未来から来た魔女
6
石に似ているが石ではない床は、歩く度にカツーン、コツーンという音を立てる。その音も、石の床を歩いている時の音に似てはいるが異なる音だ。
「なんつーか……変な建物だな。壁も床も、木でも石でもねぇし……どこまで行っても、白と灰色にしか塗られてねぇや。おかしな箱もゴロゴロ転がってるし。……未来のアトリエってのは、みんなこうなのか?」
セロは、物珍しそうに辺りを見渡した。あちらを見ても、こちらを見ても、生まれて初めて目にする物ばかりだ。
ここは言わば敵地であり、気を抜いてはいけない場所なのだという事はわかっている。だが、それでも目移りしてしまう。
そんなセロに、スフェラは「そうね……」とつまらなそうに頷いた。
「おおむね、こんな感じよ」
「なんか……怖いですね。冷たくて、感情が無いような……」
そこまで言って、イヴはハッとすると「ごめんなさい」とうつむいた。
「スフェラさんの時代の建物を、怖いとか冷たいとか言っちゃって……」
スフェラは、ふるふると首を横に振った。その目は、優しげで、悲しげで、さびしげだ。
「その感想は、あながち間違いじゃないわね。未来の建物は、ほとんどが無機質で無感情な印象を与えるわ。冷たく怖いと感じてしまっても、仕方が無いわね……」
「……」
どんな言葉を発すれば良いかわからず、セロとイヴは黙り込んだ。その前では、リッターもまた黙り込んでいる。ただし、彼の場合はこの場で発するべき言葉を探して黙り込んでいる様子ではない。険しい顔で、前方の扉をにらんでいる。
「? どうしたの、リッター?」
「動作反応を感知致しました。近付いてきます」
リッターの言葉に、セロとスフェラは表情を引き締め、イヴは顔を強張らせた。
「……鉄人形か?」
「……いえ。この反応は……」
リッターが言葉を言い切る前に、前方からガション、ガション……という音が聞こえてきた。音を耳にするなり、セロは反射的に剣を抜き放ち、構えた。
この音は、鉄人形の足音に似ている。だが、いつも聞いている鉄人形の足音よりも若干軽い音のようにも聞こえる。
音はどんどん近付いてくる。
ガション、ガション、ガション、ガション……。
やがて、プシュウという音と共に、扉が横にスライドし、開いた。
その向こうに、一見人間のような……しかし、目がプラムのように大きく――そう見えるのは、恐らくまぶたが無いからだろう――顔が鉄色をして仮面のような表情をしている〝何か〟がいた。
趣味の悪い仮面をつけているのでなければ、人間とは認識し辛い顔をしている。
「……っ!?」
相手の顔におびえ、イヴが声にならぬ悲鳴をあげた。セロも、常人とは思えぬその顔に息をのむ。
「な……何だ、こいつ!?」
「……G‐04A号、通称モルテ。私と同タイプの、警護ロボットです」
どこからかピピピ……という音を発しながら、リッターが淡々と情報を羅列する。
その目はモルテというらしいそのロボットを見ているが、見ていない。人間で言うなら、心ここに在らず、といった様子だ。相手の情報を思い出すのに集中しているようにも見える。
「同タイプと言っても、モルテはリッターよりも古いタイプよ。性能はリッターに及ばないわ」
不機嫌そうに、スフェラは言い切った。すると、その言葉に腹を立てたかのようにモルテが甲高い音を発し始めた。
ビーッ、ビーッと耳をつんざくような不快な音を立てながら、モルテはリッター以上に感情が無く無機質で冷たい声を発する。
「警告。警告。タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ。サモナクバ、強制排除シマス」
「だとよ。……どうする?」
一応、依頼主であるスフェラの顔を立ててセロが問うと、スフェラは不敵に笑った。
「考えるまでもないわ。……強行突破よ!」
「そうこなくっちゃな!」
少しだけワクワクしながら、セロは改めて剣を構えた。
リッターが「戦闘モード展開」とつぶやくと、どこからかシュン、という音が聞こえた気がする。
スフェラも銃を取り出し構え、イヴだけは少し後に下がった。
「敵意確認。敵意確認。強制排除ヲ実行シマス」
言うやいなや、モルテのどこかからも、シュン、という音が聞こえる。リッターと同タイプという事だから、こちらも「戦闘モード展開」という事なのだろう。
「やれるもんならやってみろ!」
モルテに向かって吼えるセロの横に、リッターが静かに立った。
「セロ様。私がモルテの動きを封じます。その隙に、魔法で攻撃を」
セロは「おう!」と威勢良く応じ、剣をモルテへと突き付けた。その行動にモルテがぴくりと動くや、叫ぶように唱える。
「紫電に焼かれて黄泉へと沈め! サンダーボルトジャベリン!」
唱え切るのとほぼ同時に、屋内だというのに雷鳴がとどろき、閃光が辺りをかけ抜けた。閃光はモルテに直撃し、次いで大ダメージを示すように雷鳴以上の激しい音を響かせる。
「どうだっ!?」
雷によって焼かれた辺りから発せられる煙の向こうを、セロはにらみ付けた。すると、煙の向こうからモルテが姿を現した。
少々こげて黒くなってはいるが、激しく壊れたような部分は見受けられない。動きも滑らかだ。内部の回路とか言うからくりも壊れていないらしい。
「な……」
目を見開くセロの耳に、ピピピピピ……という甲高い音が届いた。音は、モルテから聞こえてくる。
「データ解析完了。サンダーボルトジャベリン」
次の瞬間、セロは我が目を疑った。モルテの頭上にバチバチと音を立てる光の塊が発生したかと思うと、そこから鋭い光の筋が駆け巡り、セロに襲い掛かってきたのだ。
間違い無い。これは、先ほどセロが使った魔法と、同じ……
「うわぁぁぁぁっ!?」
「セロっ!」
悲鳴にも似たイヴの叫び声を聞きながら、セロは立ち上がった。振り向けば、先ほどまで自分が立っていた場所はまっ黒にこげ、ぶすぶすと煙を噴き出している。間一髪避ける事ができたが、もし当たっていたら……そう考えると、ゾッとする。
「……どうなってんだ? 何でこいつ、俺の魔法を……?」
「セロの魔法をコピーした? ……リッター、モルテにそんな能力は?」
スフェラの問いに、リッターは一度だけ首を横に振った。
「不明です。データベースにはそのようなデータは存在しません」
「なら、どうして……」
「ごちゃごちゃ考えても、らちが明かねぇっ!」
スフェラとリッターの会話をさえぎると、セロは態勢を立て直し、再びモルテに剣を向けた。
「煉獄の炎に包まれ灰燼と化せ! ブレイズプリズン!」
一瞬で燃え盛る炎がその場に出現し、モルテに襲い掛かる。攻撃はまたもモルテに直撃するが、それでもモルテは倒れない。またしても、ピピピピピ……という音が響いた。
「データ解析完了。ブレイズプリズン」
先ほどと寸分違わぬ激しい炎が現れ、そしてまたセロに牙をむく。
「ぐっ……! くそっ!」
今回も紙一重で何とかかわしたセロは、諦める事無く三度剣をモルテに向け、大きく深呼吸をした。そして、剣を両手で正眼に構え直すと、「こうなったら……」とつぶやいた。その様子に、イヴがハッと息をのむ。
「ちょっとセロ! 何をする気!? ……まさか……」
セロの返答に、否定の響きは一切含まれていなかった。
「チマチマした魔法が真似されちまうってんなら、真似できねぇよう一撃でブッ倒すだけだ!」
辺りに、黒く濃い闇が発生した。