光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





22





「それで……アストさん。話というのは?」

場末の食堂でシチューを啜りつつ、ウィスは尋ねた。席は店の最奥。混み合っているが、だからこそ話し声はざわめきに掻き消されて聞こえ辛くなっている。

「その、前に……一つ、断って、おきたいです……」

「何ですか?」

「……畏まって、話されると……こちらも……恐縮、して……しまいます。できれば、くだけた……話し方を、して、ほしいです」

アストに言われ、ウィスは「そういう事なら……」と頷いた。それに満足したのかアストも頷き、口を開いた。

「まず、私が、何者……なのか、ですね。一言で……言うなら、司書です」

「司書?」

チャキィが首を傾げた。あまり馴染みの無い職業だ。ピンとこないのも無理は無い。首を傾げられた事に対して特に不快な様子は見せず、アストは頷いた。

「そうです。私は、副都サブトの、王立図書館で……図書に……関わる、仕事全般を……行って、います」

「図書館の仕事……と言うと、本を貸し出したり、本棚を整理したりですか?」

「それ以外にも色々とあるけど、一般的によく知られている仕事はそんなところかな?」

「それは良いが、もう少し速く喋れないのか? 話を聞くだけで日が暮れるぞ」

のんびりとした会話に、リアンが苛立ちながら口を挟んだ。すると、アストは申し訳無さそうに言う。

「すみません……。私は、早く、喋ると、いうのが……苦手なんです。口を、含めた、体全体の……動きが、遅いと、いうのも……ありますが……不安に、なるんです。自分が……その場に、適した、言葉を……使えて、いるか。だから、一語、ずつ……言葉を、確認しながらで、なければ、口を、開く、事すら、恐ろしくて、できないんです……。だから、喋る、速さは……これで、勘弁して……ほしいです」

その言葉を使う事が本当に正しかったのか、今から口にするつもりの言葉は出しても問題無いか。それを喋りながら一語一語確認しているという事か。それでは、速く話す事などできる筈が無い。よほど頭の回転が速ければその限りではないのだろうが。

速く喋る事は無理であると断ってから、アストは話を続けた。

「数週間前に、副王様から……使いが、来たんです。呼び出され、城へ、行き……そこで、命令を、下されました……。ゴドの、神官……リアン・シーワンと、神殿付属の、孤児院で、教師を、しつつ……神話や、歴史を、調べて、いる……ウィス・ラースタディ教授……この、二人を……援けて、ミラージュを……調べ、そして、滅ぼせと。計画の、内容は……その時に、併せて……聞かされました」

「……計画を聞いて、何とも思わなかったのか?」

眉をひそめながら、リアンが問うた。すると、アストは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「勿論、良い……計画とは、思いませんでした。こちらの、都合で……世界を、一つ、滅ぼすなんて……やって、良い事……ではありません。ですが……副王様の、命令には、逆らえ、ませんでした……。それに、私自身……ミラージュには……興味が、ありましたし」

「けど、何でアストさんはウィス先生達と一緒にミラージュに来なかったんですか? アストさん一人よりも、ウィス先生やリアンさんと一緒に行動した方が安全じゃないですか」

チャキィの疑問に、アストは「さもありなん」と言うように頷いた。

「私は……この通り、遅い……ですから。急いで、準備を……した、つもりだったんですが……シャンカイに、行った……時には、既に……二人とも……ミラージュへ、出発した、後でした……」

「集合時間に遅れたってわけですかぁっ!?」

呆れた顔でチャキィが叫んだ。

「シャンカイに行ったって事は……トーハイ経由でミラージュに来たんだよね? ……よくトーハイを出られたね。僕達が大暴れした後で、町の人達が警戒してただろうに……」

「自分が……降りる、前に、モンスターを……トーハイに、送り込んだんです……。町の、人間達が……モンスターと……戦っている、間に、浜辺に……降りて、暫く、巻き込まれた……フリを、していました。駆け付けた、兵士達は、私を……トーハイの、人間だと……思い込み、本当の……トーハイの、人間達と……一緒に、浜辺の……外へ、追い遣りました……」

「あとは騒ぎに紛れて、町の外へ……?」

ウィスの言葉に、アストは頷いた。

「町の、中で……ウィス達が、騒ぎを……起こした、事を……知りました。その他の、話から、恐らく……ウィス達は、トーコク遺跡に、行っただろうと、言う事が、推測……できました。しかし……私の、足では……ウィス達に、追い付く、事は、難しいと……思いました。それどころか、軍に……見付かって、足手まといに、なる……恐れもありました。だから……正反対の、セツファンに……来る、事に、したんです」

そこでウィス達を待とうと思ったのだという。塔の魔法に成功して元の世界に戻ろうが、魔法に失敗しようが、捕まったり死んだりしなければいずれはここには来る事になるだろうと予測しての行動のようであった。

「しかし……どうやってモンスターをトーハイに送り込んだ? 仕事は司書という事だが……モンスター使いの能力でも持っていると言うのか?」

「違います……。が、ある意味、そうです……」

曖昧な肯定に、ウィス達は首を傾げた。そんな三人の事はお構いなしに、アストは話を続ける。

「ウィス達に……会う、事が、できて……良かったです。私、一人では……どうしようも、無いですから。帰る、事すら……できない、かもしれません。会えなければ……いっそ、このまま……こちらの、世界で……暮らそうかと、思い掛けていた……ところです」

どこまでが本気でどこからが冗談なのかわからない。笑って良いのかもわからず、ウィス達はお互いに顔を見合わせた。

「と……とりあえず、これからはアストは僕達と行動を共にする……って事で良いのかな?」

確認の問いに、アストは頷いた。すると、チャキィがパァッと顔を輝かせる。

「じゃあ、これからは四人旅なんですね! やりましたね、ウィス先生! 仲間が欲しいって言ってましたもんね!」

「う、うん……。あ、そうだ。アスト、戦闘は?」

「詠唱を、する……時間さえ、あれば……多少は……役に、立てるかも、しれませんが……」

言わんとする事はわかる。通常の会話でこれだけ時間がかかるのだ。詠唱ともなれば、リアンやチャキィとは比べ物にならないほどの時間を要するだろう。

「後衛か。……つまり、俺は前衛で存分に剣を振るえるという事だな」

ニヤリと笑うリアンに、チャキィが椅子ごと後に退いた。

「出ましたよ、鬼神リアンの戦闘狂発言……。けど、前衛が二人に増えるのは頼もしいですね。後衛組として頑張りましょうね、アストさん!」

「そう言えば……あなたは、誰でしたか……?」

真剣に首を傾げて考えるアストに、チャキィはガタンと椅子からずり落ちた。そう言えば、まだ自己紹介をしていなかった。

「チャキィ・クリックです。大雑技団、暁の月の、花形大道芸人なんですよっ!」

「花形大道芸人を団長が快く旅に出したりするか。嘘を吐くなら、もう少しマシな嘘を吐け」

リアンのツッコミに、チャキィは不満そうに頬を膨らませた。それをアストが興味深げに人差し指で突き、チャキィの口から空気が抜けていく。

「ちょっと……アストさん?」

呆気に取られて、チャキィはアストを見た。チャキィの顔から不満が消えているのを視認し、アストは満足そうに頷いた。

「怒った、顔は……あまり、継続……させては、いけません。張り付いて、常に、怒って……いるように、見えるように、なったら……困るでしょう? 怒って、ばかりの……人間には、幸せが……寄り付きません」

言われて、チャキィはハッとすると両手を使ってむにむにと頬を揉み始めた。そして、揉みながらいたずらっぽい笑みを浮かべ、アストに言う。

「それ、リアンさんにも言ってあげて下さいよ。ボクよりずーっと不機嫌そうな顔を続けてますもん。幸せが寄り付かないどころか、不幸がスキップしながら寄ってきそうな顔ですよ」

チャキィの言葉に、リアンが不快そうに顔を歪めた。

「ほらリアン、また不機嫌そうになってるよ」

苦笑しながら言うウィスに、アストが言葉を被せた。

「まだ……手遅れでは、ないですよ。リアン」

その言葉に、ウィスとチャキィは思わずブッと吹き出した。不機嫌な顔じゃないリアン……想像するだけで笑いがこみ上げてくる。そんな二人に舌打ちをしてから、リアンは視線をアストに向けた。

「それで……アスト。お前の魔法は具体的にどういう物だ? 攻撃系か、回復系か。属性は……」

「攻撃系でも、回復系でも……防御系でも、ありません。属性も……特には、ないです」

「……何?」

不可解な説明に、リアンは顔をしかめた。ウィスとチャキィも、変な顔をしている。

「それ、どういう事……?」

ウィスが問うと、アストは軽く頷いた。そして、荷物から一冊の本を取り出して三人に見せた。開くと大人でも顔が隠れてしまう大きさだ。

「私は、戦闘の……時、この本を、使います。具体的には……」

「おい、お前達!」

アストが説明を始めようとした時、四人がかけているテーブルをバァンと強く叩いた者があった。四人は話を中断し、顔を上に向ける。

そこには、兵士の恰好をした男が十人ほど立ち並び、こちらを睨み付けていた。更に周りを見れば、いつの間にか店の客達の視線が全てこちらに向いている。

兵士達は主にリアンとチャキィをじろじろと見ると、居丈高に言った。

「黒髪で神官服を着た男……それから、大道芸人のような派手な服を着た子ども。間違い無ぇ。お前達、ミラージュから来たとか言う侵略者だな?」

「!」

アストを除く三人の顔に緊張が走った。反射的に立ち上がり、剣に手をかける。すると、兵士達も武器を手に取りながら言った。

「お前達がこの世界を滅ぼそうとしているという話は、こちらにまで回ってきている。観念して、大人しく着いてこい!」

兵士の言葉に、辺りがざわめいた。そして、兵士達はテーブルを取り囲む。

「どっ……どうします、ウィス先生!?」

「どうするかと言われてもね……」

「もう周りにもバレているんだ。大人しくしても仕方が無いだろう!」

言うや否やリアンは剣を抜き放ち、兵士の一人に斬りかかった。もう言い逃れはできない。諦めたようにウィスも剣を抜き、手前の兵士に斬り付ける。兵士達が怯んだところで、チャキィが詠唱を手早く完成させた。

「つぶらな瞳の風見鶏、くるくる回って舞い上がれ! タイフーンパニック!!」

店内に巨大な竜巻が発生し、人々は魔法の名の通りパニック状態に陥った。その隙を衝いてウィス達は囲みを突破した。

「一旦、町の、外に……出ましょう。そうすれば、私に……考えが、あります」

「考え!?」

「どんな考えかは知らんが、町の外に出た方が良さそうなのは確かだ! 急げ!」

店の周りには、既に騒ぎを聞き付けた人々が集まり始めている。このままでは兵士達に加えて町の人間達にも囲まれてしまう。上手く逃げたところで、入り組んだ町の中での鬼ごっこになってしまえばこちらが不利だ。

幸い、ここは町の場末である。すぐ横にある、町を取り囲む塀さえ乗り越えてしまえばすぐにでも町の外へ出る事ができる。

「お手玉、火の玉、火炎玉! 飛び跳ね、ぶつかり、燃え上がれ! ファイアーコメット!!」

チャキィが手早く塀を破壊し、四人は町の外へと飛び出した。外へ出るや否や、アストは本を構えてウィス達に言う。

「詠唱を、開始……します。すみませんが、暫く……時間を、稼いで、ください」

頷き、ウィスとリアンは兵士達に斬りかかった。チャキィも、詠唱を大幅に省略した魔法の連続攻撃で相手を怯ませ、撹乱する。壊れた塀の範囲は広くはない。敵が一気に増える可能性は低いと見て良いだろう。確実な身の安全を確認したアストは、本を開いた。開かれたページは真っ白で、何も書かれていない。深く呼吸をすると、アストは喋る時と同じような速さで、一言一言を確認しながら詠唱を始めた。

「改訂作業を、開始します。……歴史を、ひも解き……我は、知る。眼前に、佇むは……未知なる、力。眼に、映るは……未知なる、姿。子子孫孫に、語り継ぐ、べく……その身を、この書に……刻み込まん。今は、ただ……眠りに、つけ。望まれ、光を……浴びる、その時が……来たる、まで…………リビジョン」

アストが言葉を結んだその瞬間、手にした本が閃光を放った。放たれた光は鳥のようにセツファンの周りを一周すると、そのまま本の中に入っていく。そして、その直後。

兵士達と、町が消えた。それと同時に、アストが本をパタンと閉じる。

「改訂作業を、完了しました……」

「!?」

突如目の前の相手が消え、ウィス達は目を丸くする。それと同時に、前にも似たような状況になった事がある事を思い出した。

「これ……広場でドラゴンタイプのモンスターと戦った時の……」

やっとの事で、ウィスはそれだけの言葉を絞り出した。すると、アストはその言葉を受けてこくりと頷いた。

「これが、私の……魔法です。リビジョンと、いいます。私が、狙った……物を、全て……この、本に……閉じ込めて、本を、どんどん……新しく、していく……魔法です」

そう言ってアストは、手にした本のあるページを開いて見せた。そのページには、先ほどまでウィス達がいた町の絵が載っていた。その横には、セツファンと書かれている。更にその次のページ以降には、人物名鑑のように人間の絵がずらりと並び、それぞれに名前と簡単な説明が記されている。同じ顔の人間は一人としていない。

それらを一通り見せた後、アストは少しだけ前のページを開いて見せた。そこには、先ほど広場で戦ったモンスターの絵が載っている。

「そんな……町一つを本に閉じ込めるなんて……」

「馬鹿げている……! そんな事が可能なら、わざわざ俺達がこの世界を滅ぼす必要など……」

納得がいかない。そう言いたげな顔でリアンが毒づいた。すると、アストは頷いて口を開く。

「勿論、制約は……あります。第一に、本に……閉じ込める、為には……使用者で、ある、私が……その、大きさを、把握……して、いなければ、なりません。第二に、私自身は、本に……閉じ込める、事が……できないんです。それ故に、私が、入っている、間は……建物でも、町でも、何でも……閉じ込める、事は……できません。だから、一度……町から、出る、必要が……ありました」

例えばクジラに呑み込まれても、そのクジラを本に閉じ込める事で脱出する事はできない。檻に閉じ込められた場合、格子を本に閉じ込める事で出入り口を作り脱出する事は可能だが、中に入っている間は檻自体を閉じ込めて消す事はできない。格子のみを閉じ込めるにしても、壁に埋まっている部分まで含めてどれほどの大きさになるのかを把握していなければ魔法は発動しない。

「第三に……これは、見ての、通り……強力な、魔法です。リアンと、チャキィなら……わかると、思いますが……。強力な、魔法は……魔力を、多大に……消費します」

リアンとチャキィが、頷いた。そして、ウィスも。魔法を使う事はできなくても、知識としてならわかっている。

「閉じ込める、物の……サイズにも、よりますが……この、魔法は……魔力を、多く、消費します……。対象が、大きければ、大きいほど……消費する、魔力は……多く、なります。今の、私の……魔力では、町一つ、までが……限界です」

「じゃあつまり、アストさんの魔力は現在ほぼスッカラカン……という事ですか?」

チャキィの問いに、アストは頷いた。

「詠唱の、時間も……かかるし、燃費も、悪い。非常に……使い勝手の、悪い……魔法です。ですが、上手く……使えれば、私の……力と、なってくれます。戦いを、一瞬で……終わらせる、事が、できるし……このように、大きな、物や……モンスターを、持ち運ぶ、事が……できます」

「持ち運ぶ?」

「本に……閉じ込めた、物は……ページを、指定し……詠唱、する、事で……本から、出す……事が、できます。これには、魔力は……ほとんど、必要は……無いです。ただし、出す、場所を……考え……なければ、大騒ぎに……なりますが」

言いながら、アストは更に前のページを開いて見せた。そこには、馬のついていない馬車の絵があった。

「例えば、馬さえ……用意、できれば、この……馬車を、本から、出して……乗る、事も……可能です」

「可能って言われても……その馬をどうやって用意するんですか? どうせ馬車を閉じ込めるなら、馬も一緒に閉じ込めれば良かったじゃないですか……」

呆れたような顔をして、チャキィが言う。すると、アストはふるふると首を横に振った。

「私が……これを、見付けた……時、馬は、ついて……いませんでした。乗っている、人間も……なく、横倒しに……なっていたんです。盗賊か、モンスターに……襲われたんだと……思います。破損が、少なく……何かに、使えそうだと……思ったから、持ってきました……」

「横倒しに? ……ひょっとして、アスト。この馬車を本に閉じ込めたのって、トーハイからセツファンに来る途中?」

ウィスの問いに、アストは頷いた。

「……という事は、俺達がここに来る途中見た、不自然に倒れた草……。あれは馬車が横倒しになっていた跡……というわけか」

「そうなるね。……そうか。アスト……。君が副王様からミラージュへ来るよう言われたのは、ひょっとして……」

「この、魔法が……使えるから、だと……思います。副王様や、神殿は……私が、この……魔法を、使って……ミラージュの、優れた……人材や、資源を、持ち帰る……事を……期待、していると……言って、いました……」

アストの表情が暗くなった。しかし、彼はすぐに顔から暗さを消すと、「だが」と言って言葉を繋げた。

「私は……それだけを、持ち帰る……つもりは、ありません。ミラージュの、全ての……人間を、本に、閉じ込め……持ち帰ります。誰一人、私の、せいで……死なせたりは、しません……」

アストの言葉に、ウィスとチャキィは顔を見合わせた。そしてチャキィは、アストに向かってにっこりと笑って見せる。

「皆が死なずに済むのは、良い事です。けど、それは次善の策ですよ、アストさん。最善の策は、皆が今まで通りの生活を続ける事ができるようにする事、ですよ」

「……!」

言われて、アストは目を丸くした。そして、暫くチャキィに言われた事を頭の中で反芻している様子を見せた後、にこりと笑った。

「そう、ですね。それが……最善です。旅を、続ける……うちに、どちらの……世界も、滅びずに、済む……方法が、見付かる。それが……一番、望ましいです……。そう、なるように……私も、精一杯……努力を、しましょう……」

そして、思い出したようにアストは言った。

「その、為にも……補充を、しなければ……なりませんね」

「補充?」

「魔力が、回復……したら、辺りで……適当な、モンスターを、何匹か……本に、閉じ込めます。制約に、引っかかって……対象を、本に、閉じ込める……事が、できない、時に……その、モンスターを……本から、解放するんです……」

「あぁ、なるほど」

確かに、自分で言うほど使い勝手の悪い魔法であれば咄嗟の使用や、連続した使用は困難だろう。余裕のある時に対策を練っておくのは、悪い事ではない。ひょっとしたら、トーハイへ行く時に遅刻をしたというのは、モンスターの補充をしていた為かもしれない。

「さっき言ってた、トーハイへ降りる為にモンスターを送り込んだっていうのも、その方法を使ったんだね?」
ウィスに言われ、アストは頷いた。

「じゃあ、アストさんがモンスターを補充し終わってから、レイホワに向かいましょうか。ボク達は、その間に買い出しを………………あぁーっ!!」

言い掛けていた言葉を止め、チャキィが突如叫んだ。あまりの大声に、近くの木から鳥が飛び立つ。チャキィは掴みかからんばかりの勢いでウィスに近寄ると、涙目になりながら言った。

「ウィス先生! 買い出し! 買い出しをどうしましょう!? ボク達、まだ食料も服も何にも買ってませんよ!?」

「あっ……」

チャキィに言われた事で思い出し、ウィスは絶句した。リアンも、流石に困った顔をしている。食料も服も無くては、この先レイホワへ向かうのは難しい。

「あ……アストさん! セツファンを一度本から出す事は……」

「出した、ところで……私達は、顔を……見られて、います。再び、騒ぎに……なる、だけで、買い出しは……できないと、思いますが……。それに……私の、魔力は……ほとんど、尽きて、います。もう一度、本に……閉じ込める、事は……できません。出したら、次は……チャキィに、町を……破壊して、もらう……事に……なるかも、しれません」

「……!」

アストの言葉に、チャキィは二の句が継げずにいる。かと言って、このまま食料も持たずに進むわけにはいかない。しかし、セツファンですら兵士に見付かったのに、トーハイやミャコワンに行くわけにもいかない。

困り果てて、四人が腕組みをして考え始めた、その時だ。

「あぁーっ!!」

甲高い、そして先ほどのチャキィよりも更に大きな叫び声が響き渡った。

「!?」

一同が驚き振り向くと、そこには一つの山があった。……いや、山ではない。山としか形容のしようが無い巨大な荷物を背負った女性が一人、立っていた。

髪は黒くて長い。一部の髪を後頭部で団子状にしてまとめている。裾の長いグリーンの上着を羽織っていて、裾が風で揺れるとその裏地で何かがキラキラと光っているのが見える。身長は、ウィス達より十pは小さいだろうか。

女性は前方を見詰めながらわなわなと震えていたかと思うと、突如膝から崩れ落ちた。背負っていた巨大な荷物が、ズズゥン……という鈍くて低い音を立てる。

「そんな……町が……セツファンが無くなってる……!?」

「チッ……」

リアンが舌打ちをし、剣に手をかけた。アストの魔力がほぼ尽きている今、場合によってはこの女性を殺さなければならないかもしれない。

そんな自らの発言次第で死ぬかもしれない状況だという事を知らぬまま、女性はボロボロと大粒の涙を流しながら叫んだ。

「やっと……やっと美味しい物が食べられると思ったのに! 久しぶりにちゃんとした料理が食べられると思ったのに! どうして町が消えちゃってるの!? どうして……どうしてよぉーっ!!」

絶叫。まるで最愛の人を失ってしまったかのような悲痛な叫び声だ。だが、その叫び声の対象は人ではない。

「……」

何と声をかけて良いのか、そもそも相手にして良いのかがわからず、ウィス達は顔を見合わせた。









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