平安陰陽騒龍記











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『おろちの末を助けるだと? 一体、何を考えている!?』

身体の奥から、荒刀海彦が怒鳴りつけてくる。傍らの弓弦と虎目も、唖然としている。何とか説明しようと、葵は必死になって言葉を探した。

「何て言うか……おろちの仔の魂魄は、まだ完全に邪気に染まりきってないように見えるんだよ。真言を唱えれば唱えるほど、こびり付いてた邪気が剥がれ落ちていくような感じがすると言うか……。それに、さっき微かにだけど、聞こえたんだ。やめて、って叫ぶ、小さな子どもみたいな声……」

『子ども……』

荒刀海彦が、僅かながら反応した。畳み掛けるように、葵は「そう」とはっきり頷く。

「生まれたばっかりなんだもん。きっと……身体は大きくても、まだまだ子どもなんだよ。それが、生まれる時に邪気を使ったものだから、そのまま魂魄が邪気に染まって……あんな風に相手を襲ったり、人を食べようとしたりしちゃったんだよ!」

『ふむ……生まれ出るためには、邪気の爆発的な力が必要だった。しかし、邪気を取り込み続けたために、魂魄が邪気に染まってしまった……そういう事か。皮肉な話ではあるが』

納得したのか、荒刀海彦の気配が頷いている。そして、「それで?」と葵に問うた。

『お前が、おろちの魂魄を救いたいと思っている……それはわかった。だが、どうするつもりだ? このまま邪気が完全に落ちるまで、真言を唱え続けるか?』

「……これ以上は、危ないと思う。魂魄のどこまでが邪気に染まっちゃってるのかわからないけど、下手したら邪気に染まって無い部分の魂魄まで調伏しちゃうかもしれないし。だから……」

『だから?』

問う荒刀海彦に、葵は少しだけ考えるそぶりを見せた。

「……ねぇ、荒刀海彦。十二年前に、師匠達に荒刀海彦が言った事によると……俺には、憑代の才があるんだよね?」

『ん? ……あぁ。普通の人間が憑代となれば、心が壊れてしまう事もあるが……お前には才がある。憑代となっても心を保ち、人であり続ける才がな』

荒刀海彦の答に、葵は「そっか」と呟いた。そして、考える顔のまま、更なる問いを言葉に載せた。

「なら……あのおろちの仔の魂魄を、俺の中に呼ぶ事って、できるかな?」

『何……?』

「今のままだと、話もできない。けど、俺の中に呼ぶ事ができれば、話をする事ができるんじゃないかな? 俺と荒刀海彦が、こうして話をしてるみたいに」

『正気か!?』

荒刀海彦の気配が目を剥いたのが、葵にはわかった。弓弦と虎目も、険しい顔をしている。

「……わかってる。魂魄を呼び込むのは身体にもの凄い負担がかかって、危険だって。十二年前に荒刀海彦の憑代になった時、意識が無くなるぐらいの熱を出したし。今だって、荒刀海彦が頻繁に出入りすると、やっぱりちょっと疲れる感じはするし……自分で経験してるから、危険な事は本当によくわかってるつもりだよ、俺」

『いや、わかっていない! 十二年前は、何者も入っていない空の状態であるお前に私が入っただけだ。それでも、あの状態だったのだぞ。今度は、既に私が入っている中に更に呼び込む事になる……命を落とすかも、という話ではない。命を落とすぞ!』

「……死なないよ」

激昂する荒刀海彦に対して、葵は酷く冷静に言った。

「俺は死なないよ。……根拠は無いけど、でも何か、わかるんだ。生き残って、またみんなと過ごして……思い出を作れるって」

『……』

しばらく黙っていたかと思うと、荒刀海彦は「くそっ」と吐き捨てるように呟いた。

『良いか、お前が危険だと判断したら、私は無理矢理にでも止める! 一度の機会で救えなんだら、もうおろちの魂魄の事は諦め、その場で調伏するんだ。……お前が死ねば、我が娘や、お前の周りの者達が悲しむという事、決して忘れるな。良いな!』

一気にまくし立てる荒刀海彦に、葵はきょとんとした。そして、プッと噴き出すと、笑いを堪えながら「うん」と頷いた。そして、弓弦と虎目に目を向ける。

「約束するよ。絶対に、無茶はしない。……全部終わったら、みんなで遊びに行こうよ。俺と、弓弦と、虎目と。紫苑姉さんや師匠達に栗麿、荒刀海彦に……それに、おろちの仔も一緒にさ」

横から、虎目の「死亡フラグを立てるんじゃにゃーわ」という非難がましい声が聞こえた。よくわからないが、あまりよろしくない事を言ってしまったらしい。

葵は「ごめんごめん」と苦笑して謝ると、視線をおろちの魂魄へと向けた。そして両手を魂魄へと伸ばし、「おいで」と言う。優しい声で、あやすように。

「おいで……俺は君と、話がしたいんだ。……怖くないよ。大丈夫だから、こっちへおいで。君の事を、聞かせて。君が何を望んでいるのか、教えてよ」

声が聞こえてか、聞こえないでか。魂魄はゆっくりと降りてくる。

やがて魂魄は葵の手の中へと収まり、そして葵の中へと消えていった。










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