平安陰陽騒龍記 第三章









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初夏の夜に涼しげな光を与えてくれる月を眺めながら。名実共に大人の三人と、立場上はまだ童子の扱いになるが事実上大人である惟幸の四人は、酒を酌みあい夜風に当たっていた。

「今回の事では、世話になったね。瓢谷殿にも、葵君にも。他の皆にも」

「よせ。全体を見れば、寧ろ俺達がお前に助けられたようなもんじゃねぇか。布食の件にしろ、囮が待機する場所の提供にしろそうだし、今もこうして寝泊りする場所を提供してんだろ」

「元々、僕が瓢谷殿に依頼をした話だからね。出来うる限りの事をするのは当然じゃないかな?」

女木の言葉に、隆善は深い溜め息を吐く。

「お前は本当に、妙な趣味さえ無けりゃあ仕事もできるし、好人物としか言えねぇ性格してんだけどな。本当に勿体無ぇ……」

「そんなに妙な趣味かな? 着たいと思った物を着て、着せたいと思った物を着せているだけなんだけど」

「あーあー、そうだったな。まぁ、たしかにそうだ。お前が何を好んで何を着ようと、仕事の妨げにならねぇんなら関係無ぇな」

「何だかんだ言いながら、人の趣味を認めてくれる瓢谷殿も、充分好人物だと、僕は思うけどね」

女木の言葉に、隆善は「好きに言っとけ」とそっぽを向く。その様子に、惟幸がふきだした。

「たかよし、本当は女木少輔に助言をしてもらいたいんじゃないの? 着物を贈りたくても、何を贈れば良いかわからないって前に愚痴ってたよね?」

「何年前の話だ」

ぶすりとしながら言う隆善に、女木が「へぇ」と目を見開く。

「瓢谷殿にも、想いを寄せる女人がいるんだね? ……と言う事は、いずれはその女人を妻とするのかい?」

「さぁな」

はぐらかすように、隆善は盃から酒を一気にあおった。その、最後の一滴をも飲み乾した時だ。

「待ちなさぁぁぁいっ!」

「勘弁してくださいぃぃぃっ!」

葵と弓弦がもの凄い勢いで隆善達の目の前を駆け抜け、次いで紫苑、虎目、栗麿ももの凄い勢いで駆け抜けていく。彼らの巻き起こした風が、その場にいた者達の袖をふわりと持ち上げ、そして下ろした。

隆善は眉間にしわを寄せると盃を起き、立ち上がる。そして、今しがた駆け抜けていった者達に向かって怒声をあげた。

「うるせぇ! 夜中に騒ぐな! 簀子縁を走るな! お泊り会ではしゃいんでんじゃねぇぞクソガキども! っつーか、馬鹿栗は大人としての見本を見せやがれ! 一緒になってはしゃいでんじゃねぇ!」

青筋を浮かべて怒鳴る隆善に、残る三人は苦笑する。

「おやおや……瓢谷殿、まだ妻帯もしていないのに、まるで父親だね」

「ですよね。たかよし、僕よりもずっと父親らしいんじゃないの?」

「惟幸、お前それは流石にまずいと思わないか……?」

「……だよね」

惟幸と盛朝の会話に溜め息を吐きながら、隆善は元の場所に座り直す。そして、じろりと惟幸を睨み付けた。

「あぁ、まったくだ。十二年も、紫苑と葵の面倒を見てきたからな。妻帯もしてねぇのに、随分と所帯じみちまった」

そう言って、手酌で酒をあおる。そんな隆善に、女木が不思議そうに首を傾げた。

「想いを寄せる女人がいて、関係も悪くはないらしい。なのに妻帯しないのには、何かわけがあるのかい?」

言われて、しばし隆善は押し黙った。そして、惟幸と盛朝の興味が別に移っているのを目視で確認すると、ぶすりとした顔で呟く。

「……色々あんだよ」

その言葉に、女木は「そうか」とだけ呟くと、それ以上問うのを止めた。これ以上詮索したところで、恐らく答えは返ってこないだろう。

葵達は、騒ぐのをやめて眠りについたのだろうか。いつしか、邸内は静まり返り、足音も話し声も聞こえなくなっている。

あとはただ、皆で月を愛でながら酒を飲むばかり。どこからか、光を灯した蛍が現れて宙を漂い始めた。

月の光と、蛍の光。大きさの違う二つの光は、一見すると親子のようで。

親子のような二つの光に、此度の騒ぎを思い出しながら、大人達は静かに酒を飲む。

ただ静々と。ただ、静々と。










(第三章 了)











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