アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記
4
京の小路を、二人と一匹は急ぐでもなくのんびりと歩いている。
「まったく……本当にあいつは、どこにでも現れる奴だな」
ため息をつきながら隆善が言えば、虎目もため息をつく。
「今回の現れ方は、また一段とキモかったにゃ。にゃにせ、あの言い方から察するに、あいつ、あの君影草の君に懸想して、付け回している感じだったからにゃー。未来の言葉で言うにゃら、ストーカーにゃ。ストーカー」
「虎目」
べらべらと調子良く喋る虎目を嗜めるように、隆善が厳しい声音で言った。
「お前が未来を見通せるのは凄いと思うが、あまり未来の言葉を振りまくな。紫苑や葵、果てはあの馬鹿が覚えて使って、相手に話が通じずトラブルになった事もある」
「アンタも今、しっかり使ったにゃ」
「む……」
黙り込んだ隆善に、紫苑がコロコロと笑った。隆善が惟幸以外にやり込められている様子を見るのは、珍しいように思う。しばし笑って、笑いを収めると、紫苑は「ところで……」と話題を変えた。
「師匠、虎目?」
「にゃ?」
「何だ?」
「何かボク達……お邸の周りをぐるりと回って、元の場所に戻ろうとしてません?」
言われて、隆善と虎目は足を止めた。それに合わせて、紫苑も止まる。ぐるりと辺りを見渡せば、そこはどうにも、つい先ほど見た覚えのある場所だ。君影草の君の邸の門が、もう少し歩けば見えてくる事だろう。
「にゃ……たしかに……」
「だが、蠱毒の気配は、たしかにこちらからしているぞ。犯人は、この先に……」
「おぉ、瓢谷に紫苑に化け猫! また会ったでおじゃるな」
困惑気な隆善の言葉に被るように、間抜けな声が聞こえてきた。見れば、前方――君影草の君の邸の門の方角から、栗麿が歩いてくる。
そして、隆善が手に持つ虫の翅が、栗麿を指してピクピクと動く様子が、一同に見えた。
「……」
「……」
「……」
全員が、呆れ果てた顔をする。そして、隆善が栗麿の頭を、ぐわしっと勢いよく烏帽子ごと掴んだ。
「……ま、た、お、ま、え、か!」
よほどの握力なのだろう。掴まれた状態で栗麿はバタバタともがき、「ふぉぉぉぉっ!」と珍妙な叫び声をあげた。
「割れる! 割れるでおじゃるっ! 頭が! パーンって! ザクロみたいにっ!!」
「いっそ割れろ! でもって鳥にでも食われとけ!」
馬鹿騒ぎをする隆善と栗麿を眼前に、紫苑はギュッと拳を強く握りしめた。隆善の腕によってぶら下げられている栗麿を、睨み付ける。
「……どういう事、栗麿? 君影草の君に蠱毒を仕掛けたのは、栗麿なの? だとしたら……!」
「ま、待て待て待て待て! 待つでおじゃるよ、紫苑! 麿の話を聞くでおじゃる!」
「話? どんな?」
慌てて隆善の腕を振りほどき、地面に飛び降りた栗麿を、紫苑は引き続き睨み付けた。更に慌てふためいて、栗麿は早口でまくし立てる。
「実は……お察しの通り、君影草の君のお邸に残っていた蠱毒は、たしかに麿の仕掛けた物でおじゃる」
「にゃにぃっ!」
「てめぇ……!」
「最後まで! 最後まで話を聞くでおじゃるよっ!」
殴られまいとしたものか、頭を必死に守りながら栗麿は言う。そして、ごほん、と軽く咳払いをした。
「実は……そうしなければならない辛ぁいワケが、麿にはあったんでおじゃる」
「ワケぇ? どうせロクでもにゃいワケにゃんじゃにゃーか?」
「うっさいでおじゃるよ、化け猫!」
唾を飛ばして叫んでから、栗麿は「実は……」と何事も無かったかのように続きを語り出した。ある意味、強い。
「麿は……麿はあの君影草の君に、恋をしてしまったんでおじゃる。けど、君影草の君はガードが堅い事で有名でおじゃって……」
そこで、何となく嫌な予感がしたのだろう。紫苑は「まさか……」と恐る恐る口を開いた。
「蠱毒を仕掛けて、君影草の君が危なくなったところで颯爽と現れて助けだし、相思相愛になろう……なんて事じゃ、ないよね?」
いくらなんでも、そこまで馬鹿じゃないよね? 紫苑は、そう言いたかった。しかし、現実はそんなに、甘くは無い。
「お。紫苑、鋭いでおじゃるな」
微かな期待を裏切られ、この超弩級の馬鹿と知り合いであるという現実に打ちひしがれて。紫苑、隆善、虎目は、はー……と深く大きなため息をついた。
「……お前、本当にいっぺん死ね。お前が死にゃあ、お前がかけた術も解けて、あの邸に化け物が現れる事もなくなるだろ」
すると、隆善の悪態に対して栗麿は「はっはっはっは……」とふてぶてしく笑った。思わず殴りたくなる笑顔だ。
「話は、そんなに単純ではないでおじゃるよ、瓢谷」
「……何?」
「どういう事?」
訝しげに眉を寄せる紫苑と隆善に、栗麿は胸を張った。思わず殴りたくなるほどの反り返りっぷりだ。
「蠱毒を作る際に気が急いていた麿は、虫の数をケチったんでおじゃる。壺の中に入れた虫の数は、全部で十匹!」
「少にゃっ!」
虎目が、口をあんぐりと開けた。それを見てか見ないでか、栗麿はやや恥ずかしそうに頬を染める。可愛くない。
「お陰で、出来上がるのは非常に早かったのでおじゃるが……恨みの量が少なかったからか、弱っちい蠱毒しかできなかったんでおじゃる」
「当たり前だ、馬鹿。そもそも呪いってのは、術者の想いが一番効果に作用するんだ。どうせ、面倒だの、チャッチャと終わらせたいだの、そんな事を考えて作ってたんだろうが……そんな気分で行った呪いが、強力なワケがねぇだろう。この馬鹿!」
大事な事なので二回……とでも言うように、隆善は「馬鹿」を連呼する。そんな態度に少しだけむくれるが、それでも栗麿は挫けない。しぶとい。
「だから麿は、その蠱毒を媒介にして、式神を作る事にしたんでおじゃる」
「……あ、読めた」
ぽん、と手を打ち、紫苑は言った。顔が、どことなく引き攣っている。
「式神にしたら、その式神が栗麿の制御を離れて大暴走。倒そうにも倒せず、どうしようかと思っているうちに、式神が最初の命令にだけは従って、君影草の君を襲撃。作る際に栗麿の通力を無駄にたっぷり注いであるから、栗麿が死んだぐらいじゃしばらくは止まらない……違う?」
「一寸の間違いも無いでおじゃる!」
はっきりと言い切る栗麿に、一同は本日一番のため息をついた。次いで虎目が、キッと栗麿を睨み付ける。「あぁ、いつものアレが始まるな……」と紫苑は遠い目をした。
「威張るにゃ、この馬鹿!」
「うっさいでおじゃる、この化け猫!」
「化け猫って言うにゃ、この馬鹿!」
「馬鹿って言うなでおじゃる、この化け猫!」
「馬鹿を馬鹿と言って、にゃにが悪いんにゃ!」
「化け猫を化け猫と言って、何が悪いんでおじゃる!」
「馬ー鹿!」
「化け猫!」
「馬ー鹿!」
「化け猫!」
「馬ー鹿!」
「化け猫!」
「ヴァーカ!!」
いつ終わるか読めない罵り合いが始まったのを横目に、隆善はまたもため息をついた。今日一日で、一旦何度ため息をついたのか、もはやわからない。
「……おい、紫苑」
「はい。何ですか、師匠?」
紫苑が振り向くと、隆善は親指で栗麿を指差した。そして、いかにも面倒そうな顔をする。
「この馬鹿が作った式神の始末な。お前がやれ」
「……はい?」
一瞬、言われた事の意味がわからず、紫苑は首を傾げた。すると、隆善は更に面倒そうな顔をする。
「これ以上、こいつに関わるのは面倒だ。……なぁに、こいつは何をやるにしても、詰めが甘いからな。式神もどうせ、大した事は無いだろ。これも、良い修行だと思え。……というわけで、後は任せた」
言うや否や、隆善はくるりと紫苑に背を向け、サッサと自邸へと戻ってしまう。その後ろ姿に紫苑はしばし呆然とし、しばらくしてから、ハッと我に返った。
「え、ちょっと……師匠ーっ!?」
紫苑の叫び声に、虎目と栗麿が罵倒の掛け合いをやめた。スタスタと近付いてきた栗麿は、辺りを見渡して不思議そうに首を傾げる。可愛くない。
「おやや? 瓢谷はどこに行ったんでおじゃるか、紫苑?」
「……っ!」
ここで、遂に紫苑の、堪忍袋の緒が切れた。体を震わせ、青筋を立てて、大きく息を吸う。
「この馬鹿っ!!」