平安陰陽騒龍記 第二章




















「……と、いうわけでおじゃる。ね? 麿は、悪くないでおじゃるよ!」

「……微妙」

苦りきった紫苑の呟きに、その場の全員が唸った。たしかに、栗麿が相手を怒らせて暴走させたり、そもそもあの砂埃の主が栗麿の呼び出した鬼なり式神なりだという事ではない以上、栗麿が悪いと言い切る事は難しい。だが。

「おみゃーが馬鹿にゃ事をしにゃけりゃ、相手が驚いて昼間の京を騒がせる、にゃんて事も無かったんじゃにゃーか!」

「いい歳して転がったり縁の下に潜り込んだり、馬鹿かお前は! ……あぁ、馬鹿だったな……!」

虎目と隆善は、頭から湯気を出しそうな雰囲気だ。荒刀海彦が主導権を握ったままの葵と、紫苑も栗麿を睨んでいる。惟幸は苦笑し、そして弓弦が呆れたように溜め息を吐いた。

「ですが……これで、その砂埃の主とやらがどのように姿を隠してきたのかはわかったように思われます。恐らく、紫苑様が仰る通り、夜のうちに京に入ってきたのでございましょう。そして、京の中を駆け巡り、築地塀や築島を破壊した後、栗麿めの邸の下で穴を掘り、昼の間はそこに潜んでいた……そういう事でございますね?」

『そんなところだろうね。敷地内に侵入して築島を壊せたのも、穴を掘って中に入ったから……かな?』

惟幸が頷くと、主導権を取り戻した葵が不思議そうな顔をする。

「けどさ、栗麿。そういう理由なら、何で話すのを躊躇ってたのさ? いつもに比べたら、そこまで隠すべき事じゃないと思うんだけど……」

すると栗麿は「だって……」と肩を縮こまらせた。

「何を言っても、絶対に瓢谷と紫苑に難癖つけられて殴られると思ったでおじゃるから……」

「お望み通り、今すぐぶん殴ってやるよ、この馬鹿!」

「人を何だと思ってるの、この馬鹿!」

隆善と紫苑が揃って腕まくりをし、栗麿は「ひぃっ!」と叫んで惟幸の後ろに再び隠れた。しかし、小柄で痩せている惟幸の後ろに肥満気味の栗麿が隠れたところで、隠れ切っていない。

『まぁまぁ、たかよしも紫苑も、喧嘩は後にしないと。話が長引くと、葵が休めなくて可哀想だよ?』

惟幸の言葉に、隆善と紫苑が葵をチラと見る。そして紫苑は口を噤み、隆善は栗麿を睨んで激しく舌打ちをした。ガラが悪いと苦笑しながら、惟幸が口を開く。どうにも、彼以外が口を開くと、その場で栗麿の糾弾が始まってしまい、話が進まなくなりそうな様子だ。

『じゃあ、次の疑問点なんだけど……』

「あ、待ってください惟幸師匠。その前に……」

少し疲れてきた様子ながら葵が口を開き、惟幸が首を傾げた。葵は呼吸を整え、そして問う。

「惟幸師匠達が俺を助けてくれた時……何か感じましたか? 相手が何者なのか、みたいな……」

『そうだね……』

腕組みをし、俯きしばし考えて。皆が注目する中で、惟幸は「あぁ、そうだ」と顔を上げた。

『何か、生まれたて、って感じがしたかな?』

「生まれたて……でございますか? それは、末広比売と同じような……?」

弓弦が問うと、惟幸は少しだけ唸った。

『ちょっと、違うかな? 幼いと言えばたしかに幼いんだけど、末広比売よりももっと幼いというか……思考に関しては本当に赤ん坊同然なんだけど、行動力に関してはかなり成長しているというか……』

「要領を得ねぇな。何が言いたいんだ、お前は?」

苛立っている様子の隆善に、惟幸は「慌てないでよ」と苦笑する。どうやら、自分が感じた事をできるだけ正確に伝えるのに適した言葉を探している様子だ。

『そうだな……生まれたばかりの子どもと言うよりは、動物……うん、動物が人間になろうとしている、って感じだったかもしれない。そんな気配が伝わってきたよ。あの砂埃の中から』

「動物……?」

呟き、葵ははたと思い出す。たしかに、あの砂埃の主の動きは動物めいていたかもしれない。それに、砂埃が薄まった時に見えた、光る眼。そして、低い唸り声。

「言われてみれば、たしかに……」

動物のようだった。砂埃の主も、そして……。

「あ!」

思い出したように、葵は短く叫んだ。すると、惟幸が黙ったまま頷く。す、と葵の胸を指差した。

『そう、最後の疑問。あの、砂埃に隠された何かに追われていたという白い物は何だったのか。僕は見ていないんだけど、どうやら葵の中に逃げ込んだみたいだから……呼び出してもらえれば話が早いんだけど……』

「はぁ……」

あまり実感が無いが、そう言えばあの白い何かは葵の中に入り込んだのだった。しかし、何故ここまで実感が無いのか。首を傾げながら、葵は意識を己の内に向ける。

己の内に意識を集中させても、あの白い動物のような霊魂の気配は感じられない。荒刀海彦と末広比売の気配があるだけだ。

「荒刀海彦……」

『葵、一旦完全にこちらだけに意識を寄越せ。取り込んだとは言え、お前の許可無く勝手に入り込んだ魂だ。何か切っ掛けが無いと、同調は難しい。同調せねば、私にも上手く奴の気配を見付けられぬ』

「切っ掛け?」

首を傾げ、葵は荒刀海彦の言葉を皆に伝えた。手間がかかると思ったのか、即座に荒刀海彦が体の主導権を握る。

「葵が取り込んだ霊魂と同調し、常に気配を感じる事ができるようになるためには、何か一つ、切っ掛けが必要だ。例えば私なら、龍脈と繋がっている井戸から大量の神気を取り込むまでは、私が葵の中にいる事にまるで気付かなかっただろう? 同様に、私も葵の見聞きした物を己の情報として取り込む事ができず、外の様子がまるでわからなかった」

「何か大きなショックを与えると、それまでわからなかった内なる魂と意思疎通ができるようになる……そういう事でおじゃるか?」

荒刀海彦は、葵の顔で「お前は喋るな」とでも言うように栗麿を睨んだ。そして、ため息を吐く。

「まぁ、たしかにそこの馬鹿が言う通り、大きな刺激を与える事で互いの存在に気付き、意思の疎通ができるようになる。もっとも、刺激なら何でも良いというわけではない。神気の大量摂取、命に関わるような怪我や病。特に取り込んだ霊魂と同調し易くなる切っ掛けだ」

「荒刀海彦の場合は、大量の神気。末広比売の時には、エネルギー切れで死にそうににゃってたにゃー」

虎目が言うと、荒刀海彦は「いや……」と呟き、首を横に振った。

「末広比売の魂は、葵が自ら招き入れた物だ。切っ掛けと言うのであれば、呼び込もうと決意した葵の意思がそれに他ならない。死にかけたのは葵が無茶をした結果であって、そのために末広比売と同調できたのかと言うと、それは違う話だ」

「えーっと、つまり……」

紫苑が難しそうな顔をしながら、視線を宙に遣った。喋りながら物事を考えている様子だ。

「例えて言うなら、葵の体は邸みたいな物で、その邸の主人が葵って事だよね? すえちゃんは葵が招き入れたお客さんみたいなもので、だから葵はすえちゃんがそこにいる事もわかっているし、すえちゃんも葵の事がよく見えている。荒刀海彦や今回の何かは、勝手に入り込んだ挙句に塗籠とかに隠れちゃってて、主人である葵もすぐにはいるかどうかに気付けないでいる。隠れた方も、隠れているから、邸の主人である葵が今どこにいて何をしているのかがわからない。……荒刀海彦に限って言えば、神気を体調に取り込んだ事で塗籠から放り出されて、葵と邂逅。そのままその邸に住む事を許されて現在に至る……って事?」

「不名誉な例えだが、そんなところだな」

苦笑して頷き、そして荒刀海彦は己の内側に向かって言葉をかけた。

「そういうわけだ。葵、今から体を眠らせ、我らは邸内に隠れている侵入者を探し出す行動に移る。見付け次第接触し、そのまま体に宿らせるか追い出すか……お前が決めろ。良いな?」

『うん』

体の内側で葵が頷いたのを確認すると、荒刀海彦は頷き、惟幸達に視線を遣った。

「そういうわけだ。葵自身の疲れも酷い故、このまま眠る事にする。何かあれば、起こして構わぬ」

「何でお前がし切ってんだよ」

不機嫌そうに隆善が言うが、既に葵の体は目を閉じ、寝息を立て始めている。一同は顔を見合わせ、そして険しい顔で葵の寝顔を見詰め続けていた。











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