アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記
3
「ところで紫苑。最近惟幸から、何か連絡はあったか?」
翅に残された気配を追うために歩きながら、隆善が何となく紫苑に尋ねた。すると紫苑は「父様から?」と首を傾げ、そして横に振る。
「……いえ、特には。今修行で泊まりに行っている葵からも何もありませんし、元気なんだと思いますよ。……前に帰ってから随分経ってるし、そろそろボクも顔を見せに行こうかとは思っているんですけどね」
すると、隆善は「そうか」と言って、しばし考え込んだ。そして、表情をやや険しくすると、言う。
「帰ったら、あいつに言っとけ。テメェ、人に娘押し付けて、嫁とよろしくやってんじゃねぇぞ。そのうち呪い殺してやる。……ってな」
「……はい、わかりました」
長く放っておかれて、紫苑にも思うところがあるのだろう。少々憮然としながら、頷いた。その様子に、虎目がため息をつく。
「……当の娘にそんにゃ事を言わせる師匠も師匠にゃら、それを快諾する娘も娘にゃ。……ん?」
前方から歩いてくる人物に気付き、虎目が顔を顰めた。何とはなしに歩調を緩め、さり気無く紫苑の陰に隠れる。
「おぉ。瓢谷に紫苑ではおじゃらぬか。お久しぶりでおじゃるな!」
「あ! 天津栗麿!」
紫苑に指を指されて、栗麿は少しだけムッとした。そして、その足元にいる虎目に気付き、「おぉ」と再び感嘆詞を発する。何に感嘆したのかはわからない。多分、知り合いと会った時の口癖なのだろう。ため息をつき、虎目は紫苑の陰から姿を現す。
「たしかに、久しぶりだにゃ。前に遭ったのは、天邪鬼連続殺人事件の時だったか……」
以前、ろくでもない事件に巻き込まれているようである。それを思い出したのか、虎目はますます顔を顰めた。
「にゃんでお前が、ここにいるんにゃ」
「はー……」
虎目の言葉と、これ以上ないほどはっきりと聞こえる隆善のため息に、栗麿はかなりムッとした。
「なっ……何でおじゃるか、その態度は! 特に瓢谷! 目とため息で「こいつが関わると、ロクな事がねぇんだよな」とか言うなでおじゃる!」
「そこまで読み取れるのに、にゃんで空気を読めにゃいのかにゃ、こいつ」
やれやれと首を振る虎目に、栗麿が目を吊り上げた。
「うっさいでおじゃるよ、化け猫!」
「にゃ……! 化け猫いうにゃ! 未来千里眼を持ち、未来を見通せるオイラに失礼にゃ!」
「化け猫を化け猫と言って、何が悪いんでおじゃるか、この化け猫!」
「にゃにゃーっ!」
「ふぉーっ!」
威嚇行為をし始めた一人と一匹を見て、紫苑はため息を吐いた。
「虎目、栗麿。どっちも煩いよ」
「にゃ……」
「む……」
唸ってから、栗麿は「と、ところで……」と一同を見渡した。
「今日は一体、何事でおじゃるか? 見たところ、君影草の君のお邸から出てきたようでおじゃるが」
「君影草の君? ……あぁ、ここの姫様、そう呼ばれてるんだ」
白くて可愛らしい花を思い出しながら「へぇ」という顔をして、紫苑は先ほどまで滞在していた邸を振り返った。その横で、納得したように隆善が頷く。
「たしかに、庭に随分咲いていたな。君影草」
そう言った途端に、栗麿が目を輝かせ、鼻息荒く頷いた。
「そうなんでおじゃるよ! ここに庭にはたくさんの君影草が咲き誇り、おまけに君影草の君自身も、君影草の花のような可愛らしい字を書くんでおじゃる。詠まれる歌も、君影草のように可憐で、儚げな歌が多くて……見た事は無いのでおじゃるが、顔もきっと、君影草のように可憐に違い無いでおじゃる!」
連呼される「君影草」に、紫苑は「うわ……」と呟き、眉間に皺を寄せた。
「キモい」
「ふぉう!?」
辛辣な評価に不服そうな顔をする栗麿を無視して、紫苑は隆善に向き直った。
「師匠、こんな奴相手にしてないで、さっさと捜索を続けましょうよ。こうしている間にも、蠱毒を使った犯人が遠くへ行っちゃっているかもしれませんし」
「そうだな」
頷き、隆善は栗麿を睨み付けた。凶悪な眼光に、栗麿は「ヒッ」と悲鳴をあげる。
「……おい、栗麿。俺達は今、仕事の真っ最中なんだ。こないだみてぇに邪魔しやがったら、呪い殺してやるからな……!」
そう言って脅すと、隆善は紫苑と虎目を伴い、蠱毒の気配を追って歩き出した。これ以上、栗麿に関わるのはごめんだと言わんばかりに、速足で。
だからこそ、誰も気付かなかった。後に取り残された栗麿の目が泳ぎ、不審に辺りを見渡し始めた、その事に。