僕と私の魔王生活











 小鳥が囀る声が聞こえる。

 あぁ、朝か……と一人呟きながら、メトゥスはのそりと身を起こした。

 昨日は一日大変だった。

 優音が住める状態にするために、必死で部屋を片付けたし、掃除もした。正直、これだけ片付けと掃除をするんだったら客室を一室整えても同じだったんじゃないだろうかと思わなくもない。

 ……が、クロに言わせると、それでも誰かが使っている部屋と、長らく使われていなかった部屋では空気が違うのだそうだ。

 ……いや、だからどうした。最初の数日空気が違っても、住んで使ううちに馴染むものじゃないのか。そんな事を言い出したら、今後宿泊客は全員己の部屋に泊める事になるんじゃないのか。

 そう言えば良かった事に気付いたのは、部屋がピカピカとまではいかずとも、抵抗無く誰かを通して寝泊りさせる事ができるほどに整え終えた頃だった。

 とりあえず、クロはこの状況を楽しんでいるのだと思う。あの使い魔は、とにかく昔からメトゥスをからかう事が大好きだったから。でなければ、「何故仮とは言え捕虜を泊めるためにそこまで掃除をするんだ」とツッコミを入れるだろうから。……と言うか、何故クロは勿論、他の召使いや臣下達も何も言わないんだ。

 ひょっとしなくても、この城にいる者全員が事態を把握しているんじゃないのか? 昨日メトゥスが一人大掃除に勤しんでいる間、優音の事はクロに任せきりにしていた。クロが様々な事を優音に吹き込んだり、通りがかった臣下や召使い達に洗いざらい話してしまった可能性は、大いに有り得る。

 ほとんど優音に考えて貰ったとは言え、多少なりとも悩んだ設定。ほぼ無駄だったのではないだろうか、これは?

 とにかく、そんな感じで一日を片付けと掃除に費やした。その後は優音に城の中をざっと案内したのだが、恐らくこれは、メトゥスが片付けをしている間にクロや他の臣下が済ませている。それに気付いたのも、案内が終わってからだった。誰も何も言わないが、だからこそ「案内ってもう済ませましたか?」などとは訊き辛い。

 おかしい、と思う。

 魔王として最弱、などとはよく言われてきたが、自分はここまで抜けていただろうか、と自問自答せざるを得ない。

 ひょっとして、舞い上がっているのだろうか。誰かを自室に泊めるなど、初めての事だから。しかもこれは、いつまで続くかわからない。おまけに、相手は異性だ。手を出す気は全く無いし出せる気もしないが、それでもこう……ドキドキする。

 初めての事尽くしなのだ。舞い上がって抜かりが多くなってしまうのも、仕方が無い。……と、己に言い聞かせた。

 夜の食事は簡単に済ませ、寝具に潜り込んだのは割と早い時間だったと思う。前日は人間の世界への侵攻準備のために完徹したのだから、早く眠くなってしまったのは道理だろう。

 メトゥスはいつも通りベッドで眠り、優音は隣のソファで眠る。ベッドを譲ろうとしたら、部屋の主が何をしようとしているんだ、と怒られた。

 ……彼女、早くも魔族の世界……と言うか、クロを初めとする使い魔や臣下の性格に馴染んできているんじゃないのか? あんなに感情が薄かったのに。人間とは、こんなにも早く変わるものなのか?

 クロも、彼女には何かを感じたようだった。それが何なのかは、クロもよくわかっていない様子だったけれど。

 彼女は一体、何者なんだ? ただの人間ではないのか?

 疑問は尽きないが、強烈な睡魔には勝てず。彼はもやもやと考え事をしながら、そのまま眠りに就いた。寝惚けて、同室で眠る優音を襲うのではないかと実は密かに心配していたのだが、その心配は無駄であったと力強く言えるほど、ぐっすりだった。

 そして目覚めた現在、窓の外で鳴く小鳥の囀りを聞きながらぼんやりしている、というわけだ。

「あ、ユーネ……おはようございま……」

 相手が起きているかもわからないまま、メトゥスは優音がベッド代わりに使っているソファの方を見た。そして、ばちりと目が覚める。

 いない。

 昨夜、たしかにそこのソファで横になっていた筈の、彼女の姿が見えない。

 一応、彼女は人間の捕虜という体になっている。例え既に有名無実化していたとしても、彼女が勝手に一人で城の中を出歩くのは良くない……と思う。それに、メトゥスが彼女の安全を保障しているのは、彼の部屋だけだ。そこから一歩でも一人で外に出たら、何が起こるかわからない。……いや、何となく誰も彼女に暴力を振るったり無体を働いたりはしないような気がするのだが。それも絶対ではないわけで。

 慌ててベッドから飛び出し、上着を引っ掛ける。まずはどこから探せば良いだろうかと、必死で頭を巡らせた。

 その思考を邪魔するように、窓ガラスをカツカツと叩く音がする。視線を巡らせてみれば、クロが窓ガラスを突いてメトゥスの事を呼んでいた。

「クロ! 丁度良いところに! ユーネを見ませんでしたか? 起きたら姿が見えなくなっていたんです!」

 勢いよく窓を開け放ち、クロに一言すら喋る暇を与えずに問うメトゥスに、クロは呆れたような顔をする。

「慌てんのが早過ぎだろうがよ。慌てるにしても、少しぐらい探してから慌てろっての。娘っ子なら、厨だよ、厨」

「厨?」

 首を傾げながらも、そう言えば何やら良い匂いがする事に気付いた。

「え? 何やってるんですか、これ……?」

「厨でやる事っつったら、一つだろうが」

 クロの言葉に、メトゥスは増々首を傾げる。

 たしかに、厨でやる事と言えば一つしか無い。だが、昨日魔族の世界に来たばかりの彼女に、果たしてそれができるのだろうか? 実際に良い匂いがするとはいえ、首を傾げざるを得ない。

 彼女はまだ、こちらの食材など何も知らないはずなのに。











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