ガラクタ道中拾い旅















第七話 闘技場の謀















STEP4 変化を拾う





























「それにしても……ワクァ様が王子殿下であらせられたなんて、本当に驚きましたわ!」

ゲスト席へと向かう道すがら、ファルゥが興奮を隠しきれない様子で言った。ヨシとファルゥの後では、ニナンとシグが何やら親しげに話をしている。歳が近い同性同士、気が合ったのかもしれない。その様子を、更に後を歩くトゥモがニコニコと眺めている。

そんな微笑ましい一行がゲスト席へと辿り着いた時。ヨシが、ギクリと立ち止まった。ゲスト席には、既に王と王妃、ウトゥアやカロスの他、複数のゲストが坐している。

因みに、今回のゲストとは、国内に集落を持つ比較的大きな部族の族長達の事だ。つまり。

「よう、ヨシ! 元気そうだな!」

「お久しぶりですね。先だっては、ワクァさんと共に大層なご活躍をなさったようで……」

「パパ! それに、ショホンさんも……!」

バトラス族の族長にしてヨシの父親、リオン=リューサー。そして、ウルハ族の族長、ショホン=シルトがそこにいた。

親子の対面に、近くに坐していた王と王妃が微笑んだ。その王の視線が、ヨシ単体へと向く。

「おや、ヨシ君。ワクァと一緒なんじゃなかったのかな? 闘技大会を予選から観たいと言って、朝から皆で城を出たという話だったが……」

「あ、あぁ……その。ついさっき、旅をしていた時に知り合った人とたまたま会ったのよ。それで、少し話してから行くから、先に席へ戻っていろって……」

苦し紛れの嘘だが、王と王妃は信じたようだ。満足そうに頷いている。

「え、えぇっと……ところで、その人は? パパ達の横に座ってるって事は、どこかの部族の族長さん?」

話を逸らそうと、ヨシは無理矢理話題を変えた。リオンとショホンの、更に向こう。擁壁によって日陰になった席に、もう一人大人が坐している。

年の頃は、三十代の後半だろうか。髪も肌も、雪のように真っ白い。そして、その顔は思わず見惚れてしまう程美しかった。どこか、王妃やワクァに似ている気がする。

「あぁ、ヨシ君はまだ会った事が無かったか。彼は、フォウィー=メイジン。フーファ族の族長で、ミトゥー――王妃の従弟でもある」

フォウィーがヨシ達に顔を向け、軽く会釈をした。仕草が、どこかワクァに似ている。彼がワクァの親戚であると知ったから、そう思ってしまうだけだろうか。

「それにしても……流石は年に一度の闘技大会! 他部族の族長も観に来ますのね!」

そう言ってから、ファルウは慌てて姿勢を正した。

「あっ……失礼を致しました、陛下。わたくしは、マロウ領が領主フラウ=マロウが次女、ファルゥ=マロウと申します。こちらは、わたくしの友人であり、弟でもあるシグ。ワクァ王子殿下のお城への復帰を祝うため、参上致しました。両陛下にお目にかかれて、恐悦至極でございますわ」

「ほう……フラウの……」

目を細めて、王は頷いた。

「遠路はるばる、よく来てくれた。ヘルブ街に滞在する間は、大いに楽しんでいくと良い」

「さて、他部族の族長も闘技大会を観に来る……という話だったな」

新しいおもちゃを手に入れた子どものような笑顔で、リオンが話を戻した。ヨシは何故かそこで、嫌な予感を覚える。

「確かに招待はされるが、闘技大会を観に来るかどうかは各自の自由だ。陛下は、そこんトコは寛容だからな。無視したところで、怒りはしねぇ」

「じゃあ、やっぱり闘技大会が楽しそうだから観に来るの?」

ニナンの問いに、リオンは「ふむ」と唸った。

「ちょっと違うな。確かに、最強の戦闘民族と謳われるバトラス族の者として、純粋に観たいと言う気持ちはある。だが、それ以外の目的もあってな」

「目的?」

ヨシが首を傾げた。リオンは、頷く。

「今後の戦闘スタイルの参考になるかもしれねぇからな。最強の戦闘民族っつったって、ボーッと同じ事を続けていればいつかは誰かにやられちまう。俺達にとって、負けっつーのは死ぬも同然だ。バトラス族が戦うのは主に防衛のためだからな」

そこで、リオンは一旦言葉を切り、少しだけ疲れたように息を吐いた。

「負けねぇため、自分達が更に強くなるために、新しい戦闘の情報は漏らさず仕入れておきたいってわけだ。だから今日、この場所には、俺以外にも何人ものバトラス族が見物に来てる。ヨシ、お前と同年代の奴らもな」

「……」

ヨシは、黙り込んだ。少しだけ重くなった空気を払しょくするように、ショホンが慌てて口を開く。

「ウルハ族も似たような理由ですよ。防衛のために、新しい情報はどんどん取り込んでおきたいですからね。ウルハ族は戦闘が苦手ですから、新しい戦闘スタイルが現れたらどんどん対抗策を講じていきませんと、一族が壊滅しかねません」

「フォウィー、お前んトコはどうなんだ? そういや、お前だけはこの大会、予選から観ていたようだが……フーファ族ってのは、そんなに闘技試合を観るのが好きな民族だったか?」

リオンに問われると、フォウィーは本戦一試合目が始まった石舞台から目を離さずに「そうだな……」と呟いた。

「端的に言えば、嫁取り、婿取りのためだ」

「……はい?」

思わず、子ども達は聞き返した。嫁取り、婿取りのために闘技大会を観に来ると言われても、ピンとこない。

その空気が伝わったのだろう。フォウィーは相変わらず石舞台を眺めたまま、言葉を継いだ。

「我がフーファ族は、全ての民が美しい民族だと言われている。それを我らも誇りに思い、その血を薄めず続くようにしてきた。……が、あまりに同族ばかりで婚姻を繰り返し、血が濃くなり過ぎると、今度は逆に美しさや強さを失ってしまうという」

「あ、だから闘技大会に相手を探しに来るんスね? 闘技大会に出るような人なら、まず間違いなく健康体っス!」

フォウィーは頷いた。

「そうだ。闘技大会に出ている者の中から、我がフーファ族に混じり暮らしてくれそうな者を探す。勿論、フーファ族の美しさを保つため、一定以上の容貌を持っている事が最低条件だが……」

「なるほどな。見た目がそれなりの奴は、大抵予選で荒くれ男達にのされて敗退しちまうからな。予選から観なけりゃ、お前の気に入るような奴を見付けるのは難しいって事だ」

「そういう事だ」

相変わらず、フォウィーは石舞台を観たままだ。

「それで……良さそうな若者はいたのですか?」

ショホンの問いに、フォウィーは「あぁ」と頷いた。

「強さも、体のしなやかさも申し分無い。隠しているが、顔も美しいと雰囲気でわかる。……丁度、今出ている。あいつだ」

そう言って、フォウィーは石舞台を指差した。舞台では、今まさに本戦一戦目が決着したところだ。

そこでヨシは「ゲッ」と呟く。しかし、その呟きが聞こえた者は幸か不幸か、一人もいなかった。

「勝者、リラ=グラース!」

審判の声が響き、歓声が沸く。そんな中、ショホンが「おや」と首を傾げ、リオンが「あぁん?」と唸った。

「……おい、ガキども」

ヨシを初めとする子ども達が全員、ビクリと震える。そんな彼女らに、リオンは呆れたように問うた。

「何でワクァが、闘技大会に参加してんだ?」

その瞬間、ヨシを初めとする子ども達は全員額に手を当てた。「あちゃー……」という呟きまで聞こえてきそうだ。

子ども達の様子に、ウトゥアがブハッと噴き出した。腹を抱えて、大笑いしそうになるのを必死に堪えている。体全体が小刻みに震えていて、どう見ても堪えきれていないが。

「ウトゥア……その様子だと知っていたのか?」

唖然としていた王が、ウトゥアを軽く睨み付けた。するとウトゥアは、目に涙を溜め、未だに笑いを堪えてプルプルと小刻みに震えながらも「いえいえ」と首を振る。

「わざわざ王子殿下が大会に関わるかどうかなんて占ってませんからね。私も、今初めて知りましたよ。……と言うか、変装って。あれ、何? ヨシちゃんの発案?」

「剣に刻み込まれたタチジャコウ家のタイムの紋は布や皮で隠したのか。更にマントで体形をわかり難くし、フードと口布で顔を隠して……。たしかに、付き合いが浅い奴相手ならあれでも通用するだろうけどなぁ……」

「私やリオンさんは、ウルハ族の集落でワクァさんと共に戦っていますからね。ワクァさんの体運びの癖などは、何となく把握しています」

「あれがミトゥーの息子か。……我が一族の血を引いているのであれば、美しくて当然だな。婿に迎える事ができないのは残念だが」

フォウィーが唸ったところで、ウトゥアが再度問うた。

「……で? 発案者は誰?」

トゥモが、恐る恐る手を挙げた。ニナンが神妙な顔で「僕も手伝った……」と呟く。ヨシも「私も……」と挙手してみせる。ウトゥアが、遂に堪えきれなくなったという顔でげらげらと笑い出した。

「……だそうですよ、陛下。どう考えても、三人とも悪気は無いでしょう。この大会に興味を持っている王子殿下のために皆で協力した……。良い友人がいて、何よりじゃありませんか」

王はしばらくの間渋い顔をしていたが、やがて「はぁ」と息を吐き出した。そして、王妃と共に苦笑する。

「出てしまった物は、仕方が無いな。……ヨシ君、トゥモ。あの子に伝えてきてくれないか? 視界が狭いのは危ないから、変装をやめるように……と」

「……はい」

「承知しました」

二人揃って頷き、ワクァの元へ急ごうとする。すると、ヨシの背にリオンが声をかけた。

「……おい、ヨシ」

「……何?」

振り向かないまま、ヨシは問う。そんな娘の態度を意に介す事無く、リオンは話を続けた。

「何かあった時には、お前の好きなように動け。次期族長としての覚悟ができたのであれば、バトラス族の民はお前に従う。これは、お前のダチだけじゃねぇ。全バトラス族の総意だ」

「……」

返事をする事無く、ヨシはトゥモと共に駆け出した。その姿をやや厳しい目で見送ってから、リオンは視線を石舞台へと戻す。

闘技大会は第一戦が全て終わり、二戦目へと突入していた。










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