アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽彷徨記
4
「りつ! 明藤!」
明藤の気配を追い、惟幸と盛朝は京の一角へと辿り着いた。そこには、酷く消耗した明藤が、今にも気配が消えそうな様子で倒れ伏している。
「あ……惟幸、様……」
「明藤!? おい、大丈夫か!?」
「明藤……何があったの? ……りつは?」
惟幸は明藤に駆け寄り、消耗した分を取り戻そうと、術をかける。次第に気配がはっきりと蘇ってきた明藤は、悔しそうに歯を噛み、その場に伏せた。
「惟幸様……申し訳、ございません……! 突如、目の前に鬼が現れたのです。応戦するも敵わず、りつ様が、鬼の手に……!」
「……!」
「鬼だって!?」
惟幸と盛朝、二人は揃って、目を見開いた。
「それにしたって、明藤が敵わないなんて……どんな鬼だったんだ?」
盛朝の問いに、明藤は静かに頷いた。そして、出来る限り正確な情報を伝えようと、少々考えてから口を開く。
「身の丈が六尺を超える女の鬼で、付き従う鬼どもからは輝血御前、と呼ばれておりました……。髪を振り乱し、りつ様を抱えると、「山へ戻る」と鬼どもに言い渡し、そのまま戌亥の方角へ……」
「戌亥の方角にある山……」
呟き、盛朝は戌亥の方角を見た。もうすっかり暗くなってはいるが、それでも己が見詰める先に山がある事はわかる。その山の名は、盛朝も知っていた。
「愛宕山か? りつと、その……輝血御前は、愛宕山にいる? ……おい惟幸、これから……」
「……どう、しよう……」
震える声が、聞こえてきた。
「……惟幸?」
見れば、惟幸の顔は真っ青になり、体は少し離れていてもわかるほどガタガタと震えている。脂汗が、額に滲んでいた。
「どうしよう……どうしよう、盛朝!? りつが攫われたって……。僕が……僕が我儘を言ったりしたから……。僕がさっさと邸に戻っていれば、りつはこんな……逢魔が刻に外を出歩かずに済んだのに……。僕のせいだ……。りつに……りつに何かあったら、僕は……」
「落ち着け!」
目の焦点が合わなくなり、震えながら自責の言葉を呟き始めた惟幸の肩を、盛朝は力強く掴んだ。その衝撃で、惟幸はハッと我を取り戻す。その瞬間を逃さず、盛朝は言う。
「起きちまった事は仕方が無ぇ! それよりも、今考えなきゃいけねぇ事は、りつを助け出す事だ。反省すんのは、りつを助け出した後! ……違うか?」
「……違わない」
力無く首を振る惟幸に、盛朝は「よし」と頷いた。そして、愛宕山の方角を指出して見せる。
「それじゃあ、これからどうするか……だ。明藤の話だと、りつは輝血御前って女の鬼によって、戌亥の方角にある山へ連れ去られたらしい。その山は、俺は愛宕山だろうと睨んでる。あそこは天狗が住んでいるだの、何年か前には渡辺綱殿が茨木童子に連れて行かれそうになっただの、剣呑な話がある山だからな。輝血御前がそこを住処にしていたところで、何の不思議も無ぇ」
「……うん」
惟幸が話を理解した事を確認して、盛朝は頷く。それから、話を続けた。
「だから、だ。俺は今から、愛宕山へ行ってみようと思う。……で、お前はどうする?」
「……僕も、行く」
ほとんど考える事無く、惟幸は言った。その顔を、盛朝は確認するように覗き込む。
「……良いんだな? 俺の予想が当たってりゃ、行く先には鬼がわんさかいるんだぞ。頑張ってはみるが、俺一人で倒しきれるって保証は無ぇ。お前も、戦わなきゃいけなくなるかもしれない。……りつの前で、戦いたくはないだろう?」
意味深な盛朝の言葉に、惟幸は首を振った。先ほどとは打って変わった、強い意志の宿った目で、盛朝をまっすぐに見据えている。
「ううん、行くよ。りつが攫われたのは僕のせいなんだし。何より、僕は自分の手で、りつを助けたい」
「……ほぉう……」
面白い物を見た、という顔で、盛朝は呟いた。すると、惟幸は少しだけ気がほぐれた顔をして、更に言う。
「それに……盛朝、言ってたじゃないか。僕のいる場所が、盛朝の職場だって。なら、僕が一緒に行かないと……盛朝が職務を放棄した事になっちゃうじゃないか」
その言葉に、一瞬だけ呆けて。それから盛朝は、おかしそうに笑った。
「それもそうだ。……そうと決まれば、さっさと行くか!」
「うん……!」
盛朝に背を叩かれ、惟幸は力強く頷いた。そして、拳をギュッと握り、愛宕山の方角に目を遣って。隣にいる盛朝にすら聞こえないほど、小さな声で呟いた。
「すぐに、行くから……。だから、無事でいて。りつ……!」