光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





18





「ふわぁっ……これ、何でしょう……?」

王都ミャコワンを通り過ぎ、目的地であるセツファンはもう目と鼻の先だろうと思われ始めた頃。草むらの中におかしな場所があるのを発見してチャキィが立ち止まった。

「どれどれ?」

一部の草が押し倒されたように寝ている。何か重い物を置いた跡のようだが、一旦置いておいたと言うには草の倒れている面積が広過ぎる気がする。馬車の一台か二台分ぐらいはあるだろう。

「馬車が一時停止でもしたんじゃないのか?」

「馬車だったら、馬と車輪が踏んだ部分の草しか倒れない筈だよ。この草は、箱でも置いたみたいに全体的に倒れてる」

馬車の可能性も考慮して辺りを見渡してみるが、草に阻まれて轍は見付けられない。だが、轍の代わりに視界に入ったものがある。

「! リアン、チャキィ! あれ!」

ウィスの指差した方角には、草むらや岩の陰から様子を窺うモンスターの姿が見える。全部で十五体ほどだろうか? 猛禽類の姿をしたモンスターや、蛇タイプのモンスターだ。ウィスが知る限りこういったモンスターは獰猛で攻撃的なタイプが多い為、いつもならこちらの姿を発見し次第襲いかかってくる。それが、何かを警戒するかのように中々物陰から出てこない。

「やっぱり……ここで何かあったのかな?」

「さぁな……警戒を解いたようだ。来るぞ!」

言うなりリアンは剣を抜き、襲い来るモンスターの爪を受け止めた。チャキィは大玉の上でお手玉のジャグリングを始める。ウィスも剣を抜き、襲い来るモンスターに対して構えの体勢を取った。

「一気に決めるぞ、ウィス! 天にまします我らが神に、かしこみ願い奉る。恵みの光をこの地に注ぎ、我らに希望をもたらさん! グレイス・シャイン!!」

モンスターの攻撃に耐えつつリアンが素早く唱える。同時に陽光よりも暖かな光がその場に降り注いだ。光を浴び、体中から力が湧いてくるのを感じたウィスは勢い良く地を蹴り、モンスター達に向かって剣を振るう。翼を傷付けられた鳥型のモンスターが甲高い雄叫びをあげた。リアンも眼前のモンスターを一刀で斬り伏せ、バックステップでモンスターとの距離を取った。

「豊作を祝う収穫祭、おどけて泥玉投げ遊べ! スライミーボール!!」

詠唱しながら、チャキィがお手玉をそこら中でバウンドさせる。お手玉はバウンドするうちにいつしか手のひらサイズの泥玉と姿を変え、モンスター達の目を潰していく。モンスター達が怯んだところで、リアンとチャキィは続け様に詠唱を始めた。

「天にまします我らが神に、かしこみ願い奉る! 庇護無き雨をこの地に降らし、悪の力を削ぎ給え! ブラッディ・レイン!」

「心地よい音、雨の音、軽やかに奏で降り注げ! フルメタルドロップ!!」

血のように赤い雨と、水銀のような雨がモンスター達に容赦無く降り注ぐ。あるモンスターは力を削がれ、またあるモンスターは大きなダメージを受けてへたり込む。

「今だ!」

ウィスは叫ぶと同時にモンスター達に斬りかかった。それに数秒遅れる形で、リアンも剣を構えて斬りこんでくる。それをフォローする形で、チャキィがお手玉を投げ当てモンスター達を撹乱した。

それから、ものの五分もしない間に戦闘は終了した。リアンは妙にすっきりとした顔で剣を納め、チャキィはお手玉の数が減っていないか確認する。そしてウィスは、用心の為に剣は抜き放ったままで辺りを見渡した。

「もう残ってない、かな?」

「あぁ、さっきの蛇タイプで全部だ。……予想以上に呆気なかったな」

リアンの言葉に、ウィスは頷いた。その顔はどことなく安心しているようにも見える。

「良かったー……最近ギリギリの戦いばっかりだったからさ、腕が鈍ったんじゃないかと思ったよ……」

「それは俺に対しての嫌味か? ミラージュに来てから、お前が戦ったのはトーハイでの一回だけだろうが」

不機嫌そうにリアンが言うと、ウィスは「そうだったっけ?」と苦笑した。実際には古界の森で何度かモンスターと戦闘になってはいるのだが、これだけ多数のモンスターと戦ったのはこちらへ来て初めてだ。加えて、一行はシン達と二度も実力拮抗の戦闘を繰り広げている。一体二体のモンスターとの戦闘ぐらいは忘れてしまっていても仕方が無いだろう。

「ギリギリだったのは仕方無いですよ。一回目はシンさん達に有利な土地だったんですし、二回目は向こうが仲間を二人も増やしてたんですから!」

チャキィがフォローをしようと必死に言うと、ウィスは「そうなんだよね」と苦笑した。

「増やせば良いってものでもないとは思うけど……ミラージュを旅する間に限って言ったら、あと何人か仲間がいた方が良いのかなぁ……?」

「どうした? 珍しく愚痴っぽいな」

リアンがからかうように言うと、ウィスは「別に」と言ってその場に寝転がった。鼻腔をくすぐる草の匂いが心地よい。

「何か……こっちに来てからリアンとチャキィの負担ばっかり増えてるような気がしてさ。魔法を使われたり、相手の数が多かったりするとどうしてもこちらも魔法に頼りがちになるし……。けど、剣士は僕一人だから、防ぎきれない分はどうしてもリアンとチャキィが魔法以外で戦わなきゃいけないじゃない? 詠唱する時間を僕と一緒に稼ぐ前衛か、リアンの代わりに魔法を使う後衛か……どっちか一人でも増えたら、二人は楽になるのかな、って……」

指摘されたのを良い事に、そのままダラダラと愚痴を言ってみる。女々しい事だとは思うが、実際問題、前衛の数が足りずにリアンとチャキィが満足に詠唱できない事も今後あり得るのだ。半端な詠唱では威力が出ないと言う事は、シンとの戦いで彼女が図らずも見せてくれている。あれが自分達にも起こり得るという事は、自覚しておいた方が良い。

「何が原因で愚痴っぽくなっているのかと思えば……くだらないな」

「くだらない?」

リアンの言葉にムッとし、ウィスは上半身を起こした。

「そうだ。わかっているだろうが、ここは敵地だ。増やしたいからと言って仲間を増やせるような場所じゃない。だったら、今のメンバーで対処する方法を考える他は無いだろうが。大体、闇雲に増やしたところで足手まといになるだけだ」

「それは……」

ウィスが口籠ると、今度はチャキィがウィスの真横に倒れ込んだ。

「チャキィ!?」

「良い匂いがしますね、ここ。良い具合に草が倒れてて、昼寝をする寝床に丁度良さそうですよ!」

「……は?」

一瞬何を言われたのか理解できず、ウィスはぽかんと口を開けた。

「心配しなくても、ボクもリアンさんも大丈夫ですよ。ボクは大道芸人です。喋りながら芸をするなんて日常茶飯事ですからね。近接戦闘をしながら詠唱するぐらい、ワケは無いです。リアンさんは鬼神なんて呼ばれるほどの戦闘狂ですから、寧ろ追い込まれれば追い込まれるほど燃える筈です。心配するだけ無駄ですよ」

「おい」

言われた事が気に食わなかったのか、リアンがチャキィを睨んだ。だが、チャキィはそんな視線をものともしない。

「勿論、仲間になってくれる人がいれば拒みません。けど、とりあえずボク達は魔法重視になる戦いを負担になんて感じてませんから。ねぇ、リアンさん?」

「……まぁな」

少し照れたように、リアンはそっぽを向いた。それをからかうように笑った後、チャキィはウィスに言う。

「けど、本当に気持ち良いですよね、ここ。……ウィス先生、ちょっとお昼寝していきません?」

「え!? けど……」

「急がば回れ、ですよ。少し休んだ方が、効率が上がりますって。ね?」

そう言いながら、チャキィは辺りの草を一か所に寄せ集めて枕を作っている。既に寝る気満々だ。そんなチャキィを見て、ウィスはくすりと笑った。

「そうだね……少し、休んでいこうか……。良いよね、リアン?」

再び寝転がり、リアンを見上げながらいたずらっぽく言う。リアンは苦笑をしながら、ウィスの横に腰を下ろした。

「寝る体勢に入っておきながら、良いも何も無いだろう。……まぁ、良い。休憩ぐらいはつきあってやる」

そう言って、リアンも仰向けに寝転がった。草の匂い、鳥の鳴き声、太陽のぬくもり、風が草を揺らす音。様々な優しいモノに身を包まれながら、いつしか三人は眠りに落ちた。









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