アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽彷徨記






























暗い、暗い夜の山の中で。三匹の鬼が角を突き合わせていた。鬼達の見た目は、猿のような者、猪がヒトに変じたような者、妖艶な女のような者と、様々だ。

その三匹に取り囲まれた状態で、りつが木の根元に蹲っている。身を縮ませ、強張らせ、カタカタと小刻みに震えている。

「輝血御前様ー。何でこの娘っ子、喰ったらいけねぇんです?」

猿のような鬼が、不満げに女の鬼――輝血御前に問い掛けた。すると、猪のような鬼も同意して、「ぶー……」と気の抜けるような声を発する。

「若い女の柔らけぇ肉なんて、滅多に喰えるモンでもねぇですよ? 早いトコ喰いたくて、オラの腹ァ……さっきから、鳴りっ放しでさァ」

たしかに、先ほどから猪鬼からはごぉごぉと凄まじい音が聞こえてきている。かなりの空きっ腹のようだ。だが、そんな猪鬼を、輝血御前は冷たい目で睨み付ける。

「お黙り。その娘には、まだ役目が残ってるンだよ。あの童子……賀茂惟幸をおびき出す、餌としての大切な役割がねェ。それが済むまでは、喰らう事は断じて許さないよ」

「餌って……その惟幸ってェ童子は、何者なんです? 食うなら、野郎よりも娘の方が絶対に美味ェ。なのに、娘を餌にわざわざ野郎をおびき出すなんざ、納得がいかねェや」

訝しげに顔を歪める猿鬼に、輝血御前はキュッと唇の両端を吊り上げた。口の端から、白く鋭い牙が覗く。

「賀茂惟幸は、あの安倍晴明と肩を並べる陰陽師の名門、賀茂家の倅さね。まだまだ若くて、術師としては半人前と聞くが……それでも、アタシらが敵として憎む、陰陽師の血を引く者である事に変わりは無い。それを食い殺してやれば、積年の恨みも少しは晴れ、溜飲が下がるってェもんさ」

「えー……そりゃあたしかに、陰陽師は憎いですけどねェ。そのためにご馳走をお預けにするたァ、あんまりじゃねェですかァ」

「陰陽師の血を引く人間なんて、その童子だけじゃあねェしなァ……」

猪鬼は、口からダラダラと涎を垂れ流している。涎を被った足元の草が、ずぶずぶと茶色く腐り、朽ちていく。手下が必死に空腹に堪える様子を、輝血御前はさも楽しそうに眺めた。

「勿論、それだけじゃあないサ。その様子じゃあ知らないんだろうけどねェ。その惟幸って童子は、この三年あまりで、幾百もの百鬼夜行に出会っているンだよ。普通、百鬼夜行に出会えば、人間は死ぬだろう? なのにこの童子は、全ての百鬼夜行から逃げおおせ、生き残っているンだ」

「だから? それと、オラ達がお預けをくらっているのと、どう関係があるんでさァ?」

すると、輝血御前は半目になり、呆れ果てた声で「まったく……」と呟いた。手下の事を、本気で見下している目だ。

「血の巡りが悪い豚だねェ。……いいかい? 半人前のくせに数多くの百鬼夜行から逃げおおせ、生き残っているという事は……この小僧には、神か仏の加護がついているンだよ。そんな奴の肉を喰らえば……どうなると思うかぇ?」

そこで、ようやく猿鬼が「そうか」と呟いた。

「たしか、ずっと西の方にある唐土には、徳の高ェ坊主の肉を喰らえば寿命が延びる……いや、不老不死になれるってェ話がありましたね。なら、神だか仏だかの加護がある、その童子の肉を喰らえば……!」

「不老不死とまではいかなくても、寿命は延びるだろうサ。美味い肉は、ちょっとその気になればいつでも手に入るけどね。寿命が延びる肉はそうそう見付からない。そうだろう?」

妖艶に嗤う輝血御前に、猪鬼が嬉しそうに「ぶー!」と鳴いた。

「それなら納得でさァ。……あれ? けど、それなら京の中で襲っちまえば良いじゃねェですか。何でわざわざ娘っ子を攫って、餌にする必要があるんでさァ?」

首を傾げた猪鬼に、猿鬼が「馬鹿」と毒づいた。

「半人前とは言え、陰陽師の血を引いているんだぞ。娘っ子を攫うよりも簡単に殺せるわけがねェだろうが。現に、弱かったとはいえ、式神がこの娘っ子の事を護っていたしな。それぐらいの力はあるんだろう。もたもたしている間に、京中の陰陽師ども……特に、その童子の実家である賀茂家や、安倍家の奴らに気付かれでもしたら、面倒だ」

「そういう訳サ。ここなら、そうそう陰陽師達にも気付かれないからねェ。それに……やっぱりたまには、若い娘の肉も食べたいだろう?」

そう言って、輝血御前はちらりと、りつに視線を向ける。りつは息を呑み、身をすくみ上らせた。その様子に、輝血御前はニマリと嗤う。

「怖いかい、娘っ子? なぁに、心配は要らないよ。賀茂惟幸は、すぐにお前を助けに来てくれる。そうしたらアタシらは惟幸の肉を喰らって、お前の肉も喰らう。怖いのは、そこでお終いサ! ハハ……アハハハハハハハハ!」

輝血御前が高らかに嗤う。その声は、木々の合間に響き渡った。その響きの中に、ざり……と草鞋が土を踏む音が混ざった。

「楽しそうだな。俺も仲間に混ぜてくれよ。なぁ?」

突如かけられたその声に、鬼達は一斉に振り向いた。危地の空気に慣れている様子のその声に、驚きで目が見開かれる。

「なっ……! お前は!」

「盛朝様!」

りつが、明るい声を発した。現れた人物――盛朝は、りつに向かってニッと笑って見せる。

「怖い思いをさせて悪かったな、りつ。けど、無事で何よりだ」

その笑顔に、りつはホッと安堵のため息をつく。だが、いつもなら盛朝と共にいる人物の姿が無い事に気付き、すぐに顔を強張らせた。

「盛朝様……惟幸様は!? こいつらは、惟幸様を食べようとしていて……それで……!」

必死の形相で言うりつに、盛朝は苦笑した。それから、情けなさそうにため息を吐く。

「心配しなくても、惟幸は来てねぇよ。来る途中で、「やっぱり怖い」とか抜かしやがってな。足がすくんで動けねぇっつーから、見捨てて置いてきた」

「……そう……ですか……」

安心したような、がっかりとしたような。どこか気落ちした声で、りつが呟いた。すると、その前で輝血御前が「ふん」と鼻で嗤う。

「随分と情けない男なんだねェ、賀茂惟幸ってェ童子は。自分のせいで好いた娘が危険な目に遭ってるってェのに、助けに来る事もできないのかい?」

「まったくだ」

敵だというのに、盛朝は肩をすくめて輝血御前に同意する。そして、すらりと腰の太刀を抜き放った。

「……まぁ、そういうわけだからよ。お前らの相手は、この盛朝様が一人でしてやるよ。勿論、りつも返してもらう」

「何だとぉっ! お前、オラ達を馬鹿にしてンのか!」

いきり立った猪鬼が、盛朝に向かって一直線に突っ込んでいく。盛朝は、タンッと軽く地面を蹴ると、猪鬼の背後へと回り込み、袈裟懸けに太刀を振り下ろした。

「ぶひぃーっ!」

断末魔と共に猪鬼が地に倒れ、その身体が砂の山が崩れ落ちるように霧散していく。盛朝は太刀を振るって血糊を払い落とすと、その太刀をトン、と肩に担いだ。

「な……一太刀で……!?」

猿鬼が、信じられない、という顔をしている。すると、盛朝は太刀の峰で肩をトントンと叩きながら、ニヤリと笑った。

「惟幸と一緒に、散々百鬼夜行と鉢合わせてきたからな。こう見えても、結構腕は立つんだぜ?」

余裕すら見て取れる盛朝の態度に、輝血御前が舌打ちをした。そして、単衣の袖から白い腕を覗かせる。指の先には、赤く鋭い爪が生えていた。

「人間風情が、生意気な……。おい、娘っ子を見張っておきな! こいつはアタシがやる!」

手下の「へい!」という声を背に聞きながら、輝血御前は腕を振り上げ、盛朝に襲い掛かった。それを盛朝は、紙一重でひらりと躱す。躱し際、盛朝と輝血御前の目が合った。

「おや。近くで見れば、中々好い男じゃないか。これからその顔を歪めて、無様に命乞いをする声が聴けるのかと思うと、ゾクゾクするねェ」

「ほざけ。命乞いをするのはお前の方だ、輝血御前!」

輝血御前の言葉に、盛朝は負けじと言葉を返す。即座に体勢を整え、輝血御前に向かって太刀を振り下ろした。輝血御前は、それを赤く鋭い爪で受ける。太刀と爪がぶつかり合い、二人はこう着状態に陥った。

「嬉しいねェ。アタシの名前を知っていてくれたとは。それに、自分で言うだけあって、太刀の腕も中々のものだ」

輝血御前の真っ赤な口が、嬉しそうに裂けた。

「……本当に、好い男だねェ。へし折った首に縄を通して、首飾りにしておきたいぐらいだよ」

すると、盛朝は馬鹿にしたように「ヘッ」と嗤う。

「俺の首を飾りになんてしたら、大変だぜ? 目の色を変えた鬼女達が、俺の首を奪い合って大乱闘になっちまう」

「口の減らない男だねェ! だが、そんな軽口を叩いていられるのも、今のうちだけサ!」

輝血御前が、右の腕を振り上げる。盛朝の太刀が跳ね上げられたところを狙い、首を狙って左腕を振り下ろす。盛朝は慌てて太刀を構え直し、何とかその攻撃を受けた。

「ぐっ……!」

不十分な体勢から受けた攻撃を受けきれず、その重みに思わず盛朝は唸る。輝血御前の口が、増々嬉しげに裂けた。

「ヒトが鬼に敵う筈がないんだ。……なに、痛いのは一瞬だけさね。お前の主人も、あの娘っ子も。すぐに後を追わせてやるから、安心して喰われなッ!」

輝血御前の右腕が、振り下ろされようとする。その時だ。

「ぐわぁっ!」

「!? 何事だい!?」

突然の叫び声に、輝血御前は思わず攻撃の手を止めた。その隙を見逃す盛朝ではない。

「今だ!」

即座に太刀を持ち直し、輝血御前へと向かい振り下ろす。刃は風と共に輝血御前の肩を裂き、赤黒い血を滴らせた。手下同様に袈裟斬りにされる前に身を捻り、攻撃から逃れる。一旦盛朝と距離を取り、憎々しげに舌打ちをした。

「ちょっと、何が起きたってんだい? 娘っ子は……」

りつと、見張っている筈の手下の方に視線を遣り。そこで、輝血御前は眉をひそめた。そこにいるはずの、手下の猿鬼の姿が見当たらない。代わりに、そこにいたのは……。

「……よ、良かったー……上手くいって……」

「惟幸様!?」

呪符を片手に、安堵のため息を吐いている惟幸の姿が、そこにはあった。その姿と、りつが今しがた呼んだ名に、輝血御前は顔を歪める。

「惟幸だって!? そんな……臆して逃げ出した筈じゃあ……」

「お前達を油断させるための嘘だよ。決まってんだろ?」

輝血御前の血を拭い去った太刀を再び肩に載せ、トントンと調子を取りながら、盛朝が言った。惟幸は、再び顔を強張らせながらも前に進み出、りつを輝血御前の視線から庇う。

「真正面から向かって行ったら、りつを人質に取られるかもしれないし……。だから、盛朝に気を引き付けてもらって、僕は後から回り込んだんだ。気付かれなくて、本当に良かった……」

「なっ……」

「そういうわけだ。もうお前の仲間はいない……観念しな!」

叫び、盛朝は太刀を肩から降ろしながら輝血御前へと迫る。振り下ろした太刀を、輝血御前はまたも爪で受ける。再び、こう着状態となった。

「くっ……」

中々振り下ろせぬ太刀に、盛朝が苦しげに呻く。その様子を馬鹿にするように、輝血御前は嗤った。

「舐められたもんだね。手下がやられたなら、アタシが一人でお前達を殺せば済む話だよ。手間は増えるが……結果は変わりゃしないさ!」

そう言って。輝血御前は裂帛の気合いを発し、今まで以上の力で腕を振り下ろした。赤く鋭い爪が盛朝の太刀を完全に圧しきり、盛朝の腹部を抉る。

「ぐわぁぁぁっ!」

焼け付くような痛みに叫び、盛朝はその場に頽れた。倒れ伏すどさり、という音と共に、手から太刀が零れ落ちる。

「盛朝!」

「盛朝様!」

惟幸とりつの悲鳴に、盛朝は辛うじて顔を上げた。再び握った太刀を杖代わりに、力を振り絞って状態を起こす。

「ぐ……大丈夫、だ。急所は避けた……」

だが、と呟く。輝血御前が、勝ち誇ったような高笑いをした。

「アハハハハハ! その傷じゃあ、もう今までのようには動けないだろう?」

そして、やっと起こした盛朝の上半身を、蹴り飛ばす。盛朝は惟幸達の元まで飛ばされ、木に強かに背を打ち付けた。今度こそ、立ち上がれそうにない。

追い詰められた三人に、輝血御前が残虐な笑みを浮かべた。

「舐めた真似をしてくれた罰さ。全員、生きたまま少しずつ喰らってやるよ。……あぁ、良いぃ血の臭いがするねェ。今からその地を啜り、肉を喰らえるかと思うと……天にも昇る心地だよ」

恍惚としたその表情に、りつは青褪める。その横で盛朝が、荒い息を吐きながら、心配そうにしゃがみ込む惟幸の腕を掴んだ。若き主人の顔を、ジッと見詰める。

「……惟幸!」

惟幸は、静かに頷いた。

「うん……わかってる」

そして彼は、宙に向かって「明藤」と呼んだ。美しい女官の式神が、即座に姿を現す。

「はい、ここに」

「明藤。りつと、盛朝を頼むよ。絶対に、二人を護って」

真剣な眼差しの惟幸に、明藤は優雅に頭を下げた。

「はい。かしこまりましてございます、惟幸様」

頷くと、惟幸は盛朝の手を腕から放し、立ち上がった。輝血御前を睨み付けると、りつと盛朝を背後に、懐から数珠を取り出す。

輝血御前が、惟幸を見下して嗤った。

「何だい。今度はお前が、アタシの相手をしてくれるのかい、賀茂惟幸? ……お前にできるのかねェ? 百鬼夜行を恐れて逃げ続け、邸に戻る事もできずに京をうろつく半人前に」

半人前を強調する輝血御前に、盛朝が苦しげに息を吐きながらもせせら笑った。

「半人前……か。本当にそう思っているなら、お前の寿命はこれまでだな、輝血御前」

その言葉に、輝血御前は顔を歪めた。害虫でも見るような目で、盛朝を睨み付ける。

「強がりは止しな、この死に損ないが。三人まとめて、いたぶってやるよ!」

叫び、腕を振り上げ惟幸に向かって突き進む。しかし、惟幸は慌てない。数珠を持つ手をゆっくりと上げると、朗々とした声で叫んだ。

「臨める兵、闘う者、皆、陣列ねて前に在り!」

その瞬間、惟幸と輝血御前の間に、目に見えぬ壁のような物が現れた。壁は輝血御前の攻撃を防ぎ、尚且つ弾き返す。

「何!? 防がれた!?」

輝血御前が目を見開く。次の攻撃へ移る間を、惟幸は与えない。

「ナウマク、サンマンダ、ボダナン、オン、マリシエイ、ソワカ! オン、アミリトドハンバ、ウムハッタ!」

惟幸が真言を唱え終わると同時に、強烈な衝撃が輝血御前を襲う。輝血御前は悲鳴をあげ、地に膝をついた。そして、肩で息をしながら惟幸を睨み付ける。

「……何故っ! 何故こんな童子に、ここまでの力があるんだい!? 百鬼夜行から逃げ続けているような、半人前の童子に……」

「お前はさっきから、惟幸が百鬼夜行から逃げ続けている、と言っているけどな、輝血御前。それは、間違いだ」

「何……?」

輝血御前は、惟幸の更に先を見た。りつの応急手当で少しだけ持ち直したらしい盛朝が、木に背を預け、痛みに顔を顰めながらも笑っている。

「人間は、普段なら百鬼夜行に一回遭っただけでも死んでいる。でもって、一度出会ってしまったからには、例えその場で逃げる事ができたとしても……しかるべき対処を取らない限り、祟りから逃げても逃げ切る事はできない。それは、一人前の陰陽師でも、そうだ。……だろ? なのに、惟幸は三年も方違えを繰り返さなきゃいけないほど、何度も百鬼夜行に遭ってる。しかるべき対処をとれるような状況でもないのに、だ。そして、それにも関わらず生きているという事は……」

何かを察したのだろう。輝血御前の顔が、驚愕で引き攣った。盛朝が、脂汗を額に浮かべながらも頷く。

「そう……惟幸は弱いんじゃない。強いんだ。出会った百鬼夜行を、片っ端から倒せちまうくらいにな」

盛朝との会話で輝血御前が気を取られている隙に、惟幸が再び、真言を唱えた。

「ナウマク、サンマンダ、バザラダン、センダ、マカロシャダ、ソハタヤ、ウン、タラタ、カンマン!」

またも強烈な衝撃に襲われ、輝血御前は呻き、地面に倒れ伏す。

「……何故なんだい……? 何故それほどまでの力がありながら、鬼を恐れ、京を徘徊し続ける? 一体、何故……」

わからない。そう呟く輝血御前に、惟幸はゆっくりとかぶりを振った。

「……僕が本当に恐れているのは、鬼じゃないよ……」

「何……?」

輝血御前の声に応えてか、それとも別の理由でか。惟幸は、泣きそうな顔になりながら、吐き出すように言う。

「邸に戻れば僕は……元服をしなきゃいけないから……」

「……惟幸様?」

「……」

惟幸の表情に心のざわめきを覚え、りつは不安げにその名を呼ぶ。盛朝は、ただその様子を見守った。

「僕が最後に邸を出た時……父上は、僕の元服の儀をいつにするかって、母上と話していたんだ。烏帽子親を誰に頼むか、とか、陰陽寮のどこに配属させるか、とか……やんごとなき姫君の元へ、無理矢理にでも通わせるか、とか……」

最後は、やや自嘲気味に。呟いて、惟幸は俯いた。その力無い様子に、輝血御前がいきり立つ。

「何を……わけのわからない事をごちゃごちゃとっ!」

その身に残っていた力を振り絞り、立ち上がり。腕を振り上げ、惟幸に襲い掛かる。

「! 惟幸様!」

「やべぇ! 避けろ、惟幸!」

りつが、盛朝が、その身を案じて悲鳴をあげる。輝血御前が、その爪を惟幸に向かって振り下ろした。

「死ねぇぇぇぇっ!」

輝血御前の叫び声に、惟幸はキッと面を上げた。眦は、もう下がっていない。数珠を構え、輝血御前に向かって唱えた。

「天理に帰命し奉る。雷鳴来臨、諸神真人! 百鬼調伏、万魔覆滅! 急急如律令!」

鋭い声に応えるように、激しい稲妻がまるで滝のように降り注いだ。稲妻は輝血御前を直撃し、その身を焼き尽くしていく。

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁっ!」

絶叫が聞こえ、次いで辺りに急な静寂が訪れる。

「……終わったな……」

盛朝は木に背を預けたまま呟き、ホッと息を吐いた。












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