、小さな雷がその場に落ち、的にしていた薪を一本引き裂いた。薪はあっという間に燃え上がり、シンが急いでアクアスライサーで消火する。

「……!」

ディングが驚いた顔でシンを見た。

「ね? わかりやすい言葉で詠唱したら、できたでしょ?」

ディングの顔が、次第に驚きから興奮に変わっていく。見ていた他の子ども達の顔も、興奮に包まれ始めた。

「シン先生! ぼくにも教えて!」

「わたしにも!」

「ぼくが先だよ!」

あっという間に群がってくる子ども達に苦笑をしつつ、シンは一人一人に丁寧に教えた。

それから二時間。みっちりと教え込まれた子ども達は、既に簡単な魔法なら不安定ながら使えるようになっている。

「驚いた……こんな短時間でできるようになるとは思わなかったよ。……よっぽど基礎の教え方が良かったのかな……?」

自身は魔法が使えないというのにここまで基礎を教え込む事ができたウィスに感心し、シンは呟いた。その目の前では、子ども達が言われたわけでもないのに復習を始めている。習った事はすぐに反復練習をするクセがしっかりと身についているのだろう。

子ども達は魔法が使えた事がよっぽど嬉しいのか、飽きる事無く詠唱をし続けている。そんな子ども達のうち、魔力が尽きたのか唱え疲れたのか……一旦休憩している子ども達に近寄るとシンは話し掛けた。

「皆、随分熱心に練習してるね」

「うん! だって、早く魔法を使えるようになりたいもん!」

「どうして? 魔法が使えると、何かあるの?」

興味本位でシンは問うた。すると、子ども達は顔を輝かせながら言う。

「あのね、私は神官になりたいの。神官になって、神様の声を聞いて、神様から聞いたお話を皆にしてあげるの! けどね、神官になるには、魔法が使えなきゃいけないんだって、大人の人が……。魔法が使えない人は、神様の声が聞こえないんだって」

ルナの話によれば、最初の神官は強力な魔力を持ったシューハクの民であった事が考えられる。今でも、重要な役割を担うのはある程度魔力が高く、強力な魔法が使える神官なのかもしれない。例えば、リアンのような……。

「ぼくは、ウィス先生に剣も教えてもらってるんだ。魔法も使えるようになったら魔法剣士になって、王様の騎士団に入るんだ! それで、弱い人を守る、カッコ良い騎士になるんだよ!」

「ぼくは……大人になってからの事はまだよくわかんない。けど、魔法を使えるようになったら、戦えるようになるから、遠くまで行けるようになるでしょ? ぼく、シュンセイ遺跡に行きたい!」

「シュンセイ遺跡?」

それは確か、ゴドに来る前……闇の森の手前で見掛けた遺跡の事だ。今回の騒ぎとは無関係のように思えたから無視してきたのだが……。

「あ、そっか! ぼくたち、魔法がちょっとだけ使えるようになったから、ひょっとしたらもうシュンセイ遺跡に行けるかもね!」

「今度行ってみようよ! それで、何か宝物を見付けてきて、ウィス先生が帰ってきたらプレゼントしよう! ウィス先生、きっとびっくりするよ!」

「ちょっと待って! シュンセイ遺跡って、闇の森の横にある遺跡の事だよね? そこに、何かあるの!?」

子ども達の会話を遮り、シンは問うた。すると、子ども達からは一様に「わかんなーい」という答が返ってくる。

「わかんないけど、冒険と言えば遺跡でしょ?」

「本当はもっと前に行きたかったんだけど、大人の人達に剣も魔法も使えないうちは闇の森に子どもだけで入っちゃダメって言われてるから……」

「けど、大人の人達といっしょだと、面白そうなところに入ろうとすると、絶対入っちゃダメって言うし……」

どうやら、子ども達にとっては、子どもだけで闇の森を通りシュンセイ遺跡へ行って戻ってくる……という行動が一種の度胸試しとなっているようだ。自分には大人と同じように行動できる能力があると示す為の、一種の試練のような物でもあるのかもしれない。

だが、このテの度胸試しが実行されると、ロクな事にならない場合が多い。一応ここは大人の立場として、止めておくべきだろう。

「それは流石に、まだ早いんじゃないかな? モンスターって、結構頑丈だよ? 一体だけなら皆で力を合わせれば何とかなるかもしれないけど、いつも一体だけで出てくるとは限らない。それに、詠唱をしている時に攻撃されたらひとたまりもないからね。詠唱する時間を稼ぐ剣士が何人かいた方が良いよ。ウィス先生に剣を教えて貰っている子もいるんでしょ? だったら、その子達がウィス先生に「もうモンスターと戦える」って言ってもらえるようになってから行けば良いんじゃないかな?」

恐らく、ウィスという人物は子ども達に本当に実力がついたら、心配しつつも「良いよ、行っておいで」と言うだろう。何となく、そういう人物なのだろうという印象だ。シンだって、同じ立場ならそうすると思う。

だが、子ども達は納得しない。

「けど、ウィス先生はちゃんと戦えるようになるのにはまだ何年もかかるって。でも、ウィス先生と神官リアンは、ぼくたちと同じぐらいの歳の時に、シュンセイ遺跡へ行ったって、他の大人が言ってたよ!」

「そうなの?」

子どもの時は案外無茶な性格であったらしい。

「……それで? その二人が今先生や神官をやってるって事は……」

無事で……少なくとも、生きて帰ってきたという事だろう。そんな前例があれば、確かに子ども達はもっと強く大きくなるのを待ってはいられないかもしれない。

「でもさ。ウィス先生、その時の話は全然してくれないんだよね」

「ねー。何度もお話ししてって頼んでるのにね」

「ぼくが頼んだ時は、「その話はしたくないんだ、ごめんね」って言ってたよ」

「え……?」

何かが頭に引っ掛かったような感じがした。

子どもの時にシュンセイ遺跡に行った事、そこから生きて帰ってきた事は、子ども達の話振りから察するに誰もが知っている話であるようだ。それならば、隠す必要は無い。

確かに褒められた話ではないが、それでも子ども達に話せとせがまれれば……いや、せがまれなくても、ウィスなら話をしそうな気がする。「こんな危ない事があったから、皆は絶対にシュンセイ遺跡に行っちゃダメだよ」と注意をしつつ。

それが、全くその話には触れようとしないと言う。それどころか、その話はしたくないと言う。シュンセイ遺跡で、何かあったのだろうか?

考えたところで、過去の事など当事者にでも聞かなければわかりようがない。これ以上推測の域を出ない事を考えても仕方が無いと無理矢理思考を終了させたシンは立ち上がり、遠くから自分を呼ぶ子ども達の元へと向かった。








web拍手 by FC2