アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽彷徨記




























白々と、夜が明け始めている。清々しい空気が辺りに満ち始める中、盛朝に痛み止めと病魔退散の術をかける惟幸の顔は、どこか暗く、重い。

「……元服すれば、僕は一人前の大人になって……りつとは、完全に主従の関係になって……今までみたいに、気軽に話す事ができなくなる。だから、僕は……」

「……惟幸様……」

心情を吐露する惟幸に、りつは痛ましげに眉をひそめた。術をかけ終えた惟幸は、そんなりつに頭を下げる。

「りつ、ごめんね。今まで、僕の我儘のせいで……しなくても良いおつかいを、毎日のようにさせちゃって……」

「そんな! 私は……その……」

言い淀むりつと、申し訳なさそうに項垂れる惟幸を見て、盛朝は腹を抑えつつ深いため息をついた。

「……で、どうすんだ、惟幸? 実は百鬼夜行に遭遇しても何も問題は無い事とか、お前の気持ちとか……洗いざらい、りつにバレちまったぞ?」

盛朝に言われて、惟幸はすい、と目を泳がせた。それから、しばし考え。目の焦点をりつに絞ると、キュッと表情を引き締めた。

「……りつ」

「は、はい……」

戸惑いながらも返事をするりつの目を、惟幸は真っ直ぐ見詰めた。

「僕は、りつの事が好きだよ。小さい頃から、ずっと好きだった。……りつは?」

「私……私、は……」

口ごもり。それから、りつは頬を紅く染めた。小さくも、はっきりとした声で言う。

「私、も……惟幸様の事が、好きです。いつも優しい惟幸様の事を、心からお慕いしております……!」

「りつ……!」

「ハハッ! めでたしめでたし、ってか?」

頬を染めて見詰め合う二人を前に、盛朝が朗らかに笑った。それから、引き攣ったらしい腹を顔を顰めて抑え、そこで「あ」と呟いた。

「……いや、ちょっと待て。まだ、めでたしには早ぇか。……おい、惟幸。お前、旦那様達をどうやって説得するつもりだ……?」

言われて、りつは不安げに「あっ……」と口を押えた。そうだ、二人が結ばれるには、まず身分の壁を何とか越えなければならない。

しかし惟幸は、どこか寂しそうに微笑むと、少しの間目を閉じ、そして開いた。微かな声で「うん……」と言う。微かではあるが、今までの小さな声のような弱々しさは感じられない声だ。

「その事なんだけど……りつ」

「は、はい……」

呼ばれて、りつは体を強張らせた。その緊張を解きほぐすように微笑むと、惟幸は問う。

「りつ……りつは、僕についてきてくれる? 例えば、僕と一緒に、こんな山の中で暮らして欲しい、と言ったら……?」

「え?」

りつは、首を傾げた。だが、すぐに顔を崩して、「何を言っているんですか」と笑う。

「私は、惟幸様をお慕いしております。惟幸様が望むのであれば……例え黄泉の国であっても、お供させていただきとうございます」

その答に、惟幸は少しだけ相好を崩した。そして、宙に向かって「明藤」と式神の名を呼ぶ。

「はい、ここに」

姿を現した式神に、惟幸は懐から紙と筆を取り出しつつ言った。

「明藤。今から文を書くからさ。それを、京にいる父上に届けて欲しいんだ。……良いかな?」

「かしこまりましてございます。惟幸様の、仰せのままに」

「……おい、惟幸。お前、旦那様に文って、一体何て書くつもり……」

明藤の横で困惑する盛朝に、惟幸は「うん」と明るく応じた。

「僕は京を出て旅に出るので、探さないでくださいって」

その言に、盛朝は「ほぉう……」と長嘆した。納得したように頷いている。

「そうかそうか。京を出て旅に……はぁっ!?」

目を見開き、盛朝は素っ頓狂な叫び声をあげた。それが腹に響いたのか、「痛て……」と呟き腹を抑える。惟幸の横では、りつも驚いた顔をして惟幸の横顔を凝視している。惟幸は、二人の様子に苦笑しながら、紙に筆を走らせた。

「ずっと、考えてはいたんだ。僕はどうしたら良いのか、どうしたいのか……。りつの事を諦めて、方違えも無視して邸に戻るか。……それとも、もし、りつも僕の事を好いてくれるなら……僕についてきてくれるなら……家族を棄てて、京から出ようか。……でも、いつもいつも、りつには言い出せなくて。それに、僕は本当に、京を出てまでりつと一緒にいたいのか……決心がつかなかった」

三年間悩み続けてきた事を語りながら、惟幸は文を書き上げ、丁寧に折り畳んだ。近くにユズリハの木を見付けると、若い枝を一本折り取り、文に添える。それを、明藤に託した。

「けど、今回の事で決意したよ。僕は、りつと一緒にいたい。りつとは離れたくないんだ。……だから、京を出る事にする」

「惟幸様……」

りつが驚いた顔のままであるのに対し、盛朝はやや呆れ顔だ。

「何と言うかまぁ……思い切った事を考えたな。……まぁ、お前が自分で決めたなら、俺は反対はしねぇ。好きなようにやってみろよ」

最後にニッと笑って見せた盛朝に惟幸は嬉しそうに笑い、それから、どこか申し訳なさそうな顔をする。

「……振り回したりして、ごめんね、盛朝。もし盛朝が京から出たくなければ、今から明藤と一緒に……」

「なぁに言ってんだ」

立ち上がり、盛朝は惟幸の背中をバン! と叩いた。

「俺の職場は、お前がいるところだって言っただろ? お前が二人っきりのところを邪魔するなって言うんじゃなきゃ、どこまでもついて行くよ。……で、お前らが落ち着いた先で相手を探して、俺も所帯を持つさ」

「盛朝……!」

嬉しそうに目を輝かせる惟幸に、盛朝は「ただし!」と厳しい声で言った。

「一つだけ条件を付けさせてもらう。京の外は、京と違ってわかり易い道にはなってねぇんだ。一歩道を逸れれば、それだけであらぬ方向へ行っちまう事だってある」

京の大路小路は、碁盤目状に整備されている。そのため、一本道を間違えてしまっても、すぐに道筋を訂正する事が可能だ。だが、曲がりくねった道、複雑に入り組んだ道がほとんどである京の外では、そうはいかない。

「だから、今後方違えは無しだ。……良いな?」

惟幸は目を閉じ、深く息を吸い。そしてゆっくりと息を吐きながら、目を開いた。力強い声で「うん」と頷く。

「わかった。もう、方違えはしない。人生という名の道を違えて、京を出る。……これが、僕の最後の方違えだ……!」

夜が明ける。空が白む。目を覚ました鳥達が一斉に羽ばたき、大空を目掛けて飛んでいく姿が、惟幸達の目に映った。










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