光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





07





「それで……これからどうするの?」

消火作業が一段落し、町が落ち着きを取り戻し始めたのを見計らってリノはシンに問うた。すると、シンは事も無げに言う。

「どうするって……とりあえず王都まで行って、できれば王様とか大臣とかに報告かな? 彼らはこの世界を滅ぼす為に来たと言ってたよね? 実際、もっと仲間が増えればそれぐらいはできるんじゃないか、ってぐらいの力は持ってたし。それに、現実にこの世界と、ミラージュと思わしき世界は繋がってしまっている。今後援軍がやってくる可能性は高いと思うし……私達だけで何とかできるような問題じゃないよ」

そう言いながら、シンは足早に歩き始めた。

「シン? どこに行くの!?」

小走りに追いながら問うリノに、シンは買い出しにでも行くかのような口調で言った。

「家だよ。王都へ行く為の支度をしないとね。あ、リノも一緒に行く? 一人よりも二人で説明した方が、色々な視点から話が見えて伝わり易いと思うし、リノの回復魔法があれば道中心強いから……来てくれれば私はありがたいかな?」

「え? えぇと……」

シンの問いに、リノは困ったように視線を泳がせた。王都に付いていきたいという気持ちはある。だが、さっきの戦いを思うとどうにも町の外に出る気になれないのが正直なところだ。それに、治療院の人手の方も気になる。

そんな気配を顔に滲ませているリノに、シンは苦笑しながら言った。

「無理に来てとは言わないよ? ウィスとリアンと……チャキィって呼ばれてたっけ? あの人達がまだこの辺りにいるとしたら、はち合わせてまた戦闘になるかもしれないし。そうなったら危ないしね」

それだけ言うと、シンは再び家へと向かって歩き始めた。せめて支度の手伝いだけはしようと、リノもあとに続こうとした。だが、その前にシンが急に足を止め、リノは危うくシンにぶつかりそうになった。

「ちょっと、どうしたのシン?」

少し非難めいた口調でリノが問うと、シンは遠方を睨むように見ながら言った。

「今……悲鳴が聞こえなかった? 町の入口の方から」

「え!?」

「ちょっと見てくる! リノは治療院に帰ってて!」

言うや否や、シンは町の入口へと向かって走り出した。あとに残されたリノは一瞬唖然としたが、すぐさま我に帰りシンの後を追う。

「このまま帰るなんて気になり過ぎてできるわけないわよ! ……って言うか、さっきの戦いの疲れがまだ残ってるんじゃないの!?」

無茶をするなと言外に言ってみるが、聞こえているのかいないのか……シンは立ち止まろうとはしない。仕方なしに追い続けると、やがて町の出入り口に着いてしまった。見ればそこには、十体ほどのモンスターがいる。先ほど海辺で戦ったのとよく似たウルフ系のモンスターだが、今回はこの近辺でもよく見かける種だ。建物の陰をよく見れば、体の一部を抑えて蹲っている人間が見える。既に怪我人が出てしまっているようだ。

「ミラージュの出現で何かを感じ取ったのかな? このままだと、町の中まで入ってくる……!」

片腕でのみでリノに「さがって」と言い、シンはスラリと剣を抜き放った。そして、素早く辺りを見渡すと素早くモンスター達に斬りかかった。

モンスター達は攻撃を仕掛けてきた人物に目標を切り替え、一斉に走り出す。モンスター達に群がられたシンは、呟くように短く詠唱をした。

「ブラストウェーブ!」

弱々しい風が発生し、一瞬だけモンスター達を怯ませる。だが、大したダメージを与える事はできなかったらしく、体勢を整え直したモンスター達は再びシンに襲い掛かってきた。

「シン、どうして……」

どうして強力な魔法を使わないのか、と問おうとして、リノは言葉を呑み込んだ。先ほどまでの戦いと違い、ここは建物が多い。下手に魔法を使えば、大きな被害が出てしまう。それに、モンスターの数に対して戦える者が少な過ぎる。先ほど海で一緒に戦った者達の中には、まだ海辺で後片付けをしている者も少なくない。前衛となって詠唱する時間を稼いでくれる人間が足りないのだ。長い詠唱をする事ができない以上、自身が前衛となり、弱い魔法で怯ませつつ剣で戦うほかは無い。

だが、シンの戦闘スタイルは中衛で時には後衛を守る盾となり、時には前衛を魔法でフォローする魔法剣士のものだ。前衛をするには力が弱いし、後衛となるには守ってくれる前衛もしくは中衛が必要不可欠だ。

フィールド上で自分一人であれば魔法で撹乱した後にさっさと逃げるのだろうが、町と町の人々が背後にある以上は逃げる事すらできない。せめてもう少し腕力があれば、剣だけでも何とか戦えるのかもしれないが……。

「がっ……!」

鈍い音が耳を打ち、リノはハッと我に返った。眼前の土塀が崩れている。モンスターの強烈な体当たりを食らったシンがぶつかった衝撃で崩れたのだ。

「シン!」

リノは、思わずシンに駆け寄ろうとした。だが、それよりも早くモンスターがシンに殺到する。このままではシンが、殺される。

咄嗟に、リノは体を屈め地に手を置いた。ほぼ無意識のうちに、言葉が口から紡ぎ出される。

「堅固なる大地よ、我らを守れ! グランドバリア!!」

その時、微かに地震が起こったように町の人間達は感じた。だが、その感覚を誰かが口にする暇も無く、あちらこちらの地面が隆起し始めた。隆起した土は矢のような速さで盛り上がり、シンや町の人々、それにリノからモンスター達を隔てる土塁となった。

土塁に激突したモンスター達は警戒をしてか、後ずさる。その機を逃さず、リノは間髪入れずに新たな詠唱を素早く完成させた。

「強き光よ、我らに力を。チャリティーシャイン!」

俗に言う天使の梯子が見えた気がした、と後に何人かの町人が語った。実際には快晴で雲などほとんど無いというのに、シンの辺りにだけ一段と強い光が降り注いだように見える。

効果が切れたのか、土塁がぼろぼろと崩れ始めた。障害が無くなった事で、再びモンスター達が身をかがめ攻撃の姿勢をあらわにし始める。

シンとモンスター達が同時に地を蹴った。シンが剣を大きく横に払い、モンスター達の口や腹を切り裂いた。先ほどよりも、目に見えてダメージが大きい。モンスター達が怯んだところで、シンは素早く詠唱を唱え切った。

「英傑の祈りが呼びし風、乱れ吹き交い敵を押せ! ブラストウェーブ!」

強烈な風が吹き狂い、モンスター達を町の外へと押し遣った。そこで間髪入れずにシンは唱える。

「踊り狂えよ無邪気な岩よ、踊り飛び跳ね敵を伸せ! ロックシェイク!」

瞬間、町の外のみでそこかしこがひび割れた。次いで地震のような衝撃が走り、ひび割れた地面が崩れ始める。崩れた地面からは地中の岩盤が姿を現し、岩盤は砕け衝撃によって大地を飛び跳ねた。

モンスター達は次々に岩石に押し潰され、またひび割れに落ち込んでいく。震動は三十秒ほど続き、収まった頃、そこに動いているモンスターは一体たりとも存在しなかった。

周囲の安全を確認すると、シンはホッと息を吐き、ゆっくりとリノの元へ歩いてきた。その姿と、周りの人々を見渡してから、リノは優しい声で唱えた。

「癒しの風よ、吹き荒べ。キュアウィンド」

辺りに、風が吹き渡った。だが、それは人々を傷めつけ圧倒するような風ではない。暖かく春を感じさせる……生命力に満ち溢れた風だ。

風は人々の傷を優しく撫で、流れ出た血と痛みを拭い取る。風が完全に止んだ頃には、全ての人の傷が消えている事だろう。

「ありがとう、リノ。助かったよ」

微笑んで言うシンに、リノははぁっと大きな溜息をついた。思いがけない反応にシンは首を傾げる。すると、リノはキッとシンを睨み上げて半ば自棄になって言う。

「もう! 無茶ばっかりして! 噛み殺されたらどうするつもり!? 良いわ、私も王都に行く。一人で行かせたらどんな傷をこしらえるかわかったものじゃないもの!」

「それはありがたいけど……リノ、さっきまでは行くのを迷ってたじゃない? こんなその場の勢いで決めちゃって良いの? 今回は町を守る必要があったからこうなったけど、私一人なら逃げれば良いし、別に……」

「例えば王都の入口で今と同じような事が起こったらどうするの!? 旅の途中であの三人と会ったら? 逃げ切れるの?」

矢継ぎ早に言うリノに、シンは苦笑した。そして、町の出入り口を見ながら言う。

「じゃあ、悪いけど一緒に行ってもらおうかな。準備が済んだら、ここに来て」

リノは頷くと、治療院に向かって走っていった。シンも準備の為、家へと足を向ける。歩きながら腰の剣を一瞥し、疲れたような溜息をつきながらシンは呟いた。

「王都ミャコワンか……。効率的な剣術修行をさせてくれる人がいないか、探してみようかな……」







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