陰陽Gメン警戒中!









27










邪悪なるモノは、どんどん数を減らしていく。栗栖が調伏し、その残滓が発する負の感情を暦が受け止め解消する。時折、休憩と称して軽い会話を挟む。話題は、書店の事、スタッフ達の事、終わった後の夜食の事など、様々だ。二言三言の短い会話だが、それだけで暦は気を持ち直し、栗栖は新たなやる気を手に入れる。

そして遂に、全ての邪悪なるモノが空地から消えた。暦にぶつかってきた残滓も、愚痴を吐き切ってすっきりしたのか、消えていく。辺りを更待月の弱い光が照らす、正常且つ清浄な空間が戻ってきた。

暦と栗栖は、揃って息を吐き出す。覚悟していた、負担を分け合ったとは言え、数が多かった。栗栖は汗をかき荒い呼吸をしているし、暦は胃がキリキリと痛んでいる。

そんな二人に、パチパチと拍手する者がある。この場にいるのは、一人しかいない。裏天津家当主の、栗庵だ。

「お見事でしたよ。まさか、こんなに早く全ての邪悪なるモノを調伏するとは。そして……本木さん。あなたに、残滓を消し去る力があるとは思いもしませんでしたよ」

「愚痴を聞いて、同意すれば済む話だよ。誰でもできるんじゃないかな?」

「本木さん……簡単に言ってくれますけど、案外難しいんですよ。それ……」

呆れたように言ってから、栗栖は栗庵に向き直った。

「さぁ、お前の頼みの綱、邪悪なるモノ達は全て調伏しました。あとは、お前を叩きのめして、再起不能にするだけです!」

何やら、すごく怖い事を言っている気がする。やはりこの戦いに、正義はいない。

「私を叩きのめすだけ……果たして、本当にそうでしょうかねぇ?」

追い詰められているにも関わらず、栗庵が余裕の表情でニヤリと笑った。その様子に、暦は何やら胸騒ぎを覚える。

「……今度は、何を隠しているんですか……?」

栗栖も、同じように感じたのだろう。警戒レベルが、先ほどまでと同じぐらいにまで引き上げられている。

「まったく、おめでたいですね。おめでた過ぎますよ、表天津家! あなた方が大量の邪悪なるモノ達を調伏している間、私が何もしていなかったと思っているのですか?」

「何……?」

栗栖が息を呑んだ。栗庵が、けたたましく笑い出す。

「あははははははははははは! 邪悪なるモノ達が頼みの綱? 馬鹿な事を言うもんじゃありません。あれは目くらましですよ! あなた達の気を逸らし、更なる大秘術を行うためのね!」

叫ぶや否や、栗庵はバッと両手を宙に放った。両腕に所狭しと飾られたシルバーアクセサリーが弱い月の光を受けて鈍く輝き、黒いジャケットの裾は微風に翻る。

火の色が見えた。どこから? あの物置小屋の中からだ。火事とはまた違う光を発している。

栗栖が「あっ!」と叫ぶ。そして、物置小屋へと走った。わけがわからないまま、暦も続く。栗庵は、そんな二人の様子をニマニマと楽しそうに見詰めているだけだ。

扉を開ける。激しく燃え上がる炎が見えた。物置小屋は、中に入って見上げると屋根がくり抜かれている。燃え上がった火柱が、そのまま空へと逃げられるようになっていた。そして、物置小屋の中にあった物。それは。

「何これ……祭壇?」

神社の本殿を覗き見した時に見た事がある。机のような物が置かれ、上には食べ物やら酒と思わしき壺やら。脇には御幣が飾られている。そして、神社の祭壇との最大の違い。その正面で炎が燃え盛っていた。

「お前……これは、まさか……!」

炎の光に照らされた栗栖の顔が、青褪めたまま栗庵に向けられた。栗庵は、クスクスと楽しそうに笑っている。

「えぇ、呼び出す事にしたんですよ。我ら天津家が表裏に分裂するより更に前、天平の時代より陰で奉ってきた荒ぶる大神、栗加解尊の魂をね!」

「くりかげのみこと……?」

名前を呟き、暦は眉を寄せた。言葉と名前から察するに、奈良時代より前のご先祖様だろうか。一体どれほど古い家なのか。

「知っての通り、栗加解尊を呼び出す際は早い者順です! 今から対応しようとしたところで、栗加解尊があなたの味方として現れる事はありませんよ、表天津家!」

「早い者順って……」

「呆れてる場合じゃありませんよ、本木さん! これは……かなりまずい状況です!」

「まずいって……その栗加解尊ってそんなに危険なの?」

暦の問いに、栗栖は渋い顔をして頷いた。

「栗加解尊は、我が天津家の先祖が陰陽の術を何となく学んでみようかと考え始めるよりも更に昔に生きていた先祖です。死後、ただの幽霊になるのでは面白くないという理由から、自力で神と化した非常に稀有な例で……子孫の面白そうな呼びかけに対して姿を現し、力を貸してくれると言われています。何百年か前に、やっぱりこのように表裏天津家の戦いで呼び出された事があるんですが、その時には……村が一つ消滅したと、記録に残っています」

「しょっ……!?」

災害と言っても過言ではない。その原因がくだらない一族争いとは……消滅した村の人達には、同情してもしきれない。

グォォォォォォン……と空と大地が震えているのかと思うような音が聞こえた。今度はダンプカーではない。次いで、ズズズズズ……という音と共に地が震え始める。栗庵の立っている目の前の大地が、青白く輝き始めた。

光の合間から黒い物が湧き出る。集まり、人の形になっていく。邪悪なるモノよりも、更にはっきりとした人の形をしている。そして、大きい。十メートル……いや、十五メートルはありそうだ。

小屋から出た暦と栗栖は、呆然とその様を見詰めている。栗庵は、勝ち誇った顔をして高笑いしている。

「さぁ、これで今度こそ、表天津家はおしまいです! 邪魔者は消え、我ら裏天津家が正義の味方となるための舞台は作られていく! 千年もの間成し遂げられなかった悲願が、私の代で達成される! 何と素晴らしい事でしょう!」

栗庵が演説するように叫んでいる間にも、栗加解尊は形作られていく。カッと、炎のように赤い眼が開かれた。そして、右腕を振り上げると、暦と栗栖に向かって振り下ろしてくる。

「本木さん、伏せてください!」

栗栖が叫び、暦は思わず目を瞑る。腕は躊躇無く振り下ろされ、そして辺りは完全な闇に包まれた。










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