光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「シン達さ……間一髪だったみたいだな」

ザクザクと軽快な足音を立てながら、サーサが言った。サーサが言っているのは旅の途中に横切ったカホン遺跡の事だろう。

「うん……まさか、少しの間にあれだけ神官と兵士だらけになってるなんてね……」

「サーサ達が来るのがもう少し遅かったら、私達……サーサ達じゃなくて神官達や軍隊に捕まっていたかもしれないのね……」

発言し、リノがブルッと身震いをした。

カホン遺跡には十人を超える神官と、手だけでは数えきれない量の兵士がうろついていた。単に火事が起きたからやって来た、というわけではなさそうだ。それだったら、そんなにたくさんの神官や兵士が来るはずが無い。

「多分、カホン遺跡がミラージュと繋がった時の出口になるって事を知ってたんだろうね。ウィス達の計画か何かに一枚噛んでるんだと思う。それで遺跡の近く……サブトかサイスイかに待機していた。そんな時に遺跡で火事が起きたという報告を聞き、塔がまだ使える状態かどうかを確かめに来た……そんなところかな?」

「ま、つまりは僕達フジャマの自警団の方が神殿や軍隊の奴らよりも行動が速かったって事だよな」

どことなく誇らしげにサーサが言うと、その横でルナがパチパチと拍手をした。何が凄いのかわかっているのかどうかは、その表情からは読み取れない。

「ところでよ、カホン遺跡どころかサブトも通り過ぎて随分経つぜ? シャンカイにはまだかかるのか?」

フェイがサーサに問うた。疲れた様子は無いので、純粋に距離が気になったのだろう。

「そろそろ着くはずだよ。……あぁ、ほら……」

サーサが言うと同時に、空が急に暗くなった。先ほどまではピクニックにもってこいの快晴だったというのに、今では陽の光がまるで見当たらない。単に雲が出てきたというレベルではない。この暗さは、急に夜が来たと言っても差支えが無いほどだ。

サーサは、道端に置かれた石像と夜のような空を交互に見ながら言った。

「この石像がシャンカイとその他の地域の境界の印なんだ。それで、シャンカイに入ると一瞬で空が夜になる。凄いだろ?」

「何でお前が自慢げなんだ? そもそも、何でシャンカイに入った途端に夜になるんだよ?」

「それは……えーっと……」

「説明できねぇんなら、偉そうにするんじゃねぇ!」

二人の遣り取りに、シンは苦笑する。

「その石像、ここだけじゃなくてあちらこちらに置かれてるでしょ? 石像は、一種の魔法装置なんだ。私達が戦ったお城の中庭にもあったよね、フェイ?」

「ん? あぁ、そうだな。あれは最初っから魔力を注いでおいて、いざって時には結界を発生させる石像だったはずだ」

王城の中庭を思い出しながら、フェイは頷いた。

「あれと似たような物だと思って良いよ。ただし、この石像は結界を発生させる物じゃない。陽の光を完全に遮断して、シャンカイを半永久的に夜にしておく為の物だよ」

「半永久的に夜だぁ? そんな事して、何になるってんだよ?」

「例えば、陽の光を浴びる事ができない病気になってしまった人。夜の暗い中でしか作り出せない魔法アイテムを作り出す職人。ついでに、暗い方が創作意欲が湧く芸術家。そんな人達を住まわせる為に造られたのがこの町だって聞いた事があるよ。……私達の世界ではね」

シンの説明に、一同は納得したように頷いた。

「じゃあ……この町に住んでいるのは、夜の中でしか生きられない人達って事?」

「そういう人ばかりとは限らないよ。職人さんや芸術家の人なんかは陽の光が浴びたくなったら町の外に出るだろうし……病気の人も、よほど重篤でなければ月に一度か二度は外に出てると思う。……それでも、毎日陽の光を浴びる事ができないっていうのは辛そうに思うけどね……」

「けど、この町の方々は一日中好きな時に星を見る事ができるのですわね。それは羨ましいと思いますわ」

「……皆がルナみたいな考え方ができれば、良いんでしょうね……」

リノが苦笑した。それにつられるようにシンも苦笑していたが、突如、笑いを収めた。

「シン?」

「どうしましたの?」

急に笑顔を消したシンに、仲間達が緊張を覚える。続いて、フェイが顔を険しくした。そして、少し遅れてサーサも。

「……この気配……」

「あぁ……モンスターだ」

シンとフェイが剣に手をかけ、サーサが弓に矢を番える。近くの茂みから、ガサリという音がした。

「そこだっ!」

言うや否や、サーサが矢を放つ。矢は茂みに吸い込まれ、直後入れ替わるようにモンスターが二体飛び出してきた。ウルフ系のモンスターだ。片方の足には、サーサの矢が突き刺さっている。

「シン! あのモンスター……!」

何かに気付いたのか。リノが叫んだ。

「うん。トーハイにミラージュが現れた時に出てきたのと同じモンスターだ。という事は……やっぱり、ウィス達はここからトーハイに行ったと考えるのが正解なんだろうね」

傷を負っていない方のモンスターが襲い掛かって来た。傷付いていない分、動きが速い。だが、そんなスピードはものともせずにフェイが剣を振るい、モンスターを一刀両断にする。その後で、シンが詠唱を完成させた。

「英傑の祈りが呼びし風……乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!」

強い風が吹き、残ったモンスターを圧していく。そんなモンスターにとっての向かい風――シン達にとっては追い風に乗って、フェイが勢い良く駆け出した。そして、豪快に剣を振り回す。剣が元の一に戻って来た時には、既に二体目のモンスターは絶命していた。

「すご……相変わらず馬鹿力だなー……」

サーサが感心したような呆れたような声で言う。

「っつーかさ、フェイ。お前って王様の護衛剣士なんだろ? 何か戦い方とか言葉遣いとかさ、それっぽくないよなー……」

その言葉に、リノとルナも興味深そうにフェイを見た。どうやら、彼女達もずっと気になっていたようだ。

「おう、そりゃアレだ。俺は元々は盗賊だからな」

「盗賊!?」

その場にいた全員が目を丸くした。

「そうだ。徒党を組んで、ミャコワン周辺を騒がしてた。もう十年以上前の事だがな」

「それが何で王様の護衛剣士なんかやってるのさ……?」

サーサは益々わからなくなったと言いたげな顔だ。リノも似たような顔をしている。

「世間を騒がしてりゃ、討伐の対象になる。当然、俺達にも軍隊が差し向けられた。戦ったは良いが、多勢に無勢だ。気付いたら俺以外全員が捕まってた」

「それで……どうしましたの?」

物語を聞いている時のようなキラキラした瞳でルナが問う。その視線をくすぐったそうに受け止めながら、フェイは言葉を続けた。

「おう、それでな。追い詰められてここまでかと思った時、俺の前に陛下が現れた。当時は皇太子だったか……とにかく、盗賊討伐を見ておくのも勉強のうち、みたいな感じで軍隊についてきてたんだな」

「……それで?」

シンが、話を促した。

「陛下は俺の戦いぶりをずっと見ていたらしくてな。俺に言ったよ。私の部下になりその力を役立ててみないか、今まで弱い者を攻撃してきたその力で弱い者を守ってみないか、とな。そうすれば、盗賊を辞める事を条件に仲間の奴らを全員解放してくれるってよ」

「それで、王様の部下になったのか? そんなにあっさり?」

「あのなぁ、アッサリっつっても、その時ゃ結構悩んだんだぞ? 何しろ、盗賊から護衛剣士への転職だからな。勝手が違い過ぎる。けど、仲間の命にゃ代えられねぇしな」

「なるほどね……それで? 気付いたら王様に絶対の忠誠を誓う剣士になってたわけだ?」

からかうようにシンが言うと、フェイは「馬鹿言うな」と毒づいた。

「忠誠とか、そんな大層なモンじゃねぇ。ただ、陛下の事が気に入っただけだ。自ら戦場に出てきたり、今まで敵だった奴を部下にしようとしたり、並の器量じゃできねぇからな。だから、俺は王の護衛剣士になったつもりは無ぇ。俺は、陛下の護衛剣士なんだ」

「よくわかんないけど、何か凄いな。……ってか、護衛剣士が王様の傍から離れて良いのかよ?」

感心したように頷いてから、サーサはハッとして問うた。

「陛下に行けと言われたからな。それに、俺は護衛剣士と謳っちゃいるが、護衛だけが仕事じゃねぇ。陛下に命じられりゃ陛下を守る盾にもなるし、陛下の眼前の敵を屠る剣にもなる。今回みてぇに、陛下から遠く離れた敵を討つ矢にもなるんだ。陛下も、そう思ってくれている。だからこそ、シンと共に行く者に俺を選んだんだろう」

そう言って、フェイは誇らしげに胸を張った。それから、顔を険しくして言う。

「だからこそ、俺はあのウィスとリアンって野郎ども、それからチャキィってガキ。あの三人を野放しにしておくつもりは無ぇ。何の目的かは知らねぇが、奴らの好きにさせて陛下の治世を終わらせるわけにゃいかねぇからな。俺は、既に陛下という弓から放たれた矢だ。いずれは奴らを倒して、陛下の治める世界を守ってみせる」

それだけ力説してから、フェイはバツが悪そうにサーサを見た。

「……っと、悪ぃな。俺から見たら陛下の敵でも、サーサから見たらウィス達は同郷人なんだよな」

「別に良いよ。僕は神官リアンとも、そのウィスとかチャキィとかいう人とも知り合いでも何でもないし。それに、同郷人でも世界を滅ぼすとかってのはどうかと思うしな」

そう言って、サーサは少しだけ間を空けた。今までの話を頭の中でまとめて、気持ちを整理する為かもしれない。

「ところでさ、さっきのモンスターと同じ奴がお前達の世界に現れたから、シャンカイからお前達の世界に行ったと考えるのが正解って言ってたよな? けど……見たところ他の世界と繋がってるような場所なんか見当たらないぞ?」

「もう少し町の奥にあるんじゃないかな? 例えば、海岸とかさ」

「海岸?」

シンの答に、サーサは首を傾げた。それに、シンは頷いて見せる。

「トーハイでは、浜辺……と言うよりも海の真上にこっちの――サーサの世界との繋がりが現れたからね。逆も同じなんじゃないかな?」

「シャンカイの海の真上に、トーハイとの繋がりがある……という事ですの?」

「どうだろう? こっちは海の上じゃなくて下かもしれないよ」

言いながら、シンはどんどん町の奥へと進んでいく。幸い、辺りに人けは無い。一日中夜の町だから、住民全ての体内時計が狂っているのだろうか? それとも、ミラージュと繋がった関係で住民に外出禁止令でも出されているのだろうか? 何となく、後者の気がする。

本当の夜のように静まり返った町を奥へ奥へと進んでいくと、眼前に海が広がった。浜辺へ降りる階段の横には、粗末な小屋が一軒建っている。物置か。それとも海の様子を定期的に観測する為に建てられた観測員の常駐場所だろうか?

階段を降りながら、シンは前方を指差した。丁度小屋の真ん前にあたる海の一部が明るく輝いている。ランプの光よりも暖かそうな光だ。

「あれは……」

詰まったような声でリノが呟いた。他の面々も、呆然と光を見詰めている。

「覗いてみる? 多分、トーハイが見えると思うよ」

言いながら、シン自身がジャブジャブと海の中に直進していく。リノ達もそれに続き、そして光を覗いた。

「落ちないように気を付けて。ウィス達が降りるところを見る限り、結構高さがあるみたいだったし」

忠告に従い、光に近付き過ぎないようにする。それでも、光の向こうはよく見えた。

「トーハイよ……。向こうに確かに、トーハイが見える……!」

「あら、あそこの焦げ跡……私がモンスター達を一掃した時にできた物ですわ」

「そりゃマジか、ルナ嬢ちゃん!? ……じゃあ、あそこに見えるのは間違い無く、俺達の世界のトーハイだってのか……!?」

「本当、だったんだ……。本当に僕達の世界と、ミラージュが繋がったんだ……」

仲間達が口々に感想を言う中、シンはくるりと踵を返した。

「……シン?」

リノがシンの行動を訝しんで名を呼ぶと、シンは顔だけ振り向いた。

「とりあえず、帰りたくなったらシャンカイに来れば良いって事はわかった。けど……このまますぐに帰るのはもったいないと思う。折角ここまで来たんだし、調べられる事は調べてみようと思うんだ。例えば、何故ウィス達はトーコク遺跡の塔を使う事ができたのか。彼らの目的は結局のところ何なのか……。帰るのは、それらを調べてからでも遅くないと思う。勿論、不安だったらリノ達は先に帰っても良いよ。いつまでもここが繋がってるって保証は無いしね」

それだけ言うと、シンはさっさと海から上がってしまう。残された四人は、交互に顔を見合わせた。そして、誰からともなく踵を返し、全員が光に背を向ける。

「シンを残して帰れるわけないでしょ! 放っておくといつも無茶するんだから!」

「私には、シューハクの者としてミラージュに関わる事象を見聞きする義務がありますから。もっとこちらの世界を見て回りたいですわ」

「女子どもばかりに危ない橋を渡らせるわけにはいかねぇ。それに、陛下の治世を守る為にも、奴らの狙いははっきりさせておきてぇしな」

「僕は元々こっちの世界の人間だから、迷う必要も無いんだけどな。けど、調べた結果によってはお前達とミラージュに行く覚悟はできてる。戻る事にしたら、いつでも言えよ」

そう言って、四人もシンに続いて海から上がった。そして、一同はとりあえずの相談場所として、階段横の小屋に入る。小さくて狭い小屋だ。五人が入ったら、ほとんど隙間は無くなってしまった。フェイの体が大きい事も一因ではあるが。

「さて……当面の問題だった帰る方法は解決したわけだけど……そうなると、次はどこへ行く?」

言いながら、シンは地図を広げた。

「とりあえず、湖西地域を回れるだけ回るのが良いんじゃないのか? 何度も湖を行ったり来たりするのは大変だろ?」

サーサに言われ、シンは頷いた。

「そうなると、あと湖西地域で行っていない町は……副都サブト、湖西の町サイスイ、それに神託の町ゴド……か」

「前にも言ったけど、サブトは今慌ただしいぞ。その、ミラージュに関わる何かの為にさ。兵士が大勢行ったり来たりしてるみたいだし、下手にうろうろしてると危ないんじゃないか?」

「それだけ忙しいと、城や重要施設には当然入りにくいだろうな。かと言って、そこら辺りの住人が何か知っているとは考えにくい」

フェイの言葉に、シンが頷いた。

「そうなると、ゴドに行って様子を見るか、サイスイに行くかなんだけど……」

「サイスイは今行かなくても、リルンベ湖を渡る時に行きますわ」

ルナが言い、一同が頷く。

「決まりだね。まずは神託の町ゴドへ行こう。それから様子を見た結果次第でサブト、サイスイの順に回る……それで良いかな?」

シンの問いに、その場にいる全員が頷いた。

小屋に備え付けのランプが光り輝く中、一同は立ち上がった。次の目的地へと向かう為に。








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