13月の狩人








第二部







25








胴を切り裂かれた狩人がよろめく。あれだけの攻撃を受けながらも致命傷には至らなかったのか、その姿は未だに倒れる事無く立っていた。

「流石に……一発で倒れてはくれねぇか……」

フォルカーが舌打ちをしつつ呟く間に、テレーゼが素早い動きで腰からもう一本の杖を抜き放った。カミルが作り、売ってくれた……あの強烈な光を放つ杖だ。

「テレーゼ? 何するつもりだ?」

「……一つ、試してみたい事があるのよ」

言うなり、テレーゼは杖を狩人の胴目掛けて突き入れた。フォルカーの切り裂いた裂け目に杖は易々と突き刺さり、それを目視で確認したテレーゼは軽く杖を持った手を捻る。

カミルの杖が、瞬く間も与えずに強烈な光を発した。

フォルカーとマルレーネはは思わず目を閉じたが、すぐに目を開ける事ができると気付く。見れば、テレーゼが左手にも杖を持っている。どうやら魔法で、閃光の中でも目が利くようにしてくれたらしい。

テレーゼは杖を狩人に差し込んだまま、延々と光らせ続けている。その光の中に、ちらちらと……様々な色が見えたような気がした。

……いや、気がする、ではない。赤、緑、青に桃色。数え切れない色の粒が、狩人の中でちかちかと光を放っている。

「あれは……」

「魂よ。今まで狩られた獲物や、役目を果たせなかった代行者の」

テレーゼの口からさらりと放たれた言葉に、フォルカーとマルレーネは目を見開く。光を放ち続ける杖から目を離す事無く、テレーゼは淡々と言葉を継いだ。

「疑問に思った事は無かった? この十三月って月は何なのか。何で獲物と代行者だけが十三月を迎えるの? 何故狩人は、氷響月を繰り返させるような事ができるの?」

それは、疑問に思わないではなかった。だが、生き残るために考えるべき事が多く、それについて考える事は後回しにしていた。何となく、そんなものなんだろう、と流していたとも言える。

「これは仮説なんだけど……恐らくこの十三月自体が、夢なのよ。狩人が私達に見せている夢。狩人は獲物や代行者と決めた人を……その人の魂を夢の世界に呼びこんで、そこで一ヶ月を過させるの。……いえ、一ヶ月過ごす夢を一晩見させるの」

テレーゼの仮設では、この夢の世界に実体で入り込む事ができる唯一の存在が、十三月の狩人。狩人は自ら夢の世界で獲物や代行者の動向を見、時に手を出す。そして、この世界で死亡した者があれば、十三月の終了と同時にその魂を回収する。

「その回収した魂を、どうするの? 家に帰って戸棚に入れておく? そんなわけないわよね?」

結果は、見ての通り。これまでの十三月で死んだ者の魂は皆、狩人の体内に囚われていた。

「じゃあ、この中に……」

「えぇ、いるわ。カミルと、レオノーラが!」

そう叫び、テレーゼはより強く杖を光らせる。それが効いているのか、先ほどフォルカーに切り裂かれたのが流石に堪えたのか。狩人はもがき苦しみ、反撃をする様子を見せようともしない。

そう言えば、二年前の十三月。狩人は、あの杖で強烈な光を出せば逃げていったな、と思い出す。

あれは、代行者であるカミルの自作自演だった。光を怖がる、光があると活動できない、というわけでもないだろう。事実、テレーゼが幻覚魔法で季節や時間をわからなくした時、実際には昼である時間帯に狩人は活動していたという。

だが、カミルの傍にはいつも、レオノーラがいた。自分達よりも十三月の狩人について知識を持っている、レオノーラが。光で逃げる狩人、という像を作り上げる際に、レオノーラから得た知識をヒントにしている事は充分に考えられる。

狩人は、光で逃げるわけではない。だが、光に弱い何かがある。

テレーゼが試してみたいと言っていたのは、これの事か。光を浴びせるだけでは意味が無さそうなら、内側に光を叩き込んでみよう、と。

たしかに、効いている。テレーゼが杖から発する光は、確実に狩人に影響を与えている。

だが。

光る杖は使い切り。テレーゼは中央の街で魔道具屋を廻り、多くの魔力を補充してもらっていたが、こんな強烈な光を発していたらあっという間になくなってしまう。今光り続けているのは、テレーゼが自前の魔力を注ぎ続けているからだろう。

しかし、それが切れたら? それでなくても、今の段階で狩人に決定的なダメージを与えるには至っていない。マルレーネが、フォルカーの肩上で言葉を発した。

「多分、あの杖ではまだ光が足りないんです。もっと、一度にたくさんの光をぶつけないと……」

「あれでもまだ足りねぇのかよ!?」

剣を構え、狩人の逃げ道を塞ぎながらフォルカーは呻いた。そんな彼に、マルレーネはしばらく迷うような顔をしていたが、やがてこくりと頷くと、言う。

「はい。ですから……フォルカー兄。フォルカー兄の出番です!」

「は? 俺?」

再度、マルレーネは頷いた。

「テレーゼ姉が使っているのと同じ光る杖を、フォルカー兄は持っています。あれを同時に使えば、もしかしたら……!」

「けど、この杖は魔力なんかまったく補充してなくて……」

言いよどむフォルカーに、マルレーネは「いえ!」と強く言った。

「私がいます! 私が杖に魔力を注ぎますから、フォルカー兄は杖を使って、テレーゼ姉を手伝ってください!」

「でも……」

それでも躊躇うフォルカーに、マルレーネはキッと眦を吊り上げた。

「お友達の作った杖だから、お友達の妖精に魔力を補充してもらいたいとか。そんな事に拘ってる場合ですか? フォルカー兄は、そのお友達を助けたいんでしょう!?」

その言葉に、フォルカーはハッと目を見開いた。そして、「……だな」と苦笑する。

「俺も、何でこんな事に拘ってたんだか。……そうだよな。カミル達を助けられなかったら、意味が無ぇ」

言うや、フォルカーは空いた左手を右腰に遣り、この二年間、一度も引き抜いた事の無かった杖を手に取った。

「ちびすけ! 頼んだ!」

叫びながら杖を持った左手を前に突き出すと、そこにマルレーネが舞い降りて魔力を注ぎ込む。白い……それでいて、見る角度によっては何色にでも見えるような不思議な色の光が、杖に纏わりつき、吸い込まれるように消えていく。

やがて、魔力を補充し終えたマルレーネが、フォルカーの肩に移った。フォルカーは「よし」と頷くと、マルレーネに視線を移し、そして再び狩人を睨み付ける。

「いくぞ! 今度こそ、カミル達を取り戻す!」










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