ガラクタ道中拾い旅















第七話 闘技場の謀















STEP4 変化を拾う





























ヘルブ街、城の裏手にある闘技場は、保持が税金で行われている。

昔は闘技大会の形を取った祭事でしか使用されていなかったのだが、国民の血税を使ってその姿形を保っている施設を一年に一度しか使わないのは勿体無い上に国民に悪い……と、先代国王の時代からは祭事以外でも使用されるようになった。

例えば、闘技大会以外の、小規模な民間開催の武術大会が開かれる事もある。騎士団が訓練の成果を見るために、騎士のみの武術大会を開催する事もある。

嘘みたいな話だが、街中で小競り合いになった時の売り言葉は「てめぇ、闘技場までツラ貸せや」らしい。使用料は取られてしまうが、周りを巻き込むよりはずっと良いため、公的にも民間的にも推奨されている。大抵は、負けた方が使用料を払って和解とするという話だ。

支払われた使用料は、今後の施設保全に使われる。尚、入場して催し物を見物するだけであれば、使用料は無料である。気軽に入れるためか、喧嘩を見物にくる暇人も少なくないし、小規模な武術大会や騎士団の大会に目を輝かせている子どもも多い。

そんなわけで、普段から割と親しまれている闘技場は、年に一度の闘技大会ともなれば大入り満員だ。戦場とも言える石舞台が一等良く見える場所には王族やゲストのための席が設けられ、それ以外の場所はヒトの頭が埋め尽くしている。

王族やゲスト達のための席は、まだほとんどが空いている。例年通りなら、席が埋まり出すのは予選試合が終わる頃だ。

王族が姿を現していないため、まだ緊張感が多少は緩んでいる闘技場。そこで、観衆の声がドッと沸いた。

「すげぇ! あいつ、あの小さい体でまた勝ったぞ!」

「あんなに細いのにな。どこからあんな力が出てんだ!?」

「あんなに強いんだもの。きっと、すっごいイケメンよ! ……あぁん、もう! 顔を見せてよー!」

「いやいや、案外、女かもしれねぇぞ。名前も女っぽいしな。女だとナメられて手を抜かれたり、裏でやらしい嫌がらせを受けるかもしれねぇから。女だってバレねぇように、あぁやって布で顔を隠してるんじゃねぇのか?」

「どっちにしてもすげぇよ。あんな視界が悪い状態で、あんな弱そうな体格で勝ち続けるなんて! 一体何者なんだ? あのリラって奴!」

歓声の中、石舞台の上で一人の人物が剣を鞘に納めた。柄を皮で、鍔を黒い布で覆った、バスタードソードだ。今しがた彼――もしくは彼女――が下した人物は、すごすごと石舞台を降りて退場していく。

審判が、声を張り上げた。

「勝者、リラ=グラース!」

勝者判定を聞いて、更なる歓声が闘技場を埋め尽くす。多くの賞賛の声が、リラなる人物に向けられた。

小柄で、細い体躯。男か女かは判り辛い。上下共に黒い衣服を身に纏い、腰には銀色に輝くバスタードソード。更にその上には夜明けの空のような色をしたマントを羽織り、同色のフードをすっぽりと被り、更に口元も布で覆い隠している。

どう見ても素性がわからない、謎の人物という見た目がまた、人々の関心を誘った。予選から大いに盛り上がり、この様子なら今後の試合でリラが勝とうが負けようが、更に盛り上がりが増すに違いない。運営を任されている役人達は、大いに満足そうだ。

そんな中、盛り上がりの中心人物であるリラだけは一言も口を開く事無く、静かにマントの埃をはたくと石舞台から降りた。審判や運営の役人達に軽く会釈をすると、出場者の控室へと戻っていく。

クールな態度が火をつけたのか、観客席の多くの女性が黄色い声をあげた。男達は妬むより先に、呆れた顔をしている。

「おいおい……まだ男か女かもわかんねぇんだぞ……」

「男だとして、イケメンかどうかもわからないんだぞ……」

「良いのよ、とりあえず今はカッコいいから!」

「むしろ、男か女かも、イケメンかどうかもわからないままの方が良いわ! その方が色々と想像が膨らんで楽しいもの!」

「わかんねぇ……」

「とりあえず、女の想像力怖ぇ……」

色々な意味で凄まじい歓声を背に、リラは控室へと入る。そして、誰もいない事を確認すると、口元を隠していた布とフードを取り払った。白い肌と、黒い髪、女性なら誰もが羨むであろう美しい容貌が現れる。

ワクァだ。

トゥモの思い付いた「その手」とは、聞いてみれば女装と大差無い。直球な案で変装及び偽名の使用だった。……が、これまでの経験から変装と言えば女装と言う思考があったらしいワクァとヨシは全くその線を思い付かなかったようだ。

早速ヨシとトゥモでマントと布を調達し、申込用紙はトゥモに頼んで、兵士達の申込用紙に紛れ込ませた。

偽名は、ファミリーネームは旅をしていた時、ヨシが考えギルドに登録した物を――偶然にも、それはヘルブ王家の先祖である民族の名と同じ物だった。

ファーストネームは皆で頭を捻って意見を出し合った末、愛剣リラの名を使う事にした。これは、ニナンの案である。

こうしてこっそりと準備を整えたワクァは、何とか口実を設けて朝早くから城を抜け出し、このように大会に参加しているという次第である。

口布を外したワクァがホッと息を吐いていると、扉がノックされた。ギクッとしてフードを被ったところで、声が聞こえてくる。

「リラー? 入るわよー?」

ヨシの声だ。ワクァはホッとして、フードを外す。ただし、今後誰が急に入ってきても良いよう、口布は巻き直した。

「予選突破おめでとう! まぁ、リラなら余裕だとは思ってたけどね」

既に偽名に馴染んでいるヨシには、流石だとしか言いようが無い。苦笑しながらヨシを眺めていて、ワクァはギョッとした。ヨシの後に、人影がある。それも、二つ。

「ヨシ! 後ろにいるのは……!?」

慌ててフードを再び被ろうとするワクァに、ヨシは「あぁ」と言って笑った。手をひらひらと振っている。

「心配しなくても大丈夫よ。この子達は、リラの正体に気付いてるから」

「この、子……?」

言い方が気になり、ワクァはヨシの背後を覗き込んだ。すると、後に控えていた二人がパッと飛び出してくる。

「ワクァさ……いえ、リラさん、お久しぶりです!」

「貴方様も闘技大会に出ていらしたなんて、思いもしませんでしたわ!」

飛び出してきたのは、アッシュブロンドの髪を持つ十一、二歳の少年と、プラチナブロンドの髪を持つ十四、五歳の少女。その姿に、ワクァは目を丸くした。

「シグに、ファルゥ!? どうしてここに……いや、ちょっと待て。も、という事は……」

マロウ領主の娘、ファルゥ=マロウと、そのお付の少年シグは、以前マロウ領に立ち寄った際に知り合った仲だ。領主の屋敷が盗賊に占拠されたため、ワクァはシグと共に屋敷に乗り込み、盗賊団と戦った。

あの時ワクァは、直前までシグに剣の手ほどきをしていた。あれから数ヶ月……シグも強くなったのだろう。闘技大会に出場してみようと思えるほどに、体も、心も。

「はい。わたくし、是非一度この闘技大会に出場してみたかったんですの! 今回は、ワクァ様がお城に復帰なさったお祝いをするためにヘルブ街へ行く、という口実を設けて、遂に参加してしまいましたわ!」

「参加したのはシグじゃなくてファルゥなのか」

唖然とするワクァに、シグが苦笑しながら頷いた。

「そうなんです。それで、僕もお供としてヘルブ街までついてきて……。折角だから色々と見てきなさいと、旦那様が仰ってくれたんです。だから、しばらくはこの街でお世話になります」

「それで? そう言えばまだ聞いてなかったけど……ファルゥちゃんは、予選、勝ち残れたの?」

「駄目でしたわ。一回戦でいきなり軽くあしらわれてしまって……「早くおうちに帰りなさい」なんて、優しく諭されてしまいましたの」

相手が良かったようだ。領主の娘が闘技大会に参加した挙句、相手が誰であろうと容赦をしない非道な人物と戦ってボロボロにされたりしたら、目も当てられない。

ホッとしたら、どうやらワクァの方も気が和らいだようだ。苦笑する姿に、ヨシは満足そうに頷いた。

「じゃ、そういう事で。私はファルゥちゃんとシグくんをゲスト席に案内してくるから、この後も頑張りなさいよ」

そう言うと、ヨシはファルゥとシグを連れて控室を出て行った。廊下にはトゥモやニナンの姿も見える。

どうやら、思った以上に多くの人間から心配されているらしい。

眦が下がり、頬が薄らと緩むのを感じながら、ワクァは今度こそフードを被った。













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