光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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その様子は、一言で言えば「大群」だった。集中して数えなければ正確な数はわからないであろう数。恐らく、両手両足の指を足した数でもまだ足りない。姿は、ウルフ系、イノシシ系、蛇系、シカ系、鳥系に植物系と多種多様だ。それらが群れを成して町に入り込み、町の人間達を襲っている。

「くそっ! 一体どうなってるんだ!? 今までモンスターが町に押し寄せてくるなんて無かったのに……!」

小屋を背に、サーサは矢を放ちながら毒づいた。小屋の中では、シン達が窓に身を寄せて外の様子を窺っている。

「凄い量……あんなにたくさんのモンスター、見た事が無いわ……」

「私は見ましたわよ。トーコク遺跡に行く直前に立ち寄ったトーハイの浜辺が、あれよりも更にモンスターだらけになっていましたわ」

ルナの言葉に、リノの顔が青ざめた。

「朝方申しましたように、そのモンスター達は私が一掃致しましたから、心配なさらなくても大丈夫ですわ。……あぁ、そうですわ。あの時と同じように、私が魔法で一掃してしまえば良いのですわね。鋭き閃光、激しき雷鳴、畏れ振り撒き闇を裂け! 雷の手、タケミカ……」

「待て、ルナ嬢ちゃん! ルナ嬢ちゃんの魔法じゃ、町を壊滅させかねねぇ!」

「あら、それはそれで都合がよろしいのではござません事? 小屋から出られますし、私達の顔を見た人間もいなくなりますわ」

魔法を止められた事が不服なのか、ルナがぷぅと頬を膨らませて言う。

「ちょっ……何言ってんだよ!? 町が滅んで都合が良いって……そりゃ確かにお前らからしてみれば都合は良いかもしれないけど、それを口にするか、普通!?」

「冗談ですわ」

すまし顔で言うルナに、サーサは一瞬だけ脱力した。だが、すぐに気を引き締めて再びモンスターに矢を放つ。淡々と放ち続けているが、百発百中だ。放った矢は、必ずモンスターに命中している。

「やるじゃねぇか」

感心して、フェイが呟いた。それが聞こえたのか、サーサは寸の間照れたようにはにかんだ。だが、その顔はすぐに厳しい物へと変わる。

「けど、威力が全然足りない! あいつら皆、毛皮や外皮が硬くて矢じり程度じゃ大したダメージにならないんだ!」

サーサの顔の、焦りの色が次第に濃くなっていく。モンスターが、自分達に矢を射かけてくる存在に気付いたらしい。奴らは、体の向きを変えるとサーサに向かって突き進んでくる。サーサの焦りの色が、更に濃くなる。焦り過ぎて、矢を弓に上手く番える事ができない。

「サーサ!」

フェイが叫んだ。そして、シンも叫んだ。ただし、彼女は一切焦っていない声で。

「汚れを知らぬ無垢なる水よ、剣となりて敵を討て! アクアスライサー!!」

水の刃が、モンスター達を切り裂いた。モンスター達が怯んだところで、シンは続け様に詠唱する。

「英傑の祈りが呼びし風……乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!!」

強烈な風がモンスター達を圧し、木や建物に叩き付けた。全身に衝撃を受けたモンスター達はその場に伸び、ひくひくと痙攣している。

「シン……」

サーサは目を丸くして、思わず名を呼んだ。すると、シンは小屋から堂々と出つつ、淡々と言う。

「手伝うよ。どうもモンスター達が町を襲いに来たのは、カホン遺跡周辺の森が燃えて、食料が極端に減ったからのように思えるからね。責任は取らないと」

「だったら! 私も手伝いますわ! 森を燃やしてしまったのは私ですもの!」

「俺もやるぜ。女子どもにばかり戦わせるわけにゃいかねぇからな。……俺達の武器はどこだ?」

フェイに問われ、サーサは反射的に隣の小屋を指差した。

「おう、あの中か」

そう言うとフェイはその体躯に似合わない素早さで隣の小屋に入り、一分とかからずに二本の剣を手に出てきた。シンのショートソードと、自身の扱う大剣だ。

「シン!」

名を呼び、フェイはショートソードを宙へと放る。それを足を動かす事無くキャッチしたシンは剣をすらりと抜き放ち、いつでも攻撃にも防御にも移れる体勢を取った。

「ルナ。詠唱を完全に省いて魔法を使ってくれる? ……あまり強い魔法を使うと、本当に町を滅ぼしちゃうかもしれないからね。あと、できれば火や雷は出さない魔法で」

「木造の建物が多いですものね。わかりましたわ」

ルナが頷いた。続いて、シンは未だ小屋の中にいるリノに顔を向ける。

「リノ、辺りのモンスターが減ったら、町の人達を助けに行ってくれる? 怪我をしている人には回復魔法を使って、もしモンスターに襲われるような事があったらグランドバリアで防いで欲しいんだけど……」

「言われなくても、そのつもりよ」

リノが頷き、シンも頷いた。そしてシンは、フェイとサーサの顔を交互に見た。

「私とフェイ、それにサーサは突撃あるのみ!」

「おう!」

「何で僕にまで指示を出すんだよ!? いや、別にその指示自体に不満は無いけど!」

「不満は後で聞いてやる! とにかく行くぞ!!」

言うや否や、フェイは眼前のモンスターに向かって一気に駆け出した。シンがそれに続き、遅れてサーサとルナが走り出す。

「でぇりゃあぁぁぁっ!!」

気合い充分の叫び声を発しつつ、フェイが剣を振り回す。その剣に搦め取られたモンスター達はそのまま胴体を真っ二つにされ、または脳天をかち割られ、断末魔の叫びを発する事無く絶命していく。

「アクアスライサー!」

シンは詠唱を省いた弱い魔法で相手を撹乱し、怯ませつつ隙を見ては剣で斬り込んでいる。一撃一撃の威力は弱いが、その剣は確実に急所を捉え、ダメージを与えている。

「水の一の手、ワダツミ!」

サーサの背後から、ルナが叫んだ。瞬時に上空に水の塊が現れ、モンスター達に降り注ぐ。詠唱を省略した状態だというのに、地面に叩き付けられた水の勢いは嵐時の雨よりも強いのではないかと思われた。大量の水を叩き付けられたモンスター達は、よろけたところをシンとフェイに各個撃破されていく。

懸命に矢を放ち続けるサーサの横を、リノが走り抜ける。リノは木の下で蹲っている老人に近付くと、すぐさま詠唱を開始した。

「癒しの雨よ、降り注げ! ヒールレイン」

ルナの魔法とは違う、優しい雨が老人に降り注いだ。老人の負った傷は見る間に治っていき、当の本人は目を丸くしている。

そんなリノ達の存在に一匹のモンスターが気付き、襲い掛かった。

「堅固なる大地よ、我らを守れ! グランドバリア!!」

弱い地震のような揺れの後大地が隆起し、リノと老人を守る壁が現れた。モンスターは壁に真正面からぶつかり、ふらついたところをフェイの剣に仕留められる。

「すごい……」

思わず、サーサは呟いた。町の人間達では一体も倒せないままダメージばかりを食らっていたというのに、シン達はそのモンスターを次から次へと片付けていく。それも、息をするかのような自然な流れで。

モンスターの数はみるみるうちに減っていき、いつしか数体を残すのみとなった。いつの間にか集まってきた町の人間達は皆、見世物でも見るような呆けた顔でシン達の戦いぶりを見守っている。それほど、彼女達の強さはけた違いだった。

「これじゃあ……町の皆から見たら、僕が戦ってるのは邪魔なだけかも……」

言わば、プロの役者による本格的な演劇に、一人だけ台詞回しもままならないずぶの素人が混ざっているようなものだ。自分の射撃が戦闘の役に立っているのか自信が持てず、サーサはついついそんな事を考えた。

「油断はいけませんわ! 水の一の手、ワダツミ!」

ルナの声に、サーサはハッと我に返った。それとほぼ同時に、サーサの背後で強烈な音がする。振り向いて見れば、そこには大量の水を食らったモンスターがひくひくとのびている。

「あ、ありが……!」

礼を言い掛けたサーサの顔に緊張が走る。サーサは弓に矢を三本、一気に番えるとルナに向かって一斉に放った。矢は全てルナの真横を彼女には掠る事も無く一直線に飛び、彼女の背後に迫っていたモンスターに突き刺さった。食虫植物に見えるそのモンスターは、「ぎゃごぉぉぉっ!」という叫び声を発すると、その場で動かなくなった。どうやら、急所に命中したようだ。

「あら、ありがとうございます。これでお互い様ですわね」

ルナがにっこりと笑い、サーサは思わず顔を背けた。何故か、心拍数が上がっている気がする。

「二人とも、まだ油断は禁物だよ!」

「のぼせてる場合じゃねぇぞ、サーサ!」

シンとフェイの声がほぼ同時に聞こえ、一呼吸の間の後「ぎぇぇぇっ!」という断末魔の叫びが耳を突いた。そしてモンスター達が地に崩れ落ちる音が聞こえ、サーサは再び意識を戦闘に引き戻された。

それから、サーサは無我夢中で弓を引いた。その横では、ルナがテンポ良く詠唱を省略した魔法を発し続けている。少し離れたところではリノが人々の傷を癒し、時にはモンスターの攻撃を防いでいる。その周りでは、フェイが弱い人々を守るように大立ち回りを繰り広げている。そしてシンは、魔法を使い、剣を振るい、モンスター達を翻弄している。

そうして、十分も経っただろうか。気付けば、町の中に動いているモンスターは一体もいない状態となっていた。

「やれやれ、終わったか」

一仕事やり遂げたとでも言う顔で、フェイが言った。そして彼は、そのままサーサに近付くとパァンと良い音をさせて掌をサーサの背に叩き付けた。

「すげぇな、サーサ! 百発百中とはこういう事を言うんだろうよ」

「本当に、凄いですわ。私、狙いを外さない弓使いさんに生まれて初めてお目にかかりましたわ!」

「そっ……そんなに褒めるなよ! 恥ずかしいだろ!」

ヒリヒリする背中をさすりながら、サーサは涙目ながらも照れ、破顔した。その傍に、シンとリノも近付いてくる。

「さて、モンスターは片付いたけど……これからどうしようか?」

シンに問われ、何の事か暫く考えた後、サーサは何を問われているのかに思い至った。すっかり忘れていたが、シン達は放火の容疑で抑留中の筈だ。それが小屋から堂々と出て、町の人々の目の前で思い切り戦って見せたのだ。誤魔化しようが無い。それは勿論、見張り番をしていたサーサもだ。

「どうしようって……どうしよう?」

サーサは、困ったようにシンを見た。シンも、どうするべきか決めかねているようで苦笑している。そんな一同に、町長が恐る恐る近付いてきた。その顔は、明らかに困惑の色で染められている。

「あー……何と言うべきか……助かりました。あなた方のお陰で」

言葉に困った末、町長は何とかそれだけの言葉を口に出した。

「正直、私は今どうすべきか困っています。あなた方をどう処分すれば良いのかでね……」

「……と、言うと?」

シンが次の言葉を誘うと、町長は戸惑いながらも口を開いた。

「あなた方は、故意であれ過失であれ、カホン遺跡とその周辺の森に火を付けた。特に森を全焼させてしまった事は、フジャマが食料源を一つ失ってしまった事、同じく森を食料源としていたモンスター達がこの町を襲いに来た事を考えると、到底許せる事ではない」

「それは……そうでしょうね」

シンは、否定する事無く頷いた。その態度に、町長は少し怯んだ。

「だが……それでもあなた方がこの町をモンスター達から守ってくれた事に変わりは無い。だから、どうするべきか困っているのですよ。罪人として処分すべきなのか、町の恩人としてある程度大目に見るべきなのか……」

それだけ言うと、町長は腕組みをして押し黙ってしまった。他の町の人間達も、皆一様に困惑した顔をしている。特に、リノに回復魔法を施された人々は複雑そうだ。

そんな人々の顔を見渡すうちに、サーサの脳裏にふとある考えが思い浮かんだ。サーサは自らが目立つように手を挙げ、町長に言う。

「町長! 僕、考えたんだけど……とりあえずこの人達を許して、町から出すってのはどう? けど、ただじゃ出さない。誰か見張りを付けて、事と次第によっちゃその場で……ってのは?」

「見張りを?」

人々が不思議そうな顔でサーサを見た。

「それはつまり、この人達と共にどこへかは知らないが旅をして行くという事だろう? 誰がやるんだ。そんな危ない事を……」

「僕がやる。見張り番の役目を疎かにして、この人達を小屋から出したのは僕だからさ。だから、責任を取る」

そう言って、サーサは真っ直ぐに町長の目を見た。その目を、町長も見詰め返す。サーサは目を逸らさない。

「……そうだな。それも良いかもしれん。だがサーサ、本当にお前にできるのか?」

「やってみなくちゃわからないだろ。それに多分この人達、許してもらえないとなったら一暴れして大脱走ぐらい平気でやらかすぞ」

そう言った途端、町長を初め、町の人間達の顔がザッと青ざめた。町長はシンに顔を再び向けると、サーサを指差しながら言う。

「そっ……そんなわけなので、このサーサを見張りとして付けさせて頂きます。よろしいですね!?」

声が裏返っている。その様子に笑いを噛み殺しながら、シン達は頷いた。

やがて町の人間達は一人去り、二人去り。いつしかその場にはシン達五人だけが残された。当たり前だが、誰も見送りをしてくれる気は無いらしい。

「助かったよ。けど、サーサは良かったの? 私達と旅をする事になって」

「良いんだよ。言っただろ? 見張り番の役を疎かにした責任は取る。……ってのは建前で、本当は二つの世界で何が起ころうとしているのかを知りたいからなんだけどな。それに、シン達と旅をすれば何だか僕も強くなれそうな気がするし」

そう言って、サーサはヘヘッと笑って見せた。その笑顔は、まだまだ大人になりきれない少年の物だ。

「そっか。なら、良いんだけど……」

「それよりも、とりあえずどこに行くんだ? まさかいきなり、ミラージュに行くってわけでもないだろ?」

「できればそれでも良いけど、まずはそのミラージュ――私達の世界に帰る方法を見付けないとね。湖東のトーコク遺跡かシューハク遺跡島まで行ければ何とかなるかもしれないんだけど……あ、確認だけど、トーコク遺跡やシューハク遺跡島ってこっちの世界にもあるかな?」

問われて、サーサはこくりと頷いた。

「僕は行った事は無いけど、どちらもある。……そこに行けばミラージュに行けるのか?」

「確証は無いけどね。ウィスとリアンがトーコク遺跡で塔の魔法を発動させて、その結果私達はこの世界に来た。彼らは塔の魔法を発動させる方法を知っていた……。そして、私達の世界ではシューハク遺跡島にはミラージュに関わる様々な資料が残っており、シューハクと神殿、王様や副王様には繋がりがある。そしてミラージュ――サーサの世界では最近、そのうちの二組である副王様と神殿が組んでミラージュに関する何かをやろうとしているらしい。そう考えると、帰るヒントはシューハク遺跡島とトーコク遺跡にある気がする」

「確か、その為にサイスイへ行こうと話していたんでしたわね」

「そうだったわね。筏か小舟を調達して、シューハク遺跡島か湖東か……どちらかに渡ろうって話だったわ」

ルナとリノが頷く。段々冒険譚染みてきた話に、サーサはわくわくし出したらしい。自分では気付いていないだろうが、瞳が輝きだしている。

「なっ……なぁ! そもそも、神官リアン達がシン達の町に姿を現したから、こんな騒ぎになったんだよな? って事は、こっちの世界のトーコク遺跡は、お前達の世界だとトーハイに繋がってるって事か!?」

「え……?」

サーサの言葉に、シンは表情を凍り付かせた。その様子に、サーサは顔を強張らせる。

「どっ……どうしたんだよ? 僕、何か変な事でも……」

「そうか……どうして気付かなかったんだろう?」

「え?」

シンの呟きに、一同は首を傾げた。だが、そんな仲間の反応などにはお構いなしに、シンは頭の中を声に出して整理していく。

「私達は、トーコク遺跡の塔からカホン遺跡の塔へ移動した……。二つの塔は多分、入口と出口になっているんだ……。なら、トーハイに現れたウィス達が、トーコク遺跡の魔法で私達の世界に来た筈が無い……」

一同は、ギョッとしてシンの顔を覗き込んだ。だが、シンはそれでも呟きを止めない。

「じゃあ、どこから? ウィス達が現れた時、トーハイの上には確かに町のような物が見えた……。じゃあ、あの町が二つの世界が繋がっている場所? 闇のように暗いあの町は……」

そこで、シンは急に顔をガバッと上げた。そして、サーサに向かって問う。

「サーサ、こっちの世界にもシャンカイはある!?」

「シャンカイって……町のシャンカイか? あるにはあるけど……あ」

困惑して答えてから、サーサは何かを思い出したのか顔色を変えた。

「どうした?」

フェイがその顔を覗き込むと、サーサは顔を険しくして記憶を絞り出している様子だ。

「そう言えば……ここ数ヶ月、シャンカイの辺りで神官を頻繁に見かけるって誰かが言ってた。神官は滅多にゴドの町から出てこないから珍しい事もあるもんだって、話してた覚えがある。それに、何日か前にはあの辺りで神官リアンを見たって話も聞いた。あの戦闘狂の神官の事だから、どうせモンスター討伐か何かだろうって事で皆納得してたけど……」

サーサの話に、残る者の顔も一様に険しくなった。

「シン……」

不安げな顔で、リノがシンを見る。シンは、頷いた。

「シャンカイが二つの世界の接点になってる可能性は高そうだね。トーハイとシャンカイはそれぞれ世界の東端と西端だから、この二つの町が接点になったっていうのは頷けるよ」

そして、彼女は町の外へ向かって歩き出しながら言った。

「行ってみよう。宵闇の町、シャンカイへ」







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