光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





13





シンが王城で新しい服に袖を通し、王都を発ったのとほぼ同時刻。海沿いの町トーハイに、一人の人間が訪れた。

シルエットから女性であるとわかるその人物は濃紺色のローブを見に纏い、その上から黒いマントを羽織っている。マントのフードからは収まりきらなかった白金色の髪がこぼれ出し、夜空に浮かぶ月を思わせる。

女性はどこからか喧騒が聞こえるトーハイに足を踏み入れ、遠巻きに自分の事を見詰める住人達に軽く会釈をする。そして上空の闇を確認すると、迷う事無く海へと向かって歩き出した。やがて、海に近付くごとに聞こえてくる喧騒が大きくなっている事に気付いた女性は、辺りにいた人間を捕まえて尋ねた。

「何やら騒がしい様ですが……何が起こっていますの?」

すると、問われた男は別段嫌な顔をするでもなく答えた。

「モンスターだよ! 海辺に大量のモンスターが現れたんだ!」

「モンスター?」

ぴくりと、女性の耳が反応した。それを特に気にするでもなく、町の者達は口々に言う。

「あぁ、空にでっかい闇があるだろ? モンスター達はあそこから出てきたんだ。シン……この町に住んでる学者に言わせると、あの闇は神話に出てくる異世界ミラージュに繋がってるんだと。つまり、モンスターはミラージュから押し寄せてきたって事だ」

「最初にあそこからモンスターが出てきた時はそのシンって学者が……あぁ、そいつは学者と同時に魔法剣士だから、魔法を使って倒してくれたんだよ」

「けど、シンは今、この闇の事を報告する為に王都へ行っちまってる」

「代わりに王都から軍が来てくれたんだけどねぇ……今回はモンスターの量が多いから、苦戦しているみたいなんだよ……」

「手伝おうにも、俺達が行くと逆に足手まといになりそうな感じだしな……」

「そうそう。そもそも、最初は俺達が海辺にいたところにモンスターが出てきたんだぜ? そしたら、危ないからって全員海辺から追い払われたんだ」

「軍のメンツもあるんだろうけど、やっぱり危ないんだろうなぁ……」

「だから、海辺には近付かない方が良いぜ? あんたも、命は惜しいだろ?」

すると、女性はその場にそぐわない大輪の花のような笑みをその顔に浮かべた。その華やかさに男達どころか女までもがとろんとしていると、女性は言う。

「ご心配は無用ですわ。私、魔法でしたらそれなりに覚えがありますの。軍が苦戦していると言うのでしたら、それに加勢させて頂きますわ」

それだけ言うと、女性は軽やかに石段を下りていく。その後姿を茫然と眺めつつ、誰かが呟いた。

「ところで……あれ、誰だ?」

町の人間達に疑問の種を植え付けたまま、女性は海辺へと下りていく。そして、あと十段も下りれば浜辺に出れるというところで、兵士達にその足を止められる。

「止まれ止まれ!」

「ここは今戦闘区域になっている! 危険だから、一般人は下がりなさい!」

言われて、女性は素直にその足を止めた。そして、その場から浜辺を見渡してみる。

モンスターはウルフ系が主なようだ。それに加えて、魚人のような姿をしたモンスター、トカゲを思わせるモンスター、食虫植物が進化したように思われるモンスターに、蛇のようなモンスターもいる。鳥系のモンスターがいなかったのが不幸中の幸いだろうか。いたらきっと、今頃軍の上空を飛び越えて町の中は大騒ぎになっている事だろう。

数が多いからか、種類が多いからか……軍は乱戦に持ち込まず、大勢でモンスター達を取り囲む陣形を取っている。だが、壁を崩されればおしまいだからか、非常に慎重になり、防御重視になってしまっている事は否めない。

「このままでは、埒が明きませんわ。けど、兵隊さんとモンスターが混ざっていないなら都合が良いですわね」

そう言いながら、女性は右手をスッと前方に突き出した。

「おい、一体何を……」

訝しんだ兵士が声をかけた瞬間、女性は口を開き、朗々と詠唱を開始した。

「鋭き閃光、激しき雷鳴、畏れ振り撒き闇を裂け! 雷の手、タケミカヅチ!」

詠唱が完成した瞬間、その場に巨大な落雷があった。人々は閃光で目がくらみ、巨大な雷鳴は全ての音をかき消した。

そして、静まり返った後、人々の目が閃光で白くなった世界に色を取り戻し始め、最初に見た物は……。

「なっ……何だこりゃあ……」

思わず、一人の兵士が呟いた。

その海辺にいたモンスター達は、一瞬のうちに消え去っていた。辺りには黒く焼け焦げた砂だけが残っている。その様を見て兵士達は慌てて周りの人数を数え始めたが、数は減っていない。どうやら、モンスターにだけ上手い具合に雷が落ちてくれたらしい。

「けど……そんな事ってあるもんなのか?」

一人が尋ねたが、誰からも返事は無い。皆で疑問符を浮かべて不思議がっているうちに、一人が気付いて声をあげた。

「あれ? あの女性は……?」

いつの間にか、女性はその場からいなくなっていた。訝しんだ兵士は、その場にいた町の人間に女性の特徴を話して行き先を問う。

「あぁ、あの人なら、町の上の方に上がっていったぜ? 町の人間じゃないっぽいし、そのまま町から出るんじゃないかな?」

「けど、だとしたらここまで何をしに来たんだろうな?」

そう、男達に首を傾げさせた女性は、男達の予測通り既に町の外へと出ていた。そして、町を一瞥するとそのまま南西へと歩き出したのだが、それを知る者は誰一人としていない。

そして、それと同時刻。町の入口付近で、物を尋ねる男があった事も、ほとんどの町の人間達は知らない。

背は高いが人畜無害そうな顔をした男は、町の人間を捕まえると問い掛けた。

「済みませんが……セツファンへの、道を……教えて……頂けませんか……?」

噛み締めるようにゆっくりと問う男に、問われた者は首を傾げながらも北西を指差した。

「あちら、ですか……。ありがとう、ございます……」

ぺこりと頭を下げ、男は町から出ていった。その後姿を眺めながら、町の人間達――主に年配の女性である――は更に首を傾げた。

「ねぇ、私達……随分長い事ここにいたわよね?」

「えぇ、確か……モンスター騒ぎが始まる前から……」

「けど、おかしくない? あんな騒ぎがあったから、シンが出て行ってからは誰かが必ずここにいるようにしていた筈よ?」

「そうね……。けど、誰かが入ってきたなんて話、聞いていないわ」

「あの人……いつの間に町に入ってきたのかしら……?」









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