夢と魔法と現実と





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攻撃を避ける。また避ける。更に避ける。そして逃げる。

これをもう何回繰り返しただろうか?

一通り亮介達への恨み事を吐いた副ボスイーターは、もはや話す事は何も無いと言わんばかりに猛攻を仕掛けてきた。現在亮介は、その猛攻を全力回避中である。

因みに、本来の標的であったボスは今のところ動く気配は無く、高みの見物を決め込んでいる。二体を同時に相手にしなくて済むのはありがたいが、何やら不気味でもある。何か罠でもあるのではないかと勘ぐってしまう。おまけに、ジッと観察するようにこちらを見ているのも何やら気持ちが悪い。

「……まぁ、今はそんな事言ってる場合じゃねぇか……」

呟きながらも逃げ回り、いつしか川の中へと足を踏み入れる。

「うわっぷ!? 結構深いし、流れが早いな……」

足を取られ、流されそうになったのを堪えながら亮介は呟いた。そしてそのまま、ザブザブと川の中州へと向かっていく。水の中では足が重い。思うように進めないでいるうちに、副ボスは背後に逼ってくる。

「遂に恐怖で気が触れたか!? 川に逃げ込むなど、愚かな事よ! だが、まだまだ生温い! お前には更なる恐怖を! 不安を! 絶望を!」

「……別に、気が触れたりなんかしてねぇよ。お前こそ、大丈夫か? 怒りで頭が真っ白になって、相手が負の感情を纏ってるかどうかもわからなくなってんじゃねぇのか?」

中州に上陸しながら、呆れた声で亮介は言った。だが、その言葉で副ボスが止まる様子は無い。その様に、亮介は溜息をついた。

「しょうがねぇなぁ。……ま、判断力が無くなってくれてる方が俺はありがたいんだけどさ」

そう言うと、ニヤリと笑い右手を前に差し出す。その不敵な様子に、異変を感じ取ったのだろう。様子を伺っていたボスが、ハッとした様子で副ボスに叫んだ。

「いかん! 下がれ、ディネ!」

その声が副ボス――ディネに届いた時、亮介は既に右手を軽く振っていた。その瞬間、ディネの動きが止まる。

……いや、動いてはいる。だが、その動きは今までは比べ物にならないほど遅い。動いているのかどうか、ジッと見詰めていないとわからないほどだ。

「何だ……!? 水が重い……前に進めぬ! どういう事だ!?」

「その辺りの水の粘度を上げたんだよ。ネットリしてて、水より更に前に進み辛いだろ?」

濡れて額に貼り付いた前髪をかき上げながら、亮介は言う。そして、かき上げるのに使った右手を降ろし、胸の高さで止める。

「こうでもしねぇと、また避けられちまいそうだったから」

言うなり、亮介は右手の指をパチンと鳴らした。瞬時に、ディネを中心とした半径一メートルの巨大な穴が現れる。

「あ……」

ディネが思わず声をあげた。深く暗い穴は、どこまで続いているかわからない。そして穴は、流れ来る川の水や魚達をどんどん呑み込んでいく。

「……向こうに着いたら、エアテルに伝えてくれよ。お前のお陰で、俺は助かった。ありがとう、って。あと、これからは親御さんと仲良く暮らしてくれってさ……」

「お前……!」

それ以上の言葉を、ディネが発する事は無かった。ディネの声は川の音に遮られ、ディネは水と共に穴の中へと落ちてゆく。

やがて穴は姿を消し、水も元の粘度の無いものに戻った。それを見届けてから、亮介は視線を川岸へと移す。

今まで事の成り行きを見守っていたボスが、こちらをジッと見ている。その視線には、確実に殺意が含まれている。

「……そりゃそうか。何せ、自分の右腕をもがれたようなもんだもんな。……いや、右腕でなくても、仲間がやられりゃ怒って当然か……」

呟きながら川に踏み入り、ザブザブと水を掻き分けて進んでいく。そして岸に上がると、黙ったままボスと対峙した。

「……」

「……」

ボスも、亮介も黙ったままだ。長く沈黙は続き、やがて沈黙を破るためというように亮介が口を開いた。

「とりあえず、訊いておこうか。……あんたの名前は? ズゾとかディネみたいに……あんた達にも名前はあるんだろ?」

「……グヴィル」

静かに低い声で呟くと、ボス――グヴィルはフーッと長い溜息をついた。

「……まさか、ズゾだけではなくディネまでもが狩られるとはな。ディネは息子の事で頭に血が上っていたとは言え……。少々、地球人を侮っていたようだ」

「……俺としては、そのまま侮り続けてくれるとチャンスが巡って来易くなってありがたいんだけどな」

真面目な顔をして言う亮介を、グヴィルは鼻で笑った。

「馬鹿を言え。この状態で、どうしてお前を侮れようか? 見たところ、お前の魔力は残り少なく、疲労も大分蓄積しているようだが……そんな事は関係無い。全力でお前を狩らせてもらう」

「わざわざ不安を煽るような言い方をしてくれなくても、魔力も体力もほとんど残って無い事くらい自分でわかってるよ。……あ、不安を煽った方が後で美味しく戴けるのか、お前は」

「……いくぞ」

言うや否やグヴィルは地を蹴り、あっという間に亮介に肉迫した。

「……っ!」

間一髪避け、態勢を整える。その間にもグヴィルは逼り、鋭い牙を、爪を、亮介に向かって突き立ててくる。

「うわっ……とっ……たっ!?」

グヴィルが噛んだ岩が砕け、爪を突き立てた地面が割れる。今までのイーター達とはスピードもパワーもけた違いだ。

「流石は……ボスってとこか……っと!?」

「無駄口を叩いている余裕は無いぞ! 私はディネの死を無駄にはせぬ! お前の動きの癖は、もうわかっているのだからな! どんな動きをしても私に先を読まれる……そう心得て、全力で逃げ回れ!」

(つまり……さっきディネの攻撃から逃げ回ってた時にあいつが一切攻撃してこなかったのは、俺の動きを観察するためか。……仲間を犠牲にしてまでやる事か、それ?)

そう呟いたのは、果たして本当に亮介の心の声か。それとも、グヴィルか……はたまた別のイーターが亮介の心に語りかけてきているのか……。

そんな事を考える余裕も無く、亮介はただひたすら逃げ回った。だんだん息が上がってくる。足がガクガクし始めた。

……間違い無い。亮介の体は、もう限界に近い。それなのに、グヴィルがいつまで経っても亮介を仕留められないのは……。

「少しでも長く追い掛け回して、俺の不安を……負の感情を増大させたいってか? ……っとに趣味の悪ぃ……」

「無駄口を叩いている余裕は無いと言っただろう?」

「!」

グヴィルの声に、亮介はハッと我に返った。いつの間にか、堤防際まで追い詰められている。左右には不法投棄された粗大ごみの山やら水路やらがあり、プチ袋小路状態だ。背後には堤防、眼前にはグヴィル。逃げ場は、無い。

「グググ……袋のねずみ、という奴だな。ここまで追い込まれても負の感情が増えないのは残念だが……お前を追うのも飽いた。そろそろ食わせて戴くとしようか」

そう言うグヴィルの牙が、亮介の鼻先まで逼る。だが、そこで亮介はニヤリと笑った。

「……何だ? 何故笑う? 何がそんなにおかしいと言うのだ……?」

怪訝な顔をしてグヴィルが問うと、亮介はクックと笑いながら意地悪そうに言った。

「さぁ……何がおかしいんだろうな? ……当ててみな」

「……?」

その笑顔に、グヴィルは瞬間的に何か冷たい物を背筋に感じる。

(何だ……? この小僧……一体何を企んでいる?)

気味の悪さに、グヴィルは一歩退いた。すると、亮介が一歩だけ詰めてくる。また一歩退けば、また一歩詰めてくる。それも無言で、ニヤニヤと笑った顔のまま。




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