贄ノ学ビ舎
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「これが……化け物の正体……?」
知襲は、悲しそうな顔をした。
「父は、柳沼くんに語った通り……化け物を作り出して、その力で人々を自分が思う通りにしたかったんです。そのために作り出した化け物の第一号が、このアダム。食べた人間の滓に自分の細胞を差し込む事で、新たな化け物達を生み出す能力を持っています」
「じゃあ……知襲が生贄にされる前に行方不明になったっていう女の人達は……」
「生み出されたばかりのアダムが、夜な夜な外を徘徊しては、出歩く女性達を食べていたのです。その滓は全て化け物へと変わり、日本全国に散っていきました」
「知襲が、生贄にされたのは……」
「私が、偶然父の計画や、このアダムの事を知ってしまったからでしょう。父と政府は相談し、秘密が露見するぐらいであればと、私を生贄に選びました。……柳沼くんが生贄に選ばれたのと、同じ理由です。私が常にこの場所にいる事で、アダムは犠牲者を探しに外へ出る必要が無くなり、この辺りでの女性行方不明事件は終息を迎えました」
「……最初に、食べられた女の人達は……?」
「……そこに。皆さん、眠っていらっしゃいます」
奉理は、ハッと知襲の指差す方を見た。あの、白と黒の棺桶達だ。中身は、全てアダムに食われた女性達だと言うのか。
「みんな、死んでる、の……? 知襲は、死なずにいるのに……?」
「最初は加減がわからず、アダムは一度の食事で女性を死なせてしまっていました。何人もの女性を死なせ、私が生贄になった頃にやっと、加減と、相手を生かしておく方法を覚えたのです」
「それが、あの……?」
あの緑色の触手を、奉理は思い出した。
「あの触手から出る液体は、傷を治すばかりではなく、体内の老廃物を溶かす効果もあるようです。その影響から、私の本体はこの三十年、歳をとる事も無く、あそこで生きたまま、眠り続けているんです。……勿論、それだけでは人間は生きていけませんから。体に管をつなげられて、直接栄養を送り込まれているんですけどね」
それが、あの棺桶から伸びていた管の正体か。
アダムは知襲の肉を食べて生き続け。知襲はアダムに治癒され、致命傷を負う事も老いる事は無い。そして、アダムが食べた知襲の肉の滓からは化け物が生まれ、人々を苦しめる。人々は化け物を恐れ、生贄を差し出す。生贄を養成するために鎮開学園は存続し、その鎮開学園によって知襲の生命維持装置は稼働し続け、知襲は生き続ける。
終わらない。負の連鎖が、これでは終わる事が無い。
「知襲は……それで良いの?」
「……」
知襲は、答えない。
奉理は、知らない。それが数ヶ月前、堂上明瑠が知襲に言った言葉と同じであるという事を。その言葉を口にした堂上明瑠がその二週間後に、生贄として命を落としたという事を。
「このまま、いつまでもここにいて……暗い場所で、肉を食べられ続けて、自分から化け物を創られて……その化け物が誰かを苦しめているって罪悪感で悲しそうな顔をしたままで……それで、本当に良いの?」
「……え?」
知襲は、目を見開いた。その言葉は、堂上明瑠からは出なかった。明瑠の言葉は、知襲がこの校舎に執着する事を責めるものだった。だが、今の奉理の言葉は。
「柳沼くんは、私を責めないんですか?」
「責める? 何で!?」
心外だと言わんばかりに、奉理が声を荒げた。
「むしろ、知襲が何かを責めるべきじゃないの? 俺だったら、嫌だよ。痛みは無いと言っても、自分の体を食べられたり。自分の体を化け物にされたり、自分の分身が誰かを傷付けてたり! 知襲だって、嫌なんじゃないの? だから、いつも悲しそうな顔をしてたんじゃないの?」
「悲しそう、ですか? 私……」
「少なくとも、今はどう見ても悲しそうだよ。笑ってる時だって、いつもどこか遠慮がちな笑い方だった!」
そもそも、知襲が奉理に笑って見せた事などあっただろうか? 微笑んでいる時はあった。だが、笑った顔をなると……あったかもしれないが、思い出せない。
「そう、ですか……」
そう言って、また俯いて。そして、力無く首を横に振って。
「けど、どうすれば良いんでしょう……」
助けを求めるように、奉理を見た。