光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





06





「助かったよ。ありがとう、チャキィ」

トーハイの町から逃れ出たウィスは、追手がいない事を確認すると立ち止まり、チャキィの頭をくしゃくしゃと撫でた。その扱いに、チャキィは照れたようにはにかんで見せる。

「いえ、ウィス先生がご無事で何よりです!」

「……で、結局そのガキは何なんだ?」

「ガキじゃないです、チャキィです!」

イラついた顔でリアンが問うと、頬を膨らませてチャキィは言う。そんな彼を宥めるように優しく頭を撫で続けながら、ウィスは言った。

「この子は、チャキィ。チャキィ・クリック。覚えてないかな? ほら、前に一度神殿付属の孤児院に芸を見せに来てくれた一座の……」

「あぁ、そう言えば……確かあの時、お前は一座のガキどもにも勉強を教えていたな。そうか……あのうちの一人か」

リアンの言葉に、チャキィは一度はしぼんでいた頬を再び膨らませる。

「だから! ガキじゃなくてチャキィです! 噂通りの人ですね、神官リアン。神に仕える身でありながら口が悪くて、お祈りよりも戦う事が大好きな戦闘狂。鬼神のような神官、略して鬼神! ぴったりですよ、そのあだ名!」

「何かイマイチ略されてないよ、チャキィ? って言うか、そんなあだ名で呼ばれてたんだ、リアン……」

「呼びたい奴には好きなように呼ばせてやれ」

言いながら、リアンは顔をしかめた。思わず手のひらで腕を抑える仕草に、ウィスは心配そうに顔を歪める。

「さっきの傷? やっぱり、完治してないんだ……」

「あの女……古代遺跡のフィールドワークとか言っていたな……」

いきなり飛び出した先ほど剣を交えた人物の話題に、ウィスは一瞬きょとんとした。

「うん。って事は、学者か何かだろうね」

「根本的にはお前と似た者同士という事だ。なのに、あれだけの魔法が使えるとは……ふざけている!」

怒りに任せたように怒鳴り、リアンは横に聳える木に腕をドン! と叩き付けた。一瞬痛みの為か顔をしかめたが、その顔はすぐに怒りの物へと形を戻す。すると、それまで二人の遣り取りを眺めていたチャキィが不思議そうな顔をして問うた。

「学者の女って、ボクがお手玉をぶつけたお姉さんの事ですよね? 町の人達にはシンって呼ばれてたかな? あの人の魔法ってそんなに凄いんですか、ウィス先生?」

「そんな事はないよ。威力だけなら、チャキィの魔法の方がずっと凄いんじゃないかな?」

にこりと笑って、ウィスは言った。そして「けど……」と言葉を繋ぐ。

「学者であれだけの魔法が使える上に剣まで使えるって人は珍しいかな? フィールドワーク中の護身の為に簡単な魔法や剣術を覚える人は多いけど、人対人の戦闘に持ち込まれて……しかもリアンを相手にしてあれだけ戦える学者っていうのは今までに見た事が無いよ」

「奴の相手をしていたのは俺だけじゃない。お前もいた」

ぶすりと不機嫌そうな顔を作りながら、リアンが言う。それにウィスは頷いた。

「そうなんだよね……。僕は魔法が使えない分剣術を鍛えてきたつもりだったからさ……リアンと組んだのに魔法剣士一人に勝てなかったのはちょっとショックだよ」

苦笑しながら、ウィスは更に言葉を続ける。

「多分、彼女は魔力の使い方が上手いんだろうね。必要な時、必要なところに、必要な量だけ最適なタイミングで魔力を流し込む事ができる。それに、人並み以上に剣も使えるようだから接近戦にもある程度は対応できるし、いざとなったら相手に隙を作りだして詠唱のチャンスを手にする事もできる。……何て言うんだろ? ペース配分や戦闘バランスが神がかってるとでも言うとわかりやすいのかな?」

「取り囲まれさえしなければ、大抵の敵には一人で立ち向かえるという事か。今後剣士や魔法使いと手を組めば、包囲戦にも対応できるようになるだろう……厄介だな」

ウィスの言葉に、リアンが苦虫を噛み潰したような顔で頷く。すると、チャキィは胸を反らして言った。

「なら、ボクが頑張ります! ボクの魔法はシンさんよりも強いんですよね? ボクの魔法と、先生の剣。それに鬼神の剣術と補助魔法があれば全く問題無いですよ!」

「鬼神はやめようよ……。何か僕まで威圧されちゃうから」

「そうですか? じゃあ、何て呼ぼうかな……」

真面目に考えだしたチャキィに、ウィスは苦笑しながら提案した。

「普通にリアン、で良いんじゃないかな? ね、良いよね? リアン」

「呼びたい奴には好きなように呼ばせてやれと言っている」

吐き捨てるように言うと、リアンは木の根元に腰を下ろした。よく見ると、先ほどよりも顔色が悪い。いつも通りに振る舞ってはいるが、やはりシンの魔法で受けたダメージが残っているのだろう。そんな彼の顔を心配そうに覗き込むウィスに、チャキィは困った顔をしながら問うた。

「神官リアンがこの状態だと、あんまり長い距離は移動できませんね。とは言え、あれだけやった後で、トーハイの町からはできるだけ早く離れたいし……ウィス先生、どうしましょう?」

「そうだね……とりあえずこのまま、南西を目指そうかな」

ウィスの言葉に、チャキィは首を傾げる。

「南西? 南西に何かあるんですか?」

チャキィの問いに、ウィスは肯定を意味する笑みを浮かべた。

「ここが本当に予言にあったミラージュなら、だけどね。このまま南西に進むと、森がある筈だよ。森の中に入れば隠れる場所はいくらでもあるし、この気候なら食べれる木の実もなってるかもしれないよ」

その言葉に、リアンは気だるげに顔を上げると何かに思い当たったようで言う。

「南西の森……そうか。元々あそこへはいつか行く予定だったな」

リアンに言われ、ウィスは頷いた。

「そう。遅かれ早かれ行く事になるなら、今のうちに行っておこうよ。古の連絡塔跡……トーコク遺跡に」








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