お母さんは変身ヒーロー!




◇6◇





「……お、お母さん……?」

一度見た事があるとは言え、あまりに普段と違う母親の姿に戸惑ったのか、尋貴は恐る恐る私に声をかけた。だが、私は尋貴に顔を向けようとはしなかった。もし尋貴の顔を見たら、折角決めた答が揺らぎそうな気がしたからだ。尋貴の顔を見る事のないまま、私は尋貴に尋ねた。

「怪我は無いか? 尋貴、智尋」

すると、無味乾燥な問いに困惑しながらも尋貴はおずおずと頷いた。

「う、うん……」

「俺も尋貴も無事だよ。それよりも、理貴……」

「無事なら、良い」

何か言いかけた智尋を制止し、私は目の前にトカゲ型怪人にブレイドを突き付けた。尋貴の前にいる事で揺らぎそうになる自分の心を抑え付ける為、いつも以上に冷たい声で喋ろうと努める。

「貴様……何をしようとした?」

「なっ、何って……」

気が動転しているのか話が呑み込めていないのか……怪人は冷や汗を流しながら問い返してきた。ここで何が琴線に触れたのか……私は思わず激昂して怪人に怒鳴り付けた。

「うちの子に何をしようとしたと訊いている!!」

後に達也から聞いた話では、この時の私は物凄い形相をしていたらしい。それでなくても、この台詞……。今思えば、親ばかまではいかずとも、ヒトの親全開としか思えない台詞だ。

その台詞に呆れたのか、たじろいだのか……怪人は少々どもりながらも、私を馬鹿にするように言った。

「え……餌にしようとしたに決まってんだろ! 人間の子どもは俺様達にとって、最高の御馳走なんだからな!」

瞬時に、私の頭に血が上り切った。

「貴様っ!!」

激昂した私は勢い良くブレイドを振り上げ、一閃の元に怪人を切り捨てようとした。すると、達也が慌ててそれを止めに入ってきた。

「ま、待て待て、理貴! 今そいつを殺したら、お前今度こそ尋貴に……」

……そうだ。今この場――尋貴の目の前でこの怪人を殺せば、私は今度こそ、尋貴に嫌われる。だが……

「嫌われても、構わない。それで尋貴の安全を守れるのなら、安いものだ……」

「え……?」

私の呟きに、達也がきょとんとした。私はそんな達也と、自分自身に言い聞かせるように、ブレイドを怪人に突き付けながらもぽつぽつと呟いた。

「そうだ。何故忘れていたのだろう……。私が出産後も危険な前線に立つ事を選んだのは、腹を痛めて産んだこの子に、平和な街で育ってもらいたかったからだ……。だからこそ、前線に戻る事を決めた……」

自分が戦場に戻る事で、一刻も早く平和な街を取り戻したかった。尋貴に、怪人に襲われる心配の無い、安全な街で健やかに育ってもらいたかった。だから……

「だから……嫌われようとも貶められようとも……私はこの子の為に戦い続ける!」

「理貴……」

「お母さん……」

達也と尋貴が、言葉が見付からないという様子で私を呼んだ。その視線を振り切り、私は怪人を睨み直した。

「長話は終わりだ……。まずは、この戦いを終わらせる……!」

私は怪人の首を刎ねる為、ブレイドを高々と振り上げた。そして、狙いを定めると一気に振り下ろす。

ちらりと、周囲の人間達の必死の形相が見えた。

「理貴、駄目だ!」

「理貴ちゃん!」

「理貴!」

達也、美菜、智尋の声が耳を打つ。だが、私の腕はブレイドを振り下ろす動きを止めようとしない。

尋貴の、泣き叫ぶ声が聞こえた。

「お母さん! やめてぇっ!!」

小雨は未だに降り続いている。その音が、妙に耳に響いた。



# # #



雲一つ無い晴天の下。今日も今日とて街中では、達也達と雑魚戦闘員及び怪人との戦闘が繰り広げられていた。戦いは始まったばかりなのか、五人は変身せずに生身のままで戦っている。

だが、いつまで経っても減らない雑魚戦闘員の数に嫌気が差したのか……一同は口々に鬱陶しそうに愚痴を呟き始めた。

「ったく! よくもまぁ、毎回毎回同じような作戦ばっかり考えてくるわよね」

「本当に……。いい加減、懲りて欲しいですよね……」

「せめてさ、怪人のタイプくらい、たまには変えて欲しいよね」

「そうだよねぇ……。流石に飽きるじゃんねぇ?」

「文句があるなら、さっさと片付ける! いつまでも同じ作戦じゃ駄目だって、思い知らせてやろうぜ! それじゃあ、皆! 変身だ!!」

不満たらたらの一同を窘めて達也が号令をかけると、四人は「おう!」と叫びながら構えのポーズをとった。

「武装強化! モード・ガーディアン、アドベント!!」

一瞬で五人はバトルスーツに身を包み、名乗りをあげるのも省いてそのまま雑魚戦闘員達と戦いを続行した。だが、それでも雑魚戦闘員は中々減る様子を見せない。

「だーっ! 相変わらず多過ぎるっつーの!」

「苦戦しているようだな」

「!」

あまりの数に、遂にキレた達也に、声をかけた者がある。雑魚戦闘員を切り捨てながら達也が振り向けば、そこには黒のジャケットを着た理貴が、不敵な笑みをその顔に湛えて立っていた。

「理貴さん!」

数秒遅れで怪人を切り捨てた優介が名を呼んだ。すると、理貴はそれに雑魚戦闘員の数を数えながらゆっくりと呟いた。

「……全部で二〜三十体といったところか……」

「お、何? 手伝ってくれんのか?」

儲けたと言わんばかりに達也が問うと、理貴は呆れながら左腕のブレスレットを掲げた。

「それが仕事だろうが……武装強化!」

一瞬で変身し、理貴はブレイドを抜き放った。そして、そのまま斬りかかろうとする彼女を、達也が慌てて止める。

「あー、待った待った! 久々に全員揃ったんだからさ、アレやろうぜ? な?」

その言葉に、理貴は再び呆れた顔をしたが、素直にブレイドを下ろして一歩下がった。数秒後には、目の前の雑魚戦闘員を片付けた吉野、善太郎もやってくる。

六人は一列に並び、怪人をひたと睨みつけると決めポーズを取り、それぞれの名乗りをあげた。

「熱き守護者、レッドガーディアン・日向達也!」

「優しき守護者、ピンクガーディアン・安田美菜!」

「気高き守護者、ブルーガーディアン・水谷吉野!」

「強き守護者、イエローガーディアン・稲葉善太郎!」

「賢き守護者、グリーンガーディアン・木村優介!」

「静かなる守護者、ブラックガーディアン・早坂理貴」

名乗りを終えた六人は一旦決めポーズを解除し、そのまま全員が同じポーズを取り始めた。

「悲鳴を好む悪しき奴らに、街の平和は渡さない! 特殊守護戦隊ストリートガーディアンズ、ただ今参上!!」

やっぱりトリの爆発は起きないが、それでもこれでそれなりに士気が上がったようだ。達也達の表情は、明らかに先ほどよりもやる気に満ち溢れている。それを横目で見た理貴は、「もう気は済んだろう」と言わんばかりの表情でブレイドを構え直した。

「いくぞ!!」

言うや否や理貴は駆け出し、抜き放ったブレイドで雑魚戦闘員達に斬りかかった。だが、いつもであればそのまま動かなくなる雑魚戦闘員達は、斬られ倒れた後ももぞもぞと動いている。

死んでいない。理貴は手加減をしているのか、雑魚戦闘員達を殺していない。それは、誰の眼から見ても明らかだ。

一人増えただけでも、物理的にかなりの援けとなったのだろう。それでなくとも、先ほどの名乗りで全員の士気は上がっている。遂に雑魚戦闘員達は減り始め、遂には片手の指だけで数えられるほどの数まで減った。

そこで一旦動きを止め息を整えると、理貴は懐から何かを取り出した。チョークほどのサイズのそれは、白銀色の細長い筒で、よくよく見ると小さな穴が上部にいくつか空いている。理貴はその筒を構えると、倒れた雑魚戦闘員達目掛けて構えを取り、鋭い声で言い放った。

「街を騒がせた罰だ! 暫くの間眠っていろ!」

言うと同時に筒を投げる。筒は雑魚戦闘員達の間に見える地面に当たり、カツンと音を立てた。すると、穴から白い煙が吹き出し、怪人達を包みこむ。数秒後に煙がひくと、そこには雑魚戦闘員達は二十分の一ほどまでに縮めたフィギュアのような姿になってしまった。フィギュアと化した雑魚戦闘員達は、凍ってしまったかのようにぴくりとも動かない。まるで、本当のフィギュアになってしまったかのようだ。

それを確認すると、理貴は再びブレイドを構えた。残る雑魚戦闘員達を達也達に任せ、自らはワニ型の怪人へと真っ直ぐに斬りかかっていった。

その様子を見ながら戦う達也達は、すっかり調子を取り戻したらしい理貴の姿に安堵の表情を浮かべた。

「それにしてもさ、長官も人が悪いよね」

美菜が言うと、達也が頷いた。

「だよな。実は俺達にも内緒で、新兵器を開発してたってんだからさ」

頷く達也の耳に、あの日の雨音が蘇った。






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