光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「……何だろうね、これ?」

神託の町ゴドへ向かう途中で、シンがふと足を止めた。その眼前には、洞窟のような物がある。入り口の辺りには石が積まれ、しっかりと固定されている。辺りには雑草が生え放題に生えており、蔦が絡まっている石像がある。積まれた石や石像には、何やら文字が刻みこまれている。

「どう見ても遺跡よね? けど、シンの知らない遺跡なんてあるのかしら……」

リノが怪しい物を見る目で遺跡らしき洞窟を見詰めた。入り口となっている穴の向こうは真っ暗で、何も見えない。今にも何かが出てきそうだ。

「シュンセイ遺跡だよ。どんな遺跡かは知らないけど、確かそんな名前で呼ばれてたと思う」

サーサに言われ、シンは興味深そうに遺跡を眺めた。

「シュンセイ遺跡か……うん、どうやらこれは、私達の世界には無い遺跡だね。やっぱり、二つの世界は全く同じってわけじゃないのかな。見たところ、比較的新しい遺跡みたいだね。文字は現在使われている物にかなり近いし、石の劣化具合もトーコク遺跡やカホン遺跡の塔と比べると進んでない」

そう言ってひとしきり眺めると、少々名残惜しそうな顔をしながらシンは遺跡に背を向けた。

「入らねぇのか?」

フェイが問うと、シンは残念そうな顔で頷いた。

「物凄く興味はあるんだけど、今はゴドへ向かって、何が起きようとしているのか調べるのが先だよ。さっきも言ったけどこの遺跡は比較的新しいし、周りに神官や兵士の姿も無い。多分、この遺跡は今回の騒ぎには関係が無いんだと思う。だから、調べるのは騒ぎが一段落してからにするよ」

そして、シンはそのまま遺跡を振り返る事無く歩き出した。前には、黒々とした森が拡がっている。

闇の森、と呼ばれているその森は古界の森以上に木々が密生し、光という光を外部から遮断している。昼間でもランプが要り、神殿へ行く為に敷かれた道を一歩でも外れるともう自分がどこにいるのかわからなくなってしまう。湿度が高くジメジメとしていて、不快指数はかなり高い。歩いていると息が詰まりそうになり、迷っていなくても不安になってくる森だ。

その闇の森を抜けた先に、ゴドはあった。

神託の町ゴド――一説によれば、何百年も昔、神の言葉を聞く事ができるという男だか女だかがこの場所に庵を結び、困った人々の話を聞くようになった事が切っ掛けで生まれた町だ。

「まぁ、よく聞く胡散臭いなり立ち話だよね」

念の為に故郷から持参した歴史の本を片手にシンがあっさりと斬って捨て、それにルナが頷いた。

「シューハクには、閉ざされた島での生活を嫌った一部のシューハクの民が闇の森へ向かったという記録が残っていますわ。強力な魔法と古代よりの知識を持つシューハクの民は、人々から見れば神の使いに見えたのかもしれませんわね」

「それが時代が経つうちに変化して、神の使い達は神の言葉を聞ける人間になったってわけか」

「ねぇ、もうちょっと声を落とした方が良いんじゃないかしら……?」

「ここの町は信心深い人が多いんだぞ。わかってるよな……?」

よりにもよって神託の町の真ん中でその成り立ちを否定する話を堂々とするシン達に、リノとサーサは冷や冷やしている。しかし、それを指摘されてもシンは「あぁ、そうだね。気を付けないと」と言うだけだ。

「さて……ゴドへ来たのは良いけど、どうやって情報収集をしようか?」

ある意味非常に危険な会話を脇に置き、シンは仲間達に問うた。

「噂になってフジャマまで聞こえてくるぐらいだから、町の中で適当に話を聞くだけでもそれなりに収穫はありそうな気はする。けど、どうせ聞くなら神殿の関係者から聞きたいよね」

「……となると、神殿に侵入するのがよろしいのでしょうか?」

ルナの言葉に、シンは頷いた。

「そうだね。けど、五人全員で侵入するのは危険かもしれない。神殿内をうろつくなら、一人か二人に絞った方が小回りがきくと思うし」

そう言いながら、シンは仲間の顔を見渡した。

「とりあえず、フェイとサーサは留守番」

「早っ!」

「何だ、俺じゃ密偵は務まらねぇってのか、シン!?」

「うん」

本を閉じつつ、詰め寄るフェイをシンはあっさりと切り捨てた。

「体が大きいから目立つし、大声で密偵とか言う人には安心して任せられないよ。あと、サーサはこの世界の人間だからね。私達は何かあったら元の世界に逃げ込めば済むけど、サーサはそれじゃ済まないでしょ」

「あ、そっか……」

腑に落ちた様子で、サーサは頭を掻いた。

さて、そうなると残る選択肢はシン、リノ、ルナの三人だ。三人全員で侵入しても良いが、やはりもう少し絞った方が良い気もする。

「まぁ、この三人から一人外すなら、確実にルナだよな。神殿内で何かあった時、でかい魔法を発動させて余計な騒ぎを起こしそうだしさ」

サーサがそっとフェイに耳打ちをした。カホン遺跡での騒ぎを思い出したフェイは、苦笑しながら頷いた。

「そうだな。ルナ嬢ちゃんには悪いが、ここはシンとリノ嬢ちゃんで侵入するのが妥当ってモンだろ」

恐らく、シンとリノも同じ事を考えているのだろう。フェイのようにあっさりと切り捨てたりしないのは、「あら、私、神殿の中で魔法を使ったりはしませんわ」とでも言われてしまうと逆に外せなくなってしまうからだろう。フェイやサーサのように反論のしようがない理由を、現在頭をフル回転させて思案中なのだ。多分。

「あ、あのさ……ルナ……」

シンが、申し訳無さそうに口を開いた。何か良い理由を思い付いたのだろう。だが、その理由をフェイ達が耳にする事は無かった。シンが何か言い掛けた時、声をかけてきた者があったからだ。

「ちょっと、君!」

シンの肩に手が置かれ、シン達はギョッとして振り向いた。まさか、今の話を聞かれていたのだろうか。最悪の事態を想定し、シンとフェイ、それにサーサは各々の武器に軽く手をかけた。

シンの肩を掴んだのは、三十代前半と思われるひょろりとした男だった。神官服を纏ってはいるが、リアンと比べると全体的にひ弱な感じがする。そして実際、覇気のような物も感じられない。それに、顔付きも穏やかで優しそうだ。

「あの……何か?」

怪訝な顔でシンが問うと、神官服の男は嬉しそうな顔でシンの左手を指差した。左手には、この町の歴史を確認する為に取り出した本がまだ残っている。

「それ、歴史の本だよね? そんな本をわざわざ持ち歩くなんて、君……学者か何か?」

「え? えぇ、まぁ……」

警戒を解かないままにシンが肯定すると、男は更に顔を輝かせた。

「良かった! なら、悪いんだけどちょっと来てくれないかな!? 神殿付属の孤児院があるんだけどさ、そこで子ども達に勉強を教えてる先生が長い事不在で……今日一日だけで良いから、子ども達に勉強を教えて欲しいんだ!」

言いながら、男は可否の確認もせずに既にシンを引っ張って連れて行こうとしている。よほど切羽詰まっているのだろう。

「え!? ちょっと!?」

流石に慌ててシンが抗議の声をあげるが、男は「良いから良いから」と言ってシンをどんどん引っ張って行ってしまう。見た目に反して、力が強い。

「あ、お連れの方は神殿でお待ち下さい。私はピネス・ファーズと言います。私の名を出せば神殿内をある程度自由に出歩けるように手配しておきますから」

それだけ言い置くと、ピネスはシンを連れて神殿の方へと走るように向かってしまった。見た目に反して、足も速い。

「……」

残された四人は顔を見合わせ、次いで額を寄せあった。

「おい、どうする!? こんな事態は想定外だぞ!?」

「けどさ、これはある意味ラッキーなんじゃないか? シンが子ども達に勉強を教えている間、僕達はある程度自由に神殿内を出歩けるんだろ? 聞き込みをするチャンスじゃないか」

「全員がバラバラに出歩いたら、流石に怪しまれるんじゃないかしら……?」

「あら、でしたらフェイとサーサは談話室かどこかに待機をして、当初の計画通り私とリノが神殿内を調べて歩けばよろしいのではありません事?」

「……」

ルナを除く三人が黙り込んだ。こうなれば、誰かに見咎められたりしない事を祈るばかりだ。丁度、今から神殿に行くのだし。

「話は決まりましたわね。では、参りましょう」

そう言って、ルナは意気揚々と神殿へ向かって歩いていく。三人は、自分達は未だ闇の森にいるのではないかと思いたくなるような不安に苛まれながら重い足取りでその後に続いた。








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