平安陰陽騒龍記













30














「これは……予想以上だにゃ……」

京の少路に出たところで、虎目が愚痴るように呟いた。愚痴りたくなるのも、無理は無い。少路には、先ほどよりもさらに大量の蛇。更には魑魅魍魎から巨大な鬼まで、多くの妖しの物が蠢いている。

「葵、大丈夫? 気分が悪くなったりしてない!?」

大量の蛇に自らも顔をしかめながら、紫苑が問う。葵はただ、「大丈夫です」とだけ答えた。嘘ではない。先ほどの動悸が嘘のように、葵の脈と心は落ち着いている。

その落ち着きを乱そうとするように、数匹の蛇と、数体の鬼が葵達に襲い掛かってきた。

「ふっ……ふぉぉぉぉっ! いっぺんに来るなでおじゃるよぉぉぉっ!」

慌てて腕を振り回す栗麿をよそに、葵と紫苑は不敵に笑う。数珠を取り出し、背中合わせになって。叩きつけるように真言を唱えた。

「オン、マユラ、キランディ、ソワカ!」

「ナウマク、サンマンダ、バザラダン、センダ、マカロシャダ、ソハタヤ、ウン、タラタ、カンマン!」

唱えた途端に蛇達は散り、鬼達は姿を霧散させていく。間髪入れずに襲い掛かってきた第二陣も、同じ運命を辿った。

「けど……やっぱり数が多過ぎる! 全部相手にしてたら、弓弦ちゃんを探すなんてできないよ!」

確かに、その通りだ。一歩進むか進まないかのうちに次の戦闘に突入していたら、弓弦探しどころか一間進む事すらままならない。もたもたしている間に、おろちの仔が誕生してしまうかもしれないというのに。

「……なら、ここは麿が引き受けるでおじゃる!」

「……え!?」

突然の栗麿の発言に、葵と紫苑、そして虎目は目を丸くした。

「ちょっと、どうしちゃったの栗麿!? いつもなら、こんな場面で真っ先に逃げ出すのに!」

「引き受けるって……俺達を先に行かせて、栗麿が一人で戦うって事!?」

「おみゃー、にゃんか悪い物でも食べたのかにゃ!? そんにゃ殊勝にゃ事を言うにゃんて……!」

言いたい放題の二人と一匹に、栗麿はうぉっほんと大仰に咳払いをして見せた。

「何を言っているでおじゃるか? 麿はずっと、こんな機会を待っていたのでおじゃるよ! ……そう、麿が活躍し、麿の実力を紫苑達に見せ付け、麿の凄さを認めさせる、この機会を!」

胸を張って言う栗麿に、二人と一匹は思わず呆れ顔になった。

「おみゃー……こんにゃ時に自分の凄さを見せ付けるとか……やっぱり、馬鹿にゃんだにゃー……」

「うっさいでおじゃるよ、化け猫! そんなわけでおじゃるから、今からここは、麿の独壇場でおじゃる! 葵達に出番は無いでおじゃるから、さっさと弓弦を探しに行くでおじゃる!」

シッシッと追い払う仕草をすると、栗麿は葵達の返事も待たずに蛇や鬼の群れへと自ら突っ込んでいく。突然変な物が飛び込んできた事で、蛇達に隙ができた。

「今にゃ! 二人とも、走るにゃ!」

虎目の合図で、葵と紫苑は走り出す。二人と一匹は、ちらりとだけ後を振り返った。栗麿が手足をばたばたと振り回し、蛇達を牽制しているように見えた。……恐らく、そう見えるだけなのだろうが。

「栗麿、ごめん! それから、ありがとう!」

「あんまり無茶しないでよね! ボク達の為に栗麿が死んだ……なんて話はごめんだよ!」

「馬鹿は馬鹿らしく、全部が終わった後に何事もにゃかったようにゃ顔して出てくるにゃ! 今オイラに見えてるおみゃーの未来、絶対に変えるんじゃにゃーぞ! わかったにゃ!?」

口々に叫んで走っていく葵達を見送りながら、栗麿はフッと笑った。そして次の瞬間、顔が情けなくぐにゃりと曲がる。

「あわわわわ……やっちまったでおじゃる……! 何で麿はこんな時に、見栄張ってカッコつけてしまったんでおじゃるか! 麿の馬鹿! 麿の馬鹿! 麿の馬鹿ーっ!」

半泣きになりながら、バタバタと腕を振り回す。その様子があまりに鬼気迫っているためか、蛇や鬼達も攻めあぐねている。……と言うか、ドン引きしているように見える。ある意味、栗麿がこの場に残ったのは正解だったのかもしれない。

しかし、武官でもない人間がいつまでも一人で暴れ続けている事が出来るわけは無く。やがて疲れてしまったのか、栗麿の動きが鈍り始めた。この時を待っていたと言わんばかりに蛇達が鎌首をもたげ、鬼達が腕を振り上げる。

「ヒッ……」

思わず声を裏返らせ、栗麿は天を仰いだ。

「瓢谷! 紫苑! 葵、化け猫ぉーっ! 誰か、助けるでおじゃるよぉっ! 麿は……麿はまだ死にたくないでおじゃるーっ!」

「そんなに怖いのに、紫苑や葵を助けるために残ってくれたんだ。栗麿って、面白いだけじゃなくて良い人なんだね」

突如後方から声がかかり、栗麿は叫ぶのをぴたりと止めた。そして声の主を振り返り、ぱあっと顔を輝かせる。

「おぉ、其方は……!」








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