13月の狩人








第二部







26








足に力を籠め、フォルカーは駆けた。狩人との距離が一気に縮まっていく。雄叫びを上げながらフォルカーは杖を大きく振り上げ、そして狩人の切り裂かれた胴体へと勢いよく突き刺した。

刺した瞬間、杖はテレーゼのそれよりも激しい光を放ち、狩人の中で奔流を作りだす。

光は激しく渦巻き、膨張し。やがて狩人もテレーゼも、フォルカーもマルレーネも。その場に居る全ての者を飲み込むように溢れだした。

光の渦は、どんどん大きくなっていく。光が強い分だけ、熱量ももの凄い。熱い。熱さの分だけ、巻き起こる風も強い。

このままでは、フォルカー達も光に飲み込まれ、熱に焼かれ、風に吹き飛ばされるかもしれない。

だが、まだだ。光の中心からは、まだ狩人の気配を感じる。

ここで討ち漏らすわけにはいかない。フォルカーも、テレーゼも、足を踏ん張り杖を手放さない。マルレーネも、フォルカーの杖に必死にしがみ付いている。全員が歯を食いしばり、唸り声を上げながら、必死に熱と風に耐え続けた。

フォルカーの脳裏に様々な記憶が、人々の顔が、過ぎる。

東の沃野でご馳走を食べさせてくれた、ユリウスとアガーテの夫妻。今度テレーゼが里帰りする時には、連れていってもらいたいと思うぐらい、美味だった。テレーゼの話によれば、この十三月は夢の世界だそうだから。再び会っても、はじめまして、になるのだろうか。

北の霊原で泊まった宿屋の主人には、悪い事をしてしまったかもしれない。何も、あそこまで睨む事は無かったかな、と思う。

魔道具屋のヴァルターは、この二年で随分老けた気がする。事情が事情だ。仕方があるまい。

カミルは眠ったままでも、少しずつ成長していた。顔は真っ白で病的だったが、見たところ、少しは背が伸びているように思う。

そう言えば、北の霊原へ向かう途中に現れたカミルとレオノーラの幻は、二年前の姿のままだったな。結局あれは、テレーゼが出した幻だったのか、そうではなかったのか。慌ただしくて、ちゃんと訊けていないままだ。覚えていたら、後から訊いてみようか。

様々な記憶が、思考が、光の渦に融けては消えてゆく。代わりに、言葉にできない何かが、己の内から湧き上がってくるのを、フォルカーは感じた。閃光によって顔は見えないが、恐らくテレーゼも同様だ。そう感じるのだから、きっと間違いない。

記憶も、思考も、その何かも、何もかも。全てをぶつけるように、フォルカーは吠えた。その声も、激しい風の音に飲み込まれ、融けていく。

そして、遂にその時が来た。

ビシリ、と。卵の殻にひびが入るような音が聞こえた。辺りは強烈な風が吹き荒れて、言葉を交わしても聞こえないだろうに。それなのに、その音だけがはっきりと聞き取れた。

それに合わせたかのように、杖から発せられる光が次第に弱まり始めた。魔力切れだ。

テレーゼもマルレーネも、ずっと杖に魔力を注ぎ続けていた。それが、遂に尽きようとしている。だが、もう充分だ。光は、充分過ぎるほどに、狩人に注がれた。

ビシリ、という音が再び聞こえた。その後も、ビシリ、ビシリと音は続く。

ビシリ、ビシリ、ビシビシビシビシ……!

何かが、弾けた。そう感じた瞬間に、今までに感じた事がない程に強烈な風が巻き起こった。その気流に乗って、光が空へと昇っていく。光と共に、色とりどりの魂たちも。

赤、黄色、緑に青、ピンク……。あの中に、カミルとレオノーラはいるのだろうか。二人の魂は、何色なのだろうか。

風は上空で力尽きるのか、魂たちは一定の高さまで昇ると、四方へと散らばっていく。向かう場所は様々だ。東の沃野、西の谷、中央の街、更に向こうの北の霊原。中には、この砂漠の更に奥深くへと飛んでいく魂もある。

多くの、色とりどりの魂たちが空を飛んでいく。その様子は、花火を打ち上げた空よりも、星飾月の夜空よりも、花降月の空よりも、更に増して幻想的で美しい光景だった。

やがて、魂たちは全てどこかへと去っていき、光も消え。辺りは夜の闇に包まれる。灯りは、空に輝く月と星だけ。テレーゼとマルレーネには、今や小さな灯りを灯すほどの魔力すら残っていない。

だが、心配はもう要らない。十三月の狩人の気配は、この場から完全に消え去っている。脅威があるとすれば砂漠に住むモンスターだが、これはフォルカー一人で対処できるだろう。

三人が揃って、ほぉっと息を吐く。

「……終わった……んだよな?」

「多分ね……」

「どうなる事かと思いました……」

砂地にうつ伏せになって伸びたマルレーネの頭を、フォルカーが指二本で撫でた。

「まぁ、色々と。お前のお陰でもあるよな。……ありがとな、ちびすけ」

「……フォルカー兄、そのちびすけって言うのをいい加減……」

言い掛けて、マルレーネは大きく欠伸をした。マルレーネだけではない。フォルカーもテレーゼも、欠伸をし始めた。

急に眠くなるこの現象、フォルカーとテレーゼは二年前にも経験している。十三月が終わるのだ。まだ数日を残しているが、狩人が消えたため、夢の世界を持続する事ができなくなったのだろう。

フォルカーも、テレーゼも。膝をつき、肘を地についた。体を支える事も難しいほどに、強烈な眠気が襲ってくる。恐らく、起きている事はあと数分もできまい。

「……起きたら、カミルとレオノーラ……起きてっかな……?」

「……わからないわ。これが正しい解決方法だって保障は無いんだし。二年間抜かれっ放しだった魂が体に定着するのにも、時間がかかるかもしれない。それに、十三月が数日早く終わったんだもの。その、タイムラグが……どう出るかしらね……?」

テレーゼの呂律が怪しくなってきている。フォルカーも、呂律の回らない声で「そうだな……」と呟く。

「……まぁ、今は細かい事……考えても仕方、ねぇよな。明日の朝、起きたら……何を置いてもカミルんとこ……行って……」

もう、無理だ。これ以上会話を続けるのは、はっきり言って難しい。眠過ぎる。

だが、フォルカーにはまだ、喋らなければならない事がある。

「ちびすけ……」

朦朧とした意識で、同じく眠りに落ちそうになっているマルレーネに声をかける。

「今度、遊びに来いよ……。来ないなら、俺が行く。だから、お前が普段、住んでる場所……」

最後まで言い切る事も、答えを得る事も、できなかった。フォルカーの意識は、眠りの世界へ落ちる速度を増していく。視界が、ブラックアウトしていく。そんな中、フォルカーは最後の力を振り絞り、マルレーネに向かって呟いた。

「ありがとな……」










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