アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記
































見た目は、女房の話の通りだった。熊ほどもある大きな躰。そして、複眼であるにも関わらず、どこかヒトを思わせる顔。化け物と呼ぶに相応しい見た目を持つその式神が我が物顔で闊歩する中門前に、紫苑と虎目は駆けこんだ。

「ご無事ですか!?」

紫苑の顔を見ると、簀子縁で腰を抜かしていた女房が、涙目になりながら式神に指を指す。

「あぁっ……瓢谷様の……。アレです、アレが昨夜も襲ってきた、化け物です! アレを退治してください! 早く!」

それだけ言うと、女房は役目を終えたと言わんばかりに、東対屋に駆け込んでしまう。男の家人達も、どこか腰が引けている。

助太刀は期待できそうもないと早々に見切って、紫苑は式神の方を見た。どこか人間めいた顔の式神は、辺りをキョロキョロと見渡しながら口を動かした。

「ア……ぐぅぅぅ……むぅ?」

視線を紫苑に向けたところで、考え込むように唸った。その様子に、紫苑は思わず虎目の方を見る。

「虎目。あの式神……何か、喋りそう、だよ?」

「そりゃあ、式神は人間の陰陽師が作りだすものだからにゃ。術者の力量にもよるだろうけど、喋ったところでにゃんの不思議もにゃいにゃ。惟幸の式神だって、いつも流暢に喋ってたにゃ」

「あ、そうか」

実家でいつも家事を手伝っている式神を思い出し、紫苑はぽん、と手を打った。

「……って事はさ。言葉が通じるなら……話し合いで解決しないかな? 戦わなくて済むなら、それに越した事は無いし。……せっかく生み出された式神なんだしさ」

実家の式神を思い出した事で、この式神に対する情のような物が湧いてきたのだろう。紫苑が、提案した。すると、険しい顔で式神を凝視していた虎目は、顔を少しだけ緩めた。どこか、馬鹿にするような表情をしている。

「……あぁ、できるもんにゃら、やってみると良いにゃ。ただ、オイラの目には話し合いに失敗して、式神とガンガンやり合ってる紫苑の姿が見えるけどにゃ」

どうやら、未来千里眼で少し先の情景を見ていたようである。そんな虎目の言葉に、紫苑は怒ったような、呆れたような顔をした。

「もう……何でそういう事を言うのかな」

そして、気持ちを切り替えて式神の顔を見上げる。式神が警戒しないよう、優しく声をかけた。

「……ねぇ、ボクの声が聞こえる? ボクは、できればキミを始末したくないんだ。話を、聞いてくれないかな?」

「……何だ。姫よりゃ若いが、こっちもババアか」

「……は?」

失礼極まりない式神の第一声に、紫苑は固まった。二文字以上の言葉が、見付からない。

「ババアの話になんぞ、聞く耳持たんと言っているんだ! 十二歳以上は皆ババア! 例外はっ! 認めなーいっ!」

辺りが、シンと静まり返った。その場にいる全員が、言葉が見付からないでいる。遠巻きに式神を取り囲んでいた男の家人達が、更に一歩退いたのが、虎目には見えた。あまりにあまりな発言に、虎目もため息を吐かずにはいられない。

「これまた、随分特殊にゃ性癖を持った式神だにゃー……。あんにゃ事言ってるけど、どうするつもりにゃ、紫苑……」

視線を紫苑に向けて。そして、虎目はギョッとした。紫苑から、殺意に満ちた闘気が立ち上っている……ような気がする。

「……紫苑?」

「……する」

ぼそりと、紫苑が呟いた。あまりに小さなその声ははっきりと聞き取れず、虎目は戦慄しながらも「は?」と訊き返した。すると、紫苑はいつになくドスの効いた声で、今度ははっきりと

「絶対に滅する。チリも残してやらない……!」

と、殺気を隠す事もせずに言い切った。裳着を済ませていてもおかしくない……いや、済ませていなくてはおかしい年頃の少女の発言とは思えない。……と言うか、年齢に関係無く女性のする発言や表情ではない。

葵がこの場にいたら絶対に現実逃避的な発言をするだろうと考えつつ、虎目は呆れかえった顔をした。

「……あー……怒ってるにゃー……。ま、それもそうか。十四でババアにゃんて言われちゃ、世の中ババアだらけににゃっちまうもんにゃー」

「そんな事を怒ってるんじゃない!」

「はいはい」

紫苑の怒りを軽く流して、虎目はまたもため息をついた。本当に、栗麿が巻き起こした騒動に関わると、ため息が止まらない。

「……あの馬鹿。本当に面倒にゃ式神を作ってくれやがったにゃー……。……にゃ、噂をすれば……」

先ほど紫苑達が駆けてきた方角から、栗麿が走ってくる。体型の割には、案外速い。

「紫苑! 麿を置いていくなでおじゃる! 麿は、この邸の内部には精通していないでおじゃるよ!」

「あ、馬鹿! 今来られたら邪魔……」

栗麿に紫苑が気を取られる。その隙を、式神は見逃さなかった。

「チャンス到来! 喰らえっ! 式神アターック!」

聞き慣れない言葉をこの式神が多く喋るのは、術者である栗麿が、虎目から未来の知識を聞いてしまったためだろうか。聞き慣れない言葉のためか、ただ足を振り上げてぶん回してくるだけの攻撃が、妙に強力そうに見える。

「やばっ!」

紫苑は急ぎ、懐から数珠を取り出し、九字の印を結んだ。

「臨める兵、闘う者、皆、陣列ねて前に在り!」

唱えた瞬間に目に見えぬ壁が発生し、式神の攻撃を防いだ。バチィッという大きな音が聞こえ、式神が地に放り出された衝撃で土煙が舞う。

「おぉっ! すごいでおじゃる! あの攻撃を防ぐとは!」

「感心してる場合じゃないよ、馬鹿!」

邪魔をした栗麿を怒鳴りつけ、すぐに視線を式神へと戻す。しかし、紫苑が振り向いた時には、式神の姿は消えていた。数人の家人が、口をパクパクとさせながら門の外を指出している。つまり……

「あぁ、もう! 逃げられた!」

「おりょ、取り逃がしたんでおじゃるか? 瓢谷隆善の弟子ともあろう者が、情けないでおじゃるなぁ」

「うっさい馬鹿! 誰のせいでこんな事してると思ってんの!? 大体、何、あの式神! 十二歳以上は皆ババアとか、すっごく失礼な事言われたんだけど!?」

血管が切れるのではないかと心配になるほどキレている紫苑に、栗麿は「あぁ」とケロッとした顔で言った。

「それは、君影草の君を本当の危険に晒さないための、麿の心遣いでおじゃる」

「……は?」

言っている事の意味がわからない。その気持ちを、たった一文字に込めて、紫苑は声を発した。その気持ちが一応伝わったのか、栗麿は補足説明を語り始める。

「式神には、君影草の君を襲ってもらわなきゃいけなかったんでおじゃるが、だからと言って、式神が本気で君影草の君を気に入って、喰らってしまっても困るでおじゃる。だから式神には、君影草の君を襲うけど、麿と女の好みが被らないように細工をしておいたんでおじゃる。麿は、幼女には興味が無いでおじゃるから、十二歳以上の女に興味を持たないようにしておけば、まず間違いが無いでおじゃる」

「キモいとしか言いようがにゃいにゃ」

「うっさいでおじゃるよ、化け猫!」

呆れ果てた顔の虎目を睨み付けてから、栗麿は視線を紫苑へと戻した。

「それで……これからどうするつもりでおじゃるか、紫苑? 逃げられてしまった事だし、また明日、仕切り直しでおじゃるか?」

紫苑は、首を横に振った。

「……ううん。あの幼女好きなんて特殊性癖を持っている式神を、放っておけば放っておいた分だけ、京中の女の子が危険に晒されるかもしれなくなるんだよ? ……あいつとは今日中に、決着をつけようと思う」

「へ!? でも、どうやって……」

目を白黒させる栗麿に、紫苑は早口で説く。

「式神だって、基本的にはこの世に実態があるんだよ。元の虫に戻る事はできても、幽霊みたいに姿を消せるわけじゃない。だから、探せば絶対、この京の中にいるはずなんだ」

「けど、それをどうやって探すでおじゃるか? 京は広いでおじゃる。簡単に見付けられるとは……」

「虎目」

「にゃ?」

紫苑は栗麿を無視して、虎目を呼んだ。振り向いた彼に、真剣な眼差しで問う。

「虎目の未来千里眼で、見付け出せる? あの式神と、ボクが戦っている未来の姿」

虎目はニヤリと笑い、胸の部分をドン、と叩いて見せた。

「そんにゃ事ぐらい、朝飯前だにゃ」

そう言って、「にゃー……」と唸りながら虚空を睨む。やがて、視線をゆっくりと下したかと思うと、キッと門の外を睨んだ。

「見えたにゃ! 朱雀大路を、真っ直ぐ南下! 羅城門であの式神と戦う、紫苑の姿が見えたにゃ!」

「羅城門ね。……よし、行くよ虎目!」

声をかけ、紫苑は走り出す。虎目も、「にゃあ!」と応えて駆け出した。

そして、後には栗麿が一人取り残される。

「え……だから、麿は? え? ……えー……?」









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