平安陰陽騒龍記











32












閃光は鬼達を焼き、雷鳴はその断末魔を掻き消していく。あれほどいた鬼達が、あっという間に姿を消していく。

これほどまでの術を使える者を、葵は一人しか知らない。葵だけではない。紫苑も、虎目も、心当たりは一人しか無いだろう。

京の中では見るはずのないその心当たりに、二人と一匹は息を呑んで声の聞こえた方角へと振り向いた。葵達が来たのと同じ道を、一人の青年が走ってくる。

「紫苑! 葵、虎目! 間に合ったみたいだね。……良かったぁ……」

駆け寄るや否や、青年――惟幸は二人と一匹を掻き集めるようにして抱き締めた。

「こっ……惟幸師匠! 何でここに!?」

目を白黒させる葵達に、惟幸は二人と一匹を解放しながら苦笑した。

「何でって……荒刀海彦の遺子は現れるし、京からものすごい量の邪気は漂ってくるし。おまけにたかよしから、緊急事態だから四の五の言わずに京に来い、なんて文が届いたらね。流石に、動かないわけにはいかないよ」

「けっ、けど父様! 母様は!? 盛朝おじさんも京に来てるし、父様まで京に来たら……母様一人の時に鬼が来たら危ないから、父様は今まで京に一切来ないようにしてたんじゃ……」

惟幸は、「緊急事態だからね」と少しだけ困ったように笑って見せた。

「りつも一緒に、京に来てるよ。たかよしの邸にいれば、丈夫な結界も張ってあるから安心だし。結界だけなら、庵で待っててもらっても良かったけど……やっぱり、僕よりたかよしの張った結界の方が頑丈だしね。……そうそう。栗麿も今はたかよしの邸に避難させてあるよ。奥方は麿が立派に守ってみせるでおじゃる! って意気込んでくれてたっけ」

「……栗麿が? 母様を守る?」

「全っ然、安心できにゃいにゃー……」

あまりに不安げな一人と一匹の様子に、惟幸は一瞬唖然とした。そして、取り繕うように言葉を加える。

「……それと、ここへ来る途中で弓弦を探す盛朝にも会ったから、たかよしの邸に戻るように言っておいたよ」

「にゃら、安心だにゃ」

「うん、盛朝おじさんがついているなら、間違い無いね」

紫苑と虎目の言葉に、惟幸は「こらこら」と呆れ、そして再び苦笑した。

「彼は彼で、怖いのを堪えながら頑張ってたんだから。……とにかく、そういう訳でね。京へ来て、たかよしの邸へ行こうとしてたら、当のたかよしと会ったから事情を簡単に聞いて。それで邸へ着いたら、丁度みんなが飛び出して行くところだったんだ。それで、りつを邸に待機させておいて、僕はみんなを追い掛けてきたんだよ」

惟幸が説明する間に、再び多くの鬼達がわらわらと集ってきた。鬼達は、惟幸の姿を見ると、「ほう……」と目を丸くする。

「あれは……賀茂(かもの)惟幸……」

「二十年前に京から姿を消した、賀茂家の迷い子が……京に戻って来たのか!」

「賀茂惟幸? 賀茂家と言うと、あの?」

「そう。あの安倍家と肩を並べる陰陽師の名門、賀茂家の事よ。奴はその賀茂家の倅の一人。二十年前、下女と恋仲になり京を出奔したと聞く」

「出奔するまでに三年間、邸に戻らず、京を彷徨い。幾度も百鬼夜行に出会っていたにも関わらず、生き延び続けた稀なる術師。神か仏の加護があるに違い無いと、当時我らの間では噂になったものよ」

「なった、なった。その肉を喰らえば寿命が延びると考え、当時まだ童子であった賀茂惟幸に挑み、無残に散った鬼もおったものよ」

「あれは考えが甘かったのだ。徒党を組み、囲むように襲えば、いくら才溢るる術師と言えどもひとたまりもあるまいに」

「ならば、今であれば……!」

「今なら、我らに数の利がある。我らにも勝機はあろうぞ」

「ならば、襲うか?」

「おう、襲おうぞ。そして彼奴の肉を喰らい、永き寿命を得ようぞ」

あっという間に伝搬していく鬼達の話し声に、惟幸は、はぁ、とため息をついた。その顔は、とても不機嫌そうだ。

「たかよしと虎目の嘘吐き。僕の事を覚えてる鬼(ひと)、まだこんなにいるじゃないか」

見られたわけでもないのに、虎目はフイッと顔をそむけた。そんな彼を咎める事無く、惟幸は再びため息をつく。

「……まぁ、会っちゃったものは仕方ないよね。……葵」

「はっ、はい!」

惟幸の、鬼達からの狙われっぷりに少々呆けていた葵は、慌てて背筋を伸ばした。そんな葵に、惟幸は羅城門を指差して見せる。

「今なら、楽に門を通れるはずだよ。ここは僕と紫苑に任せて、弓弦のところへ行ってあげるんだ。……明藤(あけふじ)、暮亀(くれかめ)、宵鶴(よいづる)」

惟幸に呼ばれ、三体の式神が姿を現した。女官姿の明藤、翁の姿をした暮亀、武人の鎧をまとった宵鶴。その三体が、全てを心得たと言わんばかりに惟幸に頷き、葵の傍らへと移動する。

「道々で葵に襲い掛かる鬼や蛇の相手は明藤達に任せて、葵はただ走る事に専念するんだ。良いね?」

「わかりました。……ありがとうございます、惟幸師匠!」

頭を下げ、そして葵は羅城門へと向かって走り出す。その後に虎目も続いた。その後ろ姿を見送ってから、惟幸はおもむろに振り返り、真言を唱えた。

「ナウマク、サンマンダ、ボダナン、オン、マリシエイ、ソワカ! オン、アミリトドハンバ、ウムハッタ!」

不意打ちを食らわせようとしていた鬼をとりあえず葬り去り、惟幸は紫苑の方へと顔を向けた。

「それじゃあ……たかよしの元で修行して、どれだけ強くなったか。父様に見せてくれるかな、紫苑?」

紫苑は、「勿論!」と元気良く笑って見せた。

「すっごく強くなったところを見せて、もう当世一の陰陽師の座はボクに明け渡して、京で母様と楽隠居しても大丈夫かな、って思わせてあげるんだから!」

「……あぁ。結局あのゆずりはって、そういう意味も込められてたんだ……」

苦笑しながら、惟幸は数珠を持ち直した。それに倣って、紫苑も数珠を構え直す。

襲い来る鬼達に、父娘は声を揃えて真言を唱えた。








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