平安陰陽騒龍記 第三章









12









ふ、と葵が目を覚ますと、そこはいつもの葵が居室として使っている房……瓢谷邸の東対屋だった。見慣れた調度が視界に入ってきて、葵はほっと安堵の息を吐く。

すると、周りからもほっと安堵する息遣いが聞こえてきた。気だるいのを堪えて首を巡らせてみれば、そこには馴染みの顔が見える。

紫苑、弓弦、虎目、隆善、惟幸に盛朝。その顔触れに、葵は再度ほっと息を吐いた。そして同時に「あ、やばい」と密かに思う。

これまでに、何度も無茶を繰り返し、その都度誰かしらに「無茶をするな」と説教されている葵である。なのに今回も……いや、今回は無茶をしようとしたわけではないが、結果として今回も無茶をしてしまった。

怒られるか? 責められるか?

体を強張らせながら、葵は周囲の様子を窺った。だが。

誰一人として、怒った顔をしていない。皆、ただひたすらに、安堵している。弓弦や紫苑などは、少し泣きそうな顔ですらある。

「葵様……お加減は?」

「あ……うん、大丈夫。まだ疲れてる感じはするけど、嫌な感じはしない……かな……?」

そう言うと、弓弦は重ねて安堵の息を吐いた。紫苑達も再び安堵の息を吐いている。

「あの……怒らないんですか? その……また無茶をしたって……」

恐る恐る問うてみると、惟幸が「んー……」と苦笑しながら唸った。

「怒られたいの?」

「いえ、怒られずに済むなら、それが良いんですが……」

そう言うと、惟幸はまた苦笑しながら「そうだね……」と呟く。

「たしかに、あんな時に新たな魂魄を迎え入れて体力を消耗したのは怒りたいところだけど、状況的に仕方ないかな、とも思うからね。……虎目から話を聞く限り、今回は、葵も無茶をしないようにしていたけど、無茶せざるを得ない状況になっちゃったみたいだし」

「報告義務は怠らなかったし、多少判断の遅れはあったみてぇだが、無理に進まず引き返そうともした。なら、俺達には心配する理由はあっても、怒る理由は無ぇ」

そう言いながら、隆善は身を起こした葵の頭を無造作に掴むと、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。

その感触に、鬼に撫でられていた時の事を思い出し、葵は思わず笑った。

「……何笑ってんだ、気色悪ぃ」

「……たかよし、自分で撫でておいて、それはないんじゃないの……?」

惟幸が呆れた様子で言い、それから「ん?」と顔を顰めた。外に向かって、耳を澄ましている。

「……何か、聞こえるね」

言われて、一同は揃って耳を澄ました。たしかに、聞こえる。外の――更に向こう。邸の敷地外からだ。どどどどど……という足音と、「ひぃぃぃぃふぉぉぉぉぉ……!」という悲鳴であるように聞こえる。

瞬時に、隆善、紫苑、弓弦の顔が引き攣った。葵と惟幸、それに盛朝は、苦笑している。姿は見えないが、葵の中では荒刀海彦が渋い顔をしているのがわかる。

「まさか、こんな時に空気を読まずに現れるなんて……」

ぶつぶつと呟きながら、紫苑が立ち上がる。それに少し遅れる形で、隆善も立ち上がった。

「……シメてくる。詳しい話は後だ。葵、待ってる間、少しでも寝とけ」

言うや、紫苑と隆善は二人揃って足早に外へと行ってしまう。その後ろ姿を眺めてから、惟幸も苦笑して立ち上がった。

「……僕も行ってこようかな。たかよしや紫苑がやり過ぎないように、見ておいた方が良いでしょ。……盛朝」

「おう、俺も行く。弓弦、虎目。葵の事は任せたぞ?」

そう言って、盛朝も立ち上がり、惟幸と共に隆善達の後を追う。後に残された葵は、苦笑しながら弓弦と虎目に話し掛けた。

「今度は、何をやったんだろうね、栗麿……」

そう言うも、弓弦は肩を竦めるばかりだし、虎目からも返事は無い。そして、外からは尚も悲鳴が聞こえてくる。

毎度お騒がせな彼に対して、師匠と姉弟子がやり過ぎないように。そして、もう一人の師匠とその従者がちゃんと止めてくれるようにと、葵は心の内で密かに願わずにはいられなかった。










web拍手 by FC2