陰陽Gメン警戒中!
30
「……で。何で裏天津君をこの店で再教育しようなんて話になってるのかな?」
翌日。暦と栗栖は、松山の前で申し訳なさそうに縮こまっていた。
「流石に、いくら温厚な僕でもさぁ、あれだけナメた事をやってくれた裏天津君を従業員に加えても良いとは思えないよ? いくらこの店が万年人手不足でも! 万年人手不足でも!」
二度言った。……という事は、結構切羽詰まっている。
暦は思い切って、言ってみる事にした。
「けど、店長。人手不足、本当に深刻ですよ? 俺、今大学四年ですから、来年の三月にはいなくなる予定ですし」
「本木君、大学院に進む気、無い?」
「家の経済的に難しいです。あと、二川さんと村田君、足立君だって、来年は大学四年です。人手不足対策は早めにしておかないと、先々大変な事になりますよ?」
暦の指摘に、松山は「ううう……」と悔しそうに呻き出した。効いている。
「それと店長、裏天津君を入れた場合、一つ面白そうな事が」
「ん?」
松山と栗栖が、怪訝な顔をした。暦は、栗栖には聞こえないよう、松山に耳打ちをする。
「裏天津君は実は女性で、天津君に好意を寄せています。そして、天津君はそれを本気と受け取っておらず、未だに彼女の気持ちに気付いていません」
「……それさぁ、本木君が言うの……?」
呆れたように言う松山に、暦は首を傾げた。そんな暦に苦笑し、松山は「まぁ、良いか」と呟いた。
「たしかに、人手不足で先々困りそうではあるし。それに、ナメた真似してくれた裏天津君をこき使って、自分がどれだけ迷惑な事をやったのか思い知らせてやるのも、面白いよねぇ」
顔に邪神が降臨している。やはりこれは、まずい案だったのではないだろうか。
「天津君……本当に裏天津君をこの店で働かせて良いの? 彼女、トラウマ作りそうな気がするんだけど……」
「僕もそんな気はしてきましたが、ここまで来てしまった以上退けません!」
いや、そこは退いてやれ。痛い目に遭うのは君じゃないから。
暦がどうしたものかと考えあぐねた時だ。バックヤードの扉がノックされ、五十嵐と西園が顔を見せた。
「兄貴、天津の兄さん。客が来てますよ」
「客?」
首を傾げる暦と栗栖に、西園が頷いた。
「何か、十五歳くらいの男の子。栗栖さんを、って言ってるから、天津家の関係者かも!」
暦は栗栖と顔を見合わせ、そして松山とも見合わせた。松山が頷いて「入ってもらって」と言うと、すぐに一人の少年が通されてくる。昨夜、援軍に来てくれたあの少年だ。
「あの、お話し中済みません」
少年は礼儀正しく挨拶をすると、まずは突然店に来た事を詫びる。そして松山と栗栖に話を促され、少年は情けなさそうに項垂れた。
「あの、裏天津家が……逃げました」
「……はい?」
栗栖の顔が、引き攣った。暦も、自分の顔が引き攣っているのがわかる。
「……どういう事ですか?」
問われて、少年は「えぇっと……」と言葉を探し始めた。
曰く、昨夜のあの後、栗庵の身柄は一時的に表天津家が所有するアパートに移され、表天津家の関係者数名がアパートを取り囲むようにして監視していたらしい。今日、暦と栗栖が松山の説得に成功したら、栗庵に就労による再教育を施し、ある程度真っ当になったところで放免しようという話になっていた。……が。
「一瞬だけ、大型ダンプカーがアパートの前を通って、監視している人間全員がアパートを見る事ができない状態になったんです。次の瞬間には……」
「アパートから消えていた……ですか……」
呟いて、栗栖は、はー……と深くため息を吐く。
「表天津家本家の場所を知られないために、監視し難いアパートに身柄を移したのは間違いでした……」
「確認してみたら、栗栖さん達が戦ったあの裏天津家の関係者ばかりが住んでいるという地域も、もぬけの殻でした。早い所では、もう不動産屋が新しい住民候補を案内しているぐらいで……」
「早っ!」
昨日の今日で、そこまで話が進むものだろうか。その家に限って言えば、もともと空家だったのかもしれない。
一族郎党、完全に逃げおおせてしまった。今頃は、どこで何をやっているものやら……。
「本当に……あの一族は、逃げ隠れするのが上手いんですから……!」
栗栖のいる方角から、地獄の底から湧き上がってきたような声が聞こえてくる。暦は怖くて、栗栖の方を向けない。栗庵も、栗栖の事が好きなら何故そのまま大人しくしていなかったのか。
「……つまりさぁ、こういう事?」
呆れた顔で、松山が言った。
「俺達の戦いは、まだこれからだ! って奴?」
打ち切り漫画につけられがちな煽り文に、栗栖から再び「あー……」という低い声が聞こえてきた。次いで、ぽん、と暦の肩に手が載せられる。
「そういうわけで……話は振り出しに戻りました。またしばらく、お付き合い願いますね、本木さん……」
「は?」
「大丈夫です。もしこれのせいで就職活動に失敗したら、天津家が責任もって就職先を斡旋しますから」
「ちょっと……」
「大丈夫。本木さんなら、どんな仕事でもこなせるって信じてますよ。天津家が用意した仕事でも、きっと活躍できるはずです」
「あぁ、良いねぇ、それ。そうすれば本木君は、就職活動を気にする事無く街の平和を守る活動ができて、音妙堂でのバイトも卒業ギリギリまで続けられるってわけだ! ひょっとしたら、就職後も時々はここで働けるかもしれない!」
松山が嬉しそうな顔で言っている。
「ちょっと、何言ってんですか、店長まで!」
「本木君……」
ぽん、と。松山は両手を暦の肩に置いた。
「どんなに足掻いても、天津君は君を選んだんだよ。そして君は、一度とは言え相棒として共に戦った。賽は投げられたんだよ……」
「何ちょっとカッコ良い感じに言ってみてるんですか!」
「え? 本木さん、遂に天津家直属の術師になる修行受けるんですか?」
「うわ、楽しみですね! 本木さんが狩衣着て、うちに邪悪なるモノ調伏しに来る日を待ち望んでますよ!」
いつの間にかバックヤードに来ていた二川と村田が、期待に満ちた目で言ってくる。助けを求めて視線を巡らせれば、件の少年が憐みを含んだ目で暦の事を見ている。その目が、言っていた。
「ご愁傷様です、諦めろ」
と。ひょっとしたら、この少年も似たような経緯で天津家に関わっているのかもしれない。……いや、十五歳かそこらで陰陽師もどきになるような人生ってどんなんだ。
頭をぐるぐるさせていると、店の方から悲鳴が聞こえてくる。どうやら、今日もまた一人、万引き犯が出たようだ。栗栖が、ため息を吐いて立ち上がる。
「どうやら、また愚行を犯してしまった人間が現れたようですね。裏天津家と関わりがあるかどうかはわかりませんが……とにかく、まずはここに連れてきましょう」
「あ、五十嵐君が向かって行きましたよ。流石、良い体格してるだけあって、万引き犯もビビってます!」
会話を聞いていて、暦は思う。そう言えば、元々栗栖は万引き対策の為に雇われたんだったな、と。何がどうなって、こんなわけのわからない話になったのだろうか。
本当にわけがわからないが、それが切っ掛けでスタッフが増えた事もたしかで。今のこのてんやわんやの状態が居心地悪いかと言えば、それほど悪くないとも思っている。
自分の心境に苦笑しながら暦も立ち上がり、とりあえず確実に言える事を頭に過ぎらせた。
万引き犯は、本当に滅んでくれないだろうか。と。
(了)