ガラクタ道中拾い旅















第七話 闘技場の謀















STEP4 変化を拾う




























大会は進む。

毎年行われる行事で運営係も観客も慣れているのか、大きな問題も悲惨な事故も起きる事無く、サクサクと進む。

第二戦目も順調に進行し、残すところはあと一試合だ。この試合が終われば、勝ち抜いた選手は八人まで絞られる。

「第二戦目、第八試合! リューグ=フェイダリム、対! リラ=グラース!」

審判が選手の名を大きな声で告げると、観客達から大きな歓声があがった。

「いけぇっ、リューグ! 正体不明のよくわからん奴なんかぶちのめしちまえっ!」

「リラっ! 今回も瞬殺、期待してんぞーっ!」

「リラ様ーっ! 頑張ってーっ!」

「いい加減、顔見せろーっ!」

「どっちも健闘してくれよーっ!」

様々な色を持つ歓声に苦笑しながら、ワクァは石舞台に登った。そして、対戦相手と共に構え、いざ試合開始と思われた。その時だ。

「はい、その試合ちょーっとストーップ!」

突然の。歓声をも上回る大声に、闘技場は一気に静まり返った。観客も、審判も、ワクァも、対戦相手のリューグも。皆一様にぎょっとして、声のした方へと視線を向ける。

そこには、ライオンの鬣色をした髪を三つ編みにした少女と、どこか抜けていそうな顔をした兵士が一人、立っていた。ヨシとトゥモだ。

「ヨシ! それにトゥモも……何を考えているんだ!?」

思わず叫んだワクァに、ヨシは「バレたわ!」とだけ叫んだ。

「……は?」

「だから、ワクァが闘技大会に参加してる事が、王様にバレたって言ってるのよ! それで、視界が狭いのは危ないから、変装はやめなさい、だそうよ!」

「……」

シンと静まり返った中、ワクァは額に手を当てた。遅ればせながら、先ほどヨシ達が取ったポーズとほぼ同じだ。そして、はぁ、と息を吐く。

「まさか、こんなに早くバレるとはな……」

「ゲスト席に、パパ達がいたの。見た目は隠せても、体運びでバレバレですって!」

「……覚えておく」

そう言うと、ワクァはマントに手をかけた。留め具を外し、マントと口布を石舞台の下へと放り投げる。視界が、一気に広くなった。

そこでワクァは、審判と、リューグへと視線を向けた。済まなそうに、軽く会釈する。

「進行を邪魔してしまって済まない。いつでも再開してくれ」

しかし、審判達は中々次の行動を開始しようとしない。観客達も、あれほど顔を晒せだの何だのと言っていた割に、静かだ。

「……?」

ワクァが訝しげにしていると、次第に辺りがざわつき始める。

「おい……マジでイケメンなんだけどよ……」

「いや、イケメンっつーよりは……すっげー美人?」

「綺麗……。何、あの人……男? 女?」

「っつーか、それよりも……。さっき、あの女の子……リラの事、ワクァって……」

「え、その名前って……たしか、この前十六年ぶりにお城に戻ってきた王子様の……」

「そう言えば、あの顔……お后様にそっくりなような……」

観客の一部が、ゲスト席へと視線を向ける気配がした。次いで、息を呑む気配も伝わってくる。

「じゃあ、ひょっとしなくても……リラは、今話題のワクァ王子殿下!?」

闘技場内のざわめきは、どんどん大きくなっていく。

「え、じゃあ何だ? まさか今までずっと勝ってたのは、王族だから相手がわざと負けてたとか……?」

「いや、陛下はそんな事を許すようなお方じゃない。八百長って事は無いだろ」

「そうよ。そもそも、あの女の子が言ってたじゃないの。王様にバレた、って」

「……って事は、王子殿下は正体を隠して……本当に予選からここまで実力で勝ち上がってきたって事か……」

「殿下の今までの戦い方って、全部相手に怪我をさせない戦い方だったわよね? お優しい方なんだわ……!」

「おいおい……美形で強くてお優しいとか、でき過ぎじゃねぇのか?」

観客のざわめきに、ワクァは目を丸くした。ワクァだけではない。ヨシも、トゥモも。ゲスト席にいる王達も。皆が観客の様子に、息を呑んだ。

「これは……」

「嘘みたい……。ヘルブ街の人達の、ワクァへの好感度が、急上昇してるわ……」

「元々、反乱を鎮圧した事や、生い立ちへの同情みたいなものもあって、嫌われてはいなかったと思うっスけどね。闘技大会で活躍するだけでここまでになるとは、思いもしなかったっス……」

驚きながらも、トゥモの顔は嬉しそうだ。頬が興奮して、紅潮している。

そしてまた、ワクァの顔も赤くなっていた。ただしこちらは、視線が泳ぎかけている。

「いくら何でも……都合が良過ぎだろう……」

どう見ても、照れている。そして、その照れを誤魔化そうとするように、体と視線をリューグへと向けた。審判に、視線で試合の早期再開を促してみる。審判は、頷いた。

「それでは、これより試合を再開する! リューグ=フェイダリム、対! リラ=グラース改め、ワクァ=ヘルブ王子殿下!」

改めなくて良い、とは言い出しにくい雰囲気だ。少々のやり難さを覚えながら、ワクァはリラ――剣に手をかける。審判が、頷いた。

「では、はじ……」

審判は、言い切る前に言葉を止めた。対戦相手のリューグが、審判の言葉が終わらぬうちにワクァに斬りかかったのだ。

「!?」

驚きながらも、ワクァは咄嗟にリラを抜き放ち、リューグの剣を受け止めた。ギィン、という金属音が、辺りに響く。

「おい、まだ開始を告げていないぞ! 何をやっている!」

眦を吊り上げた審判が、顔を怒りで赤くしながら近寄ってくる。その様子が視界に入った時、ワクァは背筋にヒヤリとした物を感じた。

「近寄るな!」

ワクァの叫び声に、審判がビクリと足を止める。その間にも、リューグは力強く剣を圧し付けてきた。

「安心したぜぇ、王子殿下……。アンタの経歴を思えば、きっとこの大会に参加したがるだろうと思っていたからよ。それが、予選に参加してみりゃあ、名前がありゃしねぇ。無駄足こいたかと、冷や冷やしたもんだ」

「お前は……」

険しい顔で剣を防ぎ続けるワクァに、リューグはニタリと嗤って見せた。

「だが、こうして出てきてくれて、本当に安心だ。安心し過ぎて、逸っちまった。ついつい事故死に見せかけるって作戦も忘れて、こうして飛び出しちまったんだからなぁ」

「……っ!」

ワクァがリラを大きく薙ぎ、リューグの剣を力尽くで振り払った。一瞬の隙を突いて後へ跳び、距離を取る。その素早い身のこなしに、リューグは増々嬉しそうに顔を歪めた。

試合が異様な事になっていると、観客達も気付き始めたのだろう。歓声は次第に消えていき、代わりにざわめきが満ち始める。その様子に、リューグはケタケタと声を立てて嗤いだした。

「おい、観客ども! 動くなよ! 兵士どももだ! 観客席にも控えの場にも俺達の仲間が山と潜んでいるんだからなぁ! 下手に騒がず、この王子殿下が殺されゆく様を、その目をおっぴろげて見ておく事だ! クーデル閣下が成し得なかった反乱を、俺達が成し遂げる! その生き証人になってもらわねぇとなぁ!」

その言葉が響くや、観客席のあちらこちらで人が立ち上がった。立ち上がった人物は、誰一人の例外も無く武器を手にしている。会場中で、悲鳴があがった。

「……そうか。お前は、クーデルの残党か……!」

いつの間にか、ワクァ達の載る石舞台も残党の賊達に囲まれている。これでは、ヨシとトゥモもすぐには動けまい。下手に動けば、観客達に危険が及ぶ。

「おっと。その顔は、今の状況を理解したようだな。物わかりの早い王子殿下で、こちらは大助かりだ。……さて」

今までニヤニヤと嗤っていたリューグの目が、急に冷えた。ゾクリとした悪寒が、人々を襲う。

「今の状況を理解したなら、アンタがどうするべきかも当然、わかるよな? ワクァ王子殿下」

「……!」

リューグを睨み付けながらも、ワクァはリラを降ろした。その様子に、リューグは満足そうに頷いて見せる。

「そうだ。抵抗すれば、観客達――国民の命は無ぇ。そのまま大人しく突っ立って、俺に殺されろ!」

ゲスト席の方から、王妃の悲鳴が聞こえた気がした。空耳か、本当の悲鳴なのかはわからない。だが、その声を聞いて……ワクァは、ギリ、と歯噛みした。このままでは、王と王妃の目の前で殺されるなどという、最悪の親不孝をしてしまう。……いや、そんな話ではない。

「折角掴んだんだ……簡単に手放してたまるか……!」

リューグを睨みながらのその呟きは、誰にも聞かれる事は無かった。











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