夢と魔法と現実と











「やりたい事、か……」

家に帰るなり、亮介はベッドに寝転がって呟いた。社会とは厳しいものだろうと何となく考えてはいたが、実際に目の当たりにするとやはりキツい。

「あの会話で、何となくあの宇津木って人が負の感情を纏わりつかせていた理由はわかったね。夢と現実のギャップへの絶望。性に合わない部署での仕事という環境への不満。これが積もり積もって、あれだけの負の感情へと進化してしまったわけだ」

「……なぁ、トイフェル」

寝転がり、天井を見詰めながら名を呼ぶ亮介に、トイフェルは視線を向けた。

「俺さ、見付けられるかな? 本格的な就活生になる前に、やりたい事……」

「わかるわけがないよ」

ズバリと切り捨てるような発言をするトイフェルを、亮介は睨むように見た。だが、トイフェルはその程度では動じない。

「キミがいつ、どこで、どんな風にやりたい事と出会えるか、なんて、未来予知でもできない限り知れるわけがないよ。まぁ、仮にボクに未来予知の能力があったところで、キミがやりたい事なんてわざわざ知ろうなんて思わないけどね」

「あー、そう」

脱力して呟く亮介に、トイフェルは「けど……」と言葉を継ぎ足した。

「知る事はできなくても、出会う為のチャンスを作る事はできると思うよ」

「チャンスを……作る?」

トイフェルは、頷いた。

「それには、新しい事にどんどんチャレンジする事だ。宇津木も言っていただろう? 今まで全く興味が無かった事に挑戦すると、ひょっとしたら思いもしなかった自分の能力が見付かるかもしれないって。ボクも、そう思うよ。いつもと同じ生活をしていれば、危険や不安は無い。けどその代わり、新しい可能性に出会う事も無くなるんだ」

「チャレンジ、かぁ……」

少しだけテンションが回復してきたのか、亮介はベッド上に上半身を起こした。そんな彼に、トイフェルは問う。

「ところで、亮介。小説を書くのは、どうだい?」

「小説? ……あぁ、お前と俺が会ってからの出来事を文語体で書くっていう、アレか。……そうだな」

呟き、そして亮介は少しの間考えた。

「……まだよくはわかんねぇけど、つまらなくはない……と思う。出来事を時系列で書き出したりとか、テンポが良くなるように最適な言葉を探したりとか……それだけでもかなり苦戦してるけど」

「つまらなくないなら、もう少し継続してみるのも良いだろうね。まぁ、今回は設定と言える部分は一切キミは考えていないわけだから、実際の作家はもっと大変な思いをしているわけだけど……書く事でキミが何かを見付ける事ができる可能性も無いワケじゃないからね」

「……そうだな」

亮介が頷いたところで、トイフェルは更に言葉を足した。

「なら、これからはもっと周りを観察する事だね。よく見て、読者が想像できるぐらいその場をリアルに書き表したり。何気ない事柄から読者の興味を惹き付ける話を書けるようにする事だ」

言いながらトイフェルは部屋の中を移動し、机上に置かれた大学ノートを尻尾で器用にめくり始めた。

「例えば、何だい? このキミとボクが会話をしたファストフード店の描写。店の名前が書いてあるだけで、店内の様子も店の外観も一切書かれていない。これじゃあただの日記だよ」

「……」

トイフェルの責めるような言葉に、亮介は反論ができずにいる。それを良い事に、トイフェルは一気に畳み掛けた。

「別にボクは、キミに小説家になれと言っているわけじゃない。けど、やるからには徹底的にやるべきだと思うね。それにキミの場合、昨日のような戦い方をこれからも続けようと思うなら尚一層周囲を観察する能力が必要になる。だって、そうだろう? キミの戦い方は周囲にある物を極力自然現象に見せ掛けて動かし、相手を牽制、または攻撃する物だ。瞬時にどこに、何がどれだけあって、辺りはどのような地形なのか、を判断できなきゃ命取りだ。そして、キミがやられると必然的にボクも危ない。わかるね?」

「……あぁ」

折角回復したテンションが再び急降下したような憮然とした顔で、亮介は頷いた。そんな彼を今度はフォローするかのように、トイフェルは言う。

「まぁ、場馴れしていけば済む事だね。戦いにしろ、小説にしろ……いきなり完璧にできる人間なんてものはいないさ。成長しようとする姿勢さえ失わなければ、今はそれで良い。……というわけで」

「?」

首を傾げた亮介に、トイフェルはニッコリと笑って言った。因みに、顔は笑っているが目は笑っていない。

「丁度そろそろ、イーター達が夕食を求めて活動し始める時間帯だ。ここは一つ、キミの急速なレベルアップを図って町に繰り出してみるとしようじゃないか」

そう言ってトイフェルは、窓のカーテンをサッと開け放った。窓の外には、今まさに沈み切ろうとしている太陽が見えた。




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