未来から来た魔女
7
辺りに、黒く濃い闇が発生した。戸惑いを見せるスフェラとリッターを他所に、闇はセロの元へ、セロの手元の剣へと集まっていく。
「堕天せし神の僕(しもべ)を葬りし牙、其の声は全ての闇を地へ降す! 黒き獣の咆哮よ、我が剣(つるぎ)に宿りて、悪しき魂を切り裂かん!」
セロの声に呼応するかのように、闇はセロの剣にまとわりついていく。やがて闇が剣に吸収されると、セロは闇の刃を持つ剣を振り上げ、そして振り下ろしざまに叫んだ。
「ダークネスファング!!」
刹那、闇の刃が爆発的にふくれ上がり、そして巨大な剣へと姿を変えた。セロの背丈の四倍……いや、五倍はあるであろう刃は空を裂き、辺り一帯を激しく破壊しながらモルテへと突き進む。
刃を真正面から受け、モルテはまたもピピピピピ……という音を発する。だが、先ほどまでは一定時間で鳴り止んでいた音が、今度は止まらない。
「データ解析……データ解析……データ、解析、……」
完了、という言葉を発する事無く、モルテが両断される。巨大な爆発音が起こり、モルテがいた場所から闇と炎がらせん状に混じり合ってできた柱が立ち上がり、そして消えた。
そして辺りは静まり返り、後にはセロ達四人だけが残される。
「…………やったか?」
ぜぇぜぇと荒い息をしながら辺りを見渡すセロの横で、リッターが首を静かに巡らせる。その目は、とても冷静だ。
「動作反応消失。モルテの破壊を確認しました」
その発言に、一同はホッと緊張を解く。
「……今のは?」
興味深そうに問うスフェラに、セロは「あぁ……」と声を発した。少しずつだが、息は整ってきている。
「イヴんちの希望の祈りみてぇに、俺んちに伝わってる魔法。……一撃でどんな敵でも大抵倒せちまうのは良いんだけどさ。一回使っちまうと、魔力の消費が激しくて……」
そこで一旦言葉を切り、セロは大きく息を吸い、そして吐いた。手をグーパーグーパーと握っては開き、最後に何か考える顔付きをした。何かを探っているようにも見える。
「……多分、魔法はあと二回使えるかどうかってトコだな。もちろん、さっきのダークネスファングみてぇな強力な魔法はもう一回も使えねぇ」
「……そう……」
つぶやき、スフェラは考えた。
(それにしても……何でモルテはセロの魔法をコピーできたの? しかも、その情報はリッターのデータベースには無かった……一体、どういう事?)
考え込むスフェラの前で、セロは疲れた様子で座り込んだ。魔力と体力は別物らしいが、それでも多少は体に影響が出るようだ。
セロの顔を、イヴが心配そうにのぞき込む。
「ねぇ、セロ……一度、村に帰った方が良いんじゃない? この状態でまた戦いになったら……」
「んなワケにいくか。今帰ったら、こっちが弱ってるってバレちまうかもしれねぇ。それをチャンスと思われて、村に攻め込まれたらどうするんだよ?」
「……」
返す言葉が見付からず、イヴは黙り込んだ。今まで以上に不安げな顔をするイヴに、セロは「大丈夫だって」と言い、笑いながら立ち上がる。
「もうほとんど元通りだしさ。ちょっと休めば、魔力だってすぐに溜まるだろ」
セロの言葉に頷き、スフェラは「……なら」と、つぶやきながら歩を進めた。セロ達三人もそれに続き、先ほどの戦いで奇跡的に壊れずに済んだ通路を進み、そして扉をくぐる。
「また何か出てくる前に、急いで先に進みましょう。父の居場所は、この先の……」
「おや、スフェラ。お客さんかい?」
「!」
「誰だ!?」
突如聞こえてきた声に、セロとスフェラは同時に振り向いた。右手側の扉がプシュウと音を立てながら開き、そこから五十歳前後の男性が現れる。
「……レクス様」
リッターのつぶやきに、セロとイヴの顔色が変わる。
「……レクス?」
「……って事は……この人が、スフェラさんの?」
レクスが、セロとイヴを見た。にこやかで、優しそうな顔だ。とても世界を滅ぼそうとしている人間には見えない。
「お友達かい? ……はじめまして。スフェラの父です。……君達は?」
穏やかに問われ、セロとイヴは思わず顔を見合わせた。何と言うか、拍子抜けだ。
「え? あ……セロ……」
「イヴ、です」
「セロ君に、イヴさんか。スフェラがお世話になっています。……ところで、スフェラ?」
「……何?」
レクスの問いに、スフェラは警戒を解かないまま応じた。そんなスフェラの態度を怒る事無く、レクスはにこやかにセロとイヴを代わる代わるながめ続けている。
「セロ君とイヴさんは……魔法使いだね?」
その声で、一瞬のうちに空気が冷えたようにセロは感じた。イヴも同様なのだろう。両腕で自らを抱いている。スフェラは、警戒がますます強まったようだ。
「……そうよ。だったら?」
スフェラが問うと、レクスは「困ったなぁ……」とつぶやきながら頭をかいた。まるで、お客が来たのに皿の数が足りないとでも言うかのような雰囲気で。
「この時代に来た時、言っただろう? 魔法使いとは、友達になっちゃいけないって。何せ……」
レクスの顔が、残念そうにゆがんだ。
「魔法使いはみんな滅ぼさなきゃいけないんだ。せっかく友達になった人が死んでしまったら、悲しいだろう?」
「!」
スフェラが息を呑み、辺りはシンと静まり返る。
そして、その静けさを打ち破るように。遠くから音が聞こえてきた。ガション、ガション、ガション、という、重く無機質で、どこか聞き覚えのある音が。
「なっ……何? この音……」
「この音……鉄人形の足音か?」
そう。それは、セロやイヴの村を襲いに来るあの鉄人形達の足音とよく似ていた。だが。
「けど、いつもの奴らとは重みが全然違う……!」