贄ノ学ビ舎














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「……明瑠さんは、いずれはアダムを殺さなければいけないと言いました……」

「明瑠さんって……やっぱり、あの堂上明瑠さん?」

知襲は、頷いた。そして、「けど」と呟く。

「それに私は、反発しました。だって、アダムを殺したら……私は独りぼっちになってしまいます。明瑠さんは、いずれ卒業してしまいます。明瑠さん以外の人に、私が見えるかどうかわかりません」

「そんな……知襲の本体はまだ生きてるんだし。騒ぎが収まれば……」

「私の本体が目覚めるかどうか、わかりませんし……。それに、本体だとしても、魂だとしても……私の事を受け入れてくれる人がいるでしょうか?」

そう言って、知襲は蛍光緑の液体に満たされた装置を見た。先ほど生み出された化け物が意思を持って動きだし、蓋を自ら開ける。そして這い出すと、そのまま体育館の外へと飛び出して行った。今までの化け物と同じように、どこかに巣食って……そして、生贄を要求するのだろう。

「今まで生贄を要求し続けてきた化け物達は、そのほとんどが私の体を元に創られています。言わば私は化け物達の母親で、生贄にされた人達、化け物に殺された人達、その遺族、不安な日々を過ごす羽目になった人達……全国民の仇でもあるんです。そんな私が、この校舎を出て……受け入れて頂けるんでしょうか?」

「……大丈夫だよ」

特に考えるでもなく、自然と、その言葉が奉理の口から出た。信じられない、という顔をする知襲に、奉理は言う。

「少なくとも、俺は知襲を拒絶しない」

「けど……柳沼くんは、生贄に選ばれているじゃないですか。それを回避できても、またいつ生贄に選ばれるかわかりません。柳沼くんが死んだら、結局私は……」

「死ぬ前に、俺の家族とかに頼んでおく。知襲を嫌わないように、ってさ。それから、クラスメイトにも頼んでおくよ。小野寺とか、静海とか、良い奴だよ。静海なんか、この前生贄にされた時、知襲が教えてくれたあの毒のお陰で死なずに済んだんだ。きっと、仲良くしてくれる」

「でも……」

「知襲が魂のままなら、幽霊同士で俺が仲良くする。生霊になれるんだから、死んだ後に幽霊になる事だってできるよ、きっと。それに、知襲が魂のままならきっと、堂上明瑠さんも、また知襲と仲良くしてくれる」

「明瑠さんが……?」

奉理は、こくりと頷いた。それに対し、知襲は首を振る。

「そんな事は、無いです。私は、明瑠さんに酷い事をしてしまいました。私のせいで、明瑠さんは生贄にされてしまったんです。私が、父に明瑠さんが地下校舎で毒薬を作っている事を話してしまったから。だから……」

「大丈夫」

きっぱりと、言い切った。そして、少しだけ申し訳なさそうに言う。

「あの時……知襲に教えてもらって、あの毒薬を手に入れた時。棚の中に、瓶と一緒に、堂上明瑠さんの生徒手帳が入ってた。……覚えてる?」

「……はい」

「あの手帳、あの後、俺の部屋に持ち帰ったんだ。急だったから手元に無くて、今見せてあげる事はできないんだけど……白紙のページには、こう書いてあったよ。また来るからね、って」

「……!」

知襲の顔が、驚きに満ちた。

「なんとなく、だけど……堂上さんは多分、知襲とケンカをする前から、生贄にされる事を予想してたんじゃないかな? この地下校舎に入るだけでも、充分生贄の対象になるみたいだし。林に入るところを、誰に見られるかもわからない。知襲が白羽理事長に話しても話さなくても、いつかは……って。予想してたのに、生贄に選ばれたからって、知襲を恨んだりするかな? ……堂上さんって、ちょっとした事でも怒って、根に持ったりするような人だった?」

知襲は、首を横に振った。

「なら、大丈夫でしょ? 堂上さんは、もう一度あの理科室に行くつもりだったんだよ。行って、知襲と仲直りをするつもりだったんだ。ただ、ちょっとタイミングが悪かっただけ」

「私は……私は、ここから出ても……独りぼっちにならずに済む……んですか?」

奉理は、頷いた。

「だからさ、ここから出ようよ。アダムを殺すかどうかは後から考えるとして、まずは知襲がこの校舎から出るんだ。いつもみたいな一時的な外出じゃなくて、新しい生活を手に入れるために。そのためにも、まずは知襲の本体が目覚める方法を考えよう」

そう言って、奉理は知襲の本体を見た。……つもりだった。

振り向けば、いつの間にかそこにはアダムが佇んでいた。目が、赤黒く染まっている。

「あ、アダム……?」

「チガサ……ココ、デルノ?」

話を聞かれていた。奉理はすぐに、そう悟った。……という事は、あの話も聞かれていたのか? アダムを殺す、殺さないと言った、あの話も。

「ボクヲ、コロスノ? ソノ、オトコト、イッショニナッテ?」

ぶるぶると、ヘドロのような体が震えだす。怒っているのは、明白だ。奉理は、咄嗟に走り出した。

「知襲! 知襲も逃げて!」

「ウゥ……グゥオオォォォガアォォォァァォォォ!」

アダムが、吼えた。空気がビリビリと振動し、辛うじて残っていた壁の窓ガラスがガタガタと音をたてる。

アダムは、それまで奉理のいた場所に向かって、勢いよく倒れ込んだ。規則正しく並べられていた機器類が潰され、粉みじんになる。

走り出した奉理を目で追い、アダムは方向を転換した。辺りを構わずに動き、知襲の本体をその体内に飲み込んでしまう。

「あっ……!」

「知襲っ!?」

短く叫び、知襲の魂の姿が消えた。本体が損傷を受けたために、魂にも何らかの影響があったのかもしれない。

アダムは知襲の他にも、並べられていた棺桶を次々と踏み潰し、取り込んでいく。体が、見る間に大きく膨らんでいった。

「シニ、タクナイ……ッ! コロサレル、ナラ……コロスッ!」

叫び、そしてアダムは奉理に突進してくる。体の大きさの割に、動きは速い。奉理は、慌てて体育館の外に飛び出した。

扉を閉める余裕は無い。奉理は急いで階段を駆け下りる。駆け下りながら、ちらりと、体育館を顧みた。

「……嘘でしょ……」

あの図体だと言うのに。アダムは、扉を抜け出ている。見たところ体が柔らかいから、開口部の大きさに合わせて形を変える事ができるのか。

このままでは、追いつかれ、潰される。そう確信した奉理は、逃げ場所を定め、そこを目指して全力で走り始めた。

目指すは、地上。外部の人間に発見されれば、自衛隊か何か……助けが来るかもしれない。

こうなったらもう、見付かったら生贄にされるとか、アダムが外に出たら何がどうなるかとか。細かい事は考えていられなかった。












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