13月の狩人








第二部







24








「テレーゼ……」

何で、という言葉を呟き、フォルカーは視線だけを動かした。そして、ぎょっと息を呑む。

そこには……そこにも、テレーゼがいた。先の矢で首を貫かれ、倒れたままだ。地面には、大きな血の染みが広がっている。

テレーゼが二人いる。これは一体どういう事なのか。その答えは、すぐに出た。

倒れている方のテレーゼの姿が、次第に歪み、おぼろげになっていく。やがてそれは血の染みと共に完全に消え失せ、代わりというように後には一体の人形が残された。

人形と言っても、抱き上げて愛でるための人形とは思えない。テレーゼと同じぐらいの背丈で、表情どころか顔自体が無い。服も質素だ。その人形の首に、先ほどまで見えていたテレーゼ同様、黒い矢が突き刺さっている。

つまり、テレーゼはいつの間にか幻覚魔法を使ってあの人形と入れ替わっていて、当の本人は無事だったという事か。人形と入れ替わったのは、推測だが矢があらぬ方向へ飛んでいかないようにするためだろうか。いくら魔法で偽物のテレーゼを出したところで、所詮は幻。矢がすり抜けて飛んでいってしまっては、偽物を出す意味が無い。

しかし、いつ入れ替わったのだろうか。少なくともフォルカーと戦っている時は動いていたのだから、本物だっただろう。そうなると、怪しいのは彼女が膝から崩れ落ちてから、矢に貫かれるまでの間。

あの短い間に、テレーゼが杖を振るような場面があっただろうか。……いや、振らなくても良い。今の彼女なら、振るほど大きな動きをしなくても良い。ほんの少しだけ、杖に力を込めれば良いだけの事だ。

だとすると。立ち上がろうとして、杖を拾った……。

「あの時か……」

テレーゼが頷くが、納得はいかない。もしあのテレーゼが幻だとバレたら、どうするつもりだったのか。

「それについては、来る道々で実験してきたから」

曰く、北の霊原へ向かう道で季節をころころと変えたのは、十三月の狩人にも幻覚が通用するか試す意味もあったのだという。

「狩人が一度だけ襲ってきた時、夜だったでしょ? あの時、本当は昼だったのよ?」

本来なら狩りは代行者が行うものだが、今回の代行者であるテレーゼが中々手を出そうとしないため、業を煮やしたのだろう。序盤は、狩人もそこそこ積極的にフォルカー達を狙ってきていた。そう言えば、南の砂漠で襲い掛かってきた事もあったか。

それほど、前回と比べて積極的に動いている狩人だが……恐怖を与える為か、狩人は今まで夜にしか活動していない。それが、あの時は……実際は昼だというのに、フォルカーに襲い掛かっていた。単にフォルカー達にとって夜であればそれで良かったのかもしれないが、どちらにしても、狩人はその時の様子が夜であると認識していたという事になる。

つまり、バレているかどうかはさて置き、幻覚魔法は狩人にもかかるのだという事。

「それに、自分でフォルカーやマルレーネを狙ってみてわかったんだけど……クロスボウって、横の動きには割とすぐに対応できるんだけど、縦の動きって案外わからないものよ」

北の霊原への道で狩人と揃って襲い掛かった時、東の沃野への道で襲い掛かった時、実感したという。

茂みに隠れたフォルカーとマルレーネ、川にフォルカー達が落ちた時。どちらの時も、気配の方角や距離は変わらないのに、狙いを定めるのが非常に難しくなった。特に地面に近いと、難易度はより増した。

だから、人形と入れ替わった後は、テレーゼ自身は狩人の気が逸れるまで伏せていた。幻に騙されてくれれば、人形が狙われる。幻に騙されなくても、伏せていて更に人形の影に隠れているテレーゼは狙い難い。結果として、狩人は幻に騙され、人形の首を貫いた。

それに、狩人が騙されずに本物のテレーゼを狙った場合も考えて、結界魔法もしっかりと使っていたのだと言う。

なるほど、狩人がテレーゼを獲物に選ばなかったわけだ。幻覚と結界と、同時に使う事ができるほど実力を身に付けた彼女なら、代行者から一ヶ月逃げ延びるなど容易く成し遂げてしまうだろう。

どことなく呆れながらも、「なるほどなぁ……」と、とフォルカーは一応の納得を見せた。……が。

「いや、けどお前……あんなでかい人形どこから出したんだよ!?」

「私やカミルが、クロスボウをどこから出したか覚えてる?」

答えは、あっさりと出た。しかし、あの小さいペンダントに、クロスボウの他にあんな人形まで入っていたというのか。

「おやっさん……あの魔道具は何でも入るんじゃなくて、見た目よりも多めに物が入って、入ってる物の重さを軽減してくれる鞄だって言ってたじゃねぇか……」

クロスボウと人間サイズの人形がペンダントに入っていたとなれば、それはもう見た目よりも多め、などという可愛さではないのではなかろうか。

「この魔道具を作ったのはカミルであって、ヴァルターさんじゃないもの。正確な容量までは把握してなかったんでしょ。もしくは、フォルカーが無茶な使い方をしないように、性能を低く言ったのかもしれないわね」

恐らく後者だろうな、と、フォルカーはため息を吐いた。そして、息を吐き切ったところでニヤリと笑う。

「とにかく……これで二人で戦える。最初の予定通りだな?」

「えぇ」

テレーゼは頷き、杖を振り上げる。フォルカーもまた、一歩退いて剣を振り上げた。二人揃って、間に佇む狩人を睨み付ける。

「カミルとレオノーラを返してもらうわよ!」

テレーゼが叫ぶと同時に、先の北風の如き風が吹き荒れ、狩人を切り刻む。そして、風が収まったその瞬間に、フォルカーの剣が狩人の胴を切り裂いた。












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