アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記
































「荒れ果ててるねぇ……。何か、いかにも、って感じ」

夜闇の中、羅城門を見上げて紫苑は呟いた。建設当初は壮大で立派な門であったろうに、今では見る影も無くなってしまっている。

「天元三年に暴風雨でぶっ壊れて以来、修理してにゃいからにゃー。お陰で今とにゃっては、鬼達の溜まり場にゃ」

天元三年と言えば、今から三十年以上も前の事だ。惟幸や隆善が生まれてまだ幾年も経っていない頃だろう。壊れた上にそれほど長い年月を放っておいたのであれば、荒れ果てても仕方が無い。

そんな荒れ果てた羅城門の柱の陰に、熊ほどもある大きさの影が一つ。栗麿の作りだした、蜘蛛の式神だ。

「いた!」

声をあげれば、式神は観念したように柱の陰から姿を現す。どこか人間めいた顔が、忌々しげに歪んだ。

「くそぅ、追ってきたのか! ババアから追われても、ちっとも嬉しくないと言うのに!」

「……もうとっくに決めてたけど、再確認。……確実に滅する……!」

「流石はあの馬鹿が作った式神。とことんムカつくにゃ……」

またも殺気を立ち上らせる紫苑と、半目になってため息を吐く虎目。そんな一人と一匹に向かって、式神は足を振り上げる。

「ごちゃごちゃと煩いぞ! 喰らえ! 式神アタック!」

足を振り下ろそうとするその様に、紫苑はフッと笑った。数珠を取り出し、構える。

「同じ攻撃を何度も喰らわないよ! ナウマク、サンマンダ、ボダナン、オン、マリシエイ、ソワカ! オン、アミリトドハンバ、ウム、ハッタ!」

紫苑が真言を唱え終わると同時に、衝撃が式神を襲う。急所に攻撃を喰らったらしい式神は、絶叫してその場に倒れ伏した。

「やった!?」

「いや、まだにゃ!」

喜色を表して式神に駆け寄ろうとする紫苑を、虎目が制した。見れば、式神は紫苑の攻撃で弱ってはいるものの、まだ動いている。八本の足を動かして、立ち上がろうとしていた。

「ぐぅぅぅ……まだまだ……。理想の幼女を、見付けるまでは……俺は死なん! 死なんぞぉぉぉっ!」

叫ぶと同時に、何と式神が巨大化し、羅城門よりも大きくなった。それを見上げ、紫苑は目を丸くし、あんぐりと口を開けている。逆に、虎目は半目になって呆れ果てた顔をしていた。

「なっ……なっ……なっ……巨大化したぁぁぁぁっ!?」

「あーあ……最後の悪あがきで巨大化した悪者は、絶対に勝てにゃいって法則……知るワケにゃいか……」

紫苑と虎目の、温度差がすごい。

「どっ……どうしよう、虎目! あんなの、どうやって倒せば良いのか……」

「落ち着くにゃ!」

慌てる紫苑に、虎目が鋭い声を浴びせた。

「隆善も言ってたにゃ? あの馬鹿は何をやるにしても詰めが甘いから、式神もどうせ大した事にゃいにゃ! とにかく、精一杯やれる事をやってみろにゃ!」

その言葉に落ち着きを取り戻し、紫苑はこくりと頷いた。「わかった」という声と共に、数珠を構え、式神を見上げる。

式神が、紫苑を踏み潰そうと攻撃を仕掛けてきた。

「臨める兵、闘う者、皆、陣列ねて前に在り! ナウマク、サンマンダ、バザラダン、センダ、マカロシャダ、ソハタヤ、ウン、タラタ、カンマン!」

防御の九字を結び、真言を唱える。見えない壁が攻撃を防ぎ、衝撃波が式神を襲った。

「ぐぉあぁぁぁっ!」

もがき苦しむ式神に、紫苑は拳を握った。

「効いてる! よし、あと少し……」

しかし、そう簡単に終わるはずがないのが、栗麿の絡んだ騒ぎである。

「紫苑! 化け猫ーっ! だから、麿を置いていくなでおじゃるよーっ!」

朱雀大路から、栗麿が駆けつけてくる。しかも、式神が巨大化している事に気付いていない。栗麿が、丁度式神の足下にいる形になってしまった。今式神に攻撃を当てれば、栗麿にも当たってしまう。

「あぁもう……あの馬鹿、また……! だから、邪魔だって……」

肩を落とす紫苑の横では、虎目がまだ希望を捨てていない。それどころか、一瞬ニヤリと笑ったようにも思える。

「紫苑! 躊躇っていたら、またさっきみたいに逃げられるにゃ! あの馬鹿の事は気にするにゃ! ひと思いにやるにゃー!」

「……わかった!」

頷くと、紫苑は数珠を構え直し、キッと栗麿を睨み付けた。実際には栗麿の頭上にいる式神を睨み付けたのだが、そんな事は栗麿にはわからない。もう栗麿を気にせずに攻撃しても良いんだと思うと、少しだけ、頬が緩んだ。

「え? ……紫苑、ちょっと待つでおじゃる。何で、そんな嬉しそうな顔で麿を見るでおじゃるか? ちょっと、待っ……」

「臨める兵、闘う者、皆、陣破れて前に在り!」

攻撃の九字を結ぶ。これまでの紫苑の怒りを全て放出したような、強烈な衝撃波が、式神と栗麿を襲った。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

「ぎょほぉぉぉぉぉぉっ!?」

式神と栗麿が、揃って叫び声をあげる。そして、式神はその場で消え失せ、栗麿はバタリと倒れ伏した。

「……やった?」

肩で息をする紫苑に、虎目が満足そうに頷いて見せる。

「あぁ……やったにゃ。はた迷惑にゃ式神は消えたし、馬鹿にお灸も据えられた……。完璧にゃ勝利だにゃ!」

その言葉に、紫苑の顔が嬉しそうに綻んだ。口から、自然と笑いが漏れてくる。

「あ……はは……。やったんだ。修行中の身で、まだまだ半人前のボクが、一人でやれたんだ! やったーっ!」

万歳をして叫ぶ紫苑の背後では、ぼろぼろになっている栗麿が呻いている。

「ぐほっ……何でおじゃるか……。この、理不尽な展開……。麿は、麿は納得がいかないでおじゃるぅ…………がくり」

理不尽ではなく自業自得であろう、とか、口で「がくり」と言うな、などというツッコミは、誰もする事はなかった。










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