アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記






























「とりあえず……栗麿の最初の命令、「君影草の君を襲え」ってのには従うみたいだし……多分、また現れるよね」

「だろうにゃ。だからこの邸で、式神を待ち伏せするってワケか」

戌の刻も半ばになろうかという時刻。紫苑と虎目は、君影草の君の邸の一角に潜んでいた。勿論、家人の許可は取ってある。

一旦邸に戻って拵えてきた、強飯の握り飯を頬張りながら、その時を待つ。横では、情けない顔をして栗麿が項垂れていた。

「うー……何で麿まで……」

「諸悪の根源が、にゃにを言っているんだか」

栗麿を睨み付けてから、虎目はハッ! と鼻で笑った。そして、一転、呆れた顔をする。

「そもそも、好きにゃ女の気を引きたいにゃら、あんにゃ危険にゃ方法にしにゃくても、いくらでもあるだろうに……」

「他の方法って……例えば、どんな方法でおじゃる?」

逆に言われて、虎目はしばし固まった。そして、視線を泳がせながら考える。

「……歌を贈るとか」

「自慢ではおじゃらんが、麿は、歌はてんでからっきしでおじゃる!」

栗麿が、堂々と胸を張った。殴りたくなる反り返りっぷりである。

「本当に自慢できにゃいにゃー。あとは……贈り物をしてみる、とかかにゃ?」

「贈り物って、例えばどんな物でおじゃる?」

「そりゃあ、君影草の君が喜びそうな物でしょ」

握り飯を三個食べ終えた紫苑が、会話に加わってきた。その紫苑の言葉に、栗麿は不服そうな顔をする。

「それがわからないんでおじゃる!」

「本当に相手の事が好きにゃら、それぐらい自分で調べるにゃり考えるにゃりしろにゃ!」

そこで、栗麿は本当に考え始めた。そして、眉根を寄せて紫苑に顔を向ける。

「例えば、紫苑。女の子は、どんな物を貰えば嬉しいものなんでおじゃるか?」

「えー? ……そうだなぁ。ボクだったら、見た目が可愛くて、味も美味しいお菓子とか嬉しいかも。あとは花とか……あ、源氏物語の写本とかは? あれを贈られて喜ぶ女の人って、多いみたいだよ」

「紫苑は、桐壷の巻を三行読んだだけで、寝たけどにゃー」

「うるさいなー」

少しだけ頬を膨らませた。余談だが、紫苑の弟弟子、葵の名前は、葵の師匠であり紫苑の実父でもある惟幸が、その時読んでいた源氏物語の巻の名前から取ってつけた、という話である。その巻で主人公格として扱われている女性が死んでしまうという事を後に知った惟幸は、珍しく葵に平謝りをした、とも聞いている。

それはさておき。頬から空気を抜いた紫苑は、話題を変えるべく栗麿に視線を遣った。

「大体さ、栗麿。颯爽と現れて助け出すって……一体、どんな状態になる事を想定してたのさ?」

問われて、包みに残っていた漬物に手を出そうとしていた栗麿は「え?」と首を傾げた。可愛くない。

「そりゃあ……式神に追い詰められ、絶体絶命になった君影草の君。今にも襲い掛からんとする式神に、突如突き刺さる彼岸花! 動揺する式神の前に飛び出す、麿。そして、不安げな顔をする君影草の君に、麿はこう言うのでおじゃる。……ここは麿に任せて、先に逃げるでおじゃる!」

「……おみゃー……死亡フラグって言葉を知ってるかにゃ? ……知るワケにゃいか。千年後の言葉だもんにゃ……」

呆れ果てた虎目が、更に何か馬鹿にしようと口を開きかけた時。ガラリという、何かが崩れる音がした。邸の敷地内ではあるようだが、少々離れた場所だ。

「! 何か来た……!」

「な、何かって……何でおじゃる!?」

紫苑と虎目が身構えたのとは正反対に、栗麿は退き気味だ。そんな栗麿に、虎目が吐き捨てるように言った。

「そりゃあ、こんにゃ時間に来るようにゃ奴は、おみゃーみたいに君影草の君に懸想している男か、もしくは……」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!」

絹を裂いたような女の悲鳴が聞こえる。これは、君影草の君の傍に仕えていた女房の声か。

「おみゃーの作った式神しかいにゃーにゃ!」

「行くよ、虎目!」

紫苑と虎目は、声の聞こえた方角へと勢いよく走り出した。後には、栗麿が一人、ぽつんと取り残される。

「……え。麿は?」

「君影草の君を守りに行くなり、逃げるなり。好きにして!」

そう言い捨てると、後は振り向く事無く一目散に駆けていく。あとには、どうするべきかの判断を下せず、ぽかんとしている栗麿のみが残された。











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