ガラクタ道中拾い旅













最終話 ガラクタ人生拾い旅












STEP1 近況を拾う






























「……血、かしらね」

十年も前にやらかした事を昨日の事かのように話され、ワクァは再び頭を押さえた。どうやら、本当に頭痛が悪化したようだ。

「ワクァのお父さんも相当心配性だったけど、アンタ、それに輪をかけてるわ。お陰で、こんなに面白い話をわんさか拵えちゃってまぁ……」

「ヨシさん……そろそろワクァが本気で寝込みそうなんで、やめてあげて欲しいっス……」

本気で心配している顔のトゥモに、ヨシは「そうね」と頷いた。

「じゃ、王様をからかった事だし、そろそろ王子様と遊びに行きますか!」

やっと思い出したくも無い話が終わった事にホッとし、ワクァとヨシ、それにトゥモは中庭へと足を向ける。

「……それで、本当に何の理由も無く来たのか?」

歩きながら、ワクァは疑わしげな目をヨシに向ける。ヨシが「ん?」と首を傾げると、「あのな……」と目を眇めた。

「お前は個人でここに来る時、突然庭や個室に現れるか、手続きをして謁見の間に来るかのどちらかだ。庭に現れるのは、急ぎで手続きを待っていられない用事がある時が殆どだろう? そして、手続きをして謁見の間に来るのは、本当に何も用事が無くて雑談をしに来た時か……庭に現れる時以上の重要な用事がある時だ」

謁見の間に現れた時の殆どは、本当に雑談だけだ。だから城内の者達は、謁見の間にバトラス族の族長が来た時は気楽なお喋りをしに来たものだと認識している。その認識を逆手に取って、周りにも知られたくない話をしに来る事が極稀にだがあるのだ。

「……で、今日は重要な話をしに来たんだと思うわけ? どうして?」

「普段の雑談は、今年はどこそこの畑が豊作だの、不作だの。どこの治安が良さそうで悪そうか、バトラス族が飼っている山羊が仔山羊を産んだとか、生活に関わりのある話ばかりをするだろう。遊牧民族であるバトラス族から届くその情報のお陰で、何事にも早めに対処ができているからな。正直、助かっている。……それが、今回はそういった話が一切出てこない。俺をからかう話題ばかりだ」

まるで、くだらない話しかしないから、周りには聞く価値が無い、興味を持つな、と言っているようだと、ワクァは言う。するとヨシは「流石」と小さな声で言った。

「……と言っても、まだどこまで重要な話になるかわからないのよね。だから、一応こっちのルートで会いに来たってワケ。……ウトゥアさんから、手紙が来たのよ」

「ウトゥアから?」

怪訝な顔をするワクァに、ヨシは頷いた。

「そう。陛下の身に何かがある予兆があるから、ヘルブ街に来て警戒する事はできないか、ってね。ほら、ワクァを見付けてここに連れてきたのは私だし、その後も何だかんだと一緒に色々やってきたから。何か起こった時には、私とワクァで組んだ方が良いって思ったみたいよ。ウトゥアさん」

「……そんな話は、ウトゥア自身からも、フォルコからも聞いていないが……」

困惑気な顔をして言うワクァに、ヨシは難しそうな顔をした。

「手紙にも、ワクァにも伝えるような事は何一つ書いてなかったわ。……変よね。ウトゥアさんとフォルコさん、夫婦でしょ? フォルコさんはウトゥアさんの占いの力をよく知ってるし、ウトゥアさんも占いの結果が出た時にはまずフォルコさんに見解を聞くようにしてるって聞くし。……この事はフォルコさんも知ってるはずなのに、ワクァに何も注意をしてないとか……」

どういう経緯があったものか、あの堅物のフォルコと風変わりなウトゥアが今では夫婦である。話を聞いた時には全員が椅子から転げ落ちそうになるほど驚いたものだが、案外ウマが合うらしく、間に二子を設けて上手くやっているらしい。

「フォルコが注意をしに来ないとなると……余程切り出しにくい話なのか。それともウトゥアでもまだどう動けば良いか判断できないほど微妙な内容なのか……」

考えていても、それ以上の情報が無い以上は埒が明かない。考えるのを止めにして、三人は中庭へと足を速めた。

中庭では、トヨがマフを相手に楽しげに遊んでいる。十五年前にはワクァやヨシの肩にぶら下がっていたマフが、今ではフォルコよりも大きく育っている。

パンダイヌの寿命は三十年程度だという話だから、今は人間で言うなら三十から四十歳といったところだろうか。人懐こい性格は相変わらずで、背中にトヨを乗せて中庭で遊んでいる姿がよく見られる。

トヨは、ワクァ達の姿を見付けるとマフの頭を撫で、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。二振りの木剣を手に持っている。

「ヨシ、遊ぼう! 川に行って、魚を獲ろうよ!」

「トヨ。遊びに行く前に、やる事があるだろう?」

すぐにでもヨシの手を引っ張って走り出しそうなトヨに、ワクァが苦笑する。するとトヨは「あっ」と呟くと頭を掻いた。

「忘れてた。父様とも遊んであげないとね」

そう言いながら、その顔は非常に嬉しそうだ。二振りの木剣のうち、長い方をワクァに手渡してくる。ワクァは苦笑しながらそれを受け取ると身軽な格好になり、木剣を構える。トヨも、同じように構えた。

「あぁ、今もやってるのね。親子手合わせ」

「毎日の日課っスよ。トヨ殿下は遊びって仰るっスけど、ワクァはワクァで容赦しないっスから。今では兵士の訓練顔負けの迫力っス」

トゥモがそう言った傍から、トヨが一気に駆け出し、ワクァに打ちかかった。ワクァはそれを受け止めると剣を押し返し、体を沈めて剣を一閃させる。辛うじてそれを避けたトヨが懐に潜り込んで剣を突き出せば、ワクァはそれを紙一重で躱してトヨの足を払おうとする。とても、父と子の遊びとは思えない様子であり、トヨの剣技も十歳とは思えない。

「すご……そう言えば、ワクァとヒモトちゃんの息子だものね、トヨくん」

「最初は、互いに遊びのつもりだったんスけどねぇ……トヨ殿下の呑み込みが早いものだから、ワクァもヒモト様も喜んでしまって。今ではすっかりこの調子っス」

「……まぁ、次の王様が強いのは、良い事なんじゃないの?」

「それはまぁ、そうっスけどね。……因みに、時々ここにヒモト様も混ざるっス。トヨ殿下と組んで二対一になった時には、流石にワクァが負けてたっスねぇ」

ヨシとトゥモが軽い会話を交わす間も、ワクァとトヨは激しく打ち合い、共に一歩も退かない。その様子を見ているうちに、ヨシが首を傾げた。

「……ねぇ、トゥモくん?」

「何スか?」

振り返ったトゥモに、ヨシは難しそうな顔をして問う。

「何となく……なんだけど。ワクァの動き、何だか鈍くない?」

「そうっスか?」

言われて、トゥモも気になったらしい。しばらく動きを眺めて、唸る。

「言われてみれば……何となく、いつもよりも少しだけ遅いような……」

しかし、それ以上何がおかしいのかもわからない。二人が首を捻っている間に、手合わせはワクァの勝利で終わった。

「……父様、少しは手加減してよ」

「今のトヨ相手に手加減なんかできるか。それに、手合わせで手を抜いたと知られたら、俺がヒモトに怒られる」

苦笑しながらワクァは木剣をトヨに返した。

「遊びに行く前に、着替えてこい。そのまま夕方まで遊んでいたら、汗が冷えて風邪をひくぞ」

「はい! ヨシ、ちゃんと待っててよ!」

「はいはい」

ヨシの返事を聞くと、トヨは城内に駆け込んでいった。その後ろ姿を眺めながら、ヨシは「ふぅん」と言う。

「何だか、すっかり良いお父さんじゃないの? 昔のワクァからは想像できないわ」

「そうだな……俺も驚いている」

上着を着ながら、ワクァは笑った。

「ヨシに拾われて旅をして……マフと出会って、トゥモ達と友人になって。ウトゥアに会い、両親と再会できて、フォルコと打ち解けて。縁あってヒモトと夫婦になって、トヨを授かって……そして今、トヨと剣の手合わせをできるようになって。王となって責任は重くなったが、その重さに潰されずに済むぐらい……支えてくれている。すごく幸せで……自分がここまで幸せになれたという事に、驚いている」

「私は今、アンタの口から幸せって言葉が素直に出てきた事に驚いてるわ。……いや、良い事だと思うけど」

どこか呆れた口調のヨシに、ワクァはまた笑った。その笑顔に、ヨシは何か、違和感を禁じ得ない。

「……ワクァ?」

「ヨシ、トゥモ」

ヨシの声を遮るように、ワクァが二人の名を呼んだ。その顔は、真剣そのものになっている。

「……何?」

「どうしたんスか……?」

怪訝な顔をして問うと、ワクァはトヨが去っていった方角を眺める。そして二人を正面から見ると、はっきりと聞こえる声で言った。

「もしも俺に何かあった時は……トヨの事を頼む」

そう言って、頭を下げた。ヨシとトゥモは顔を見合わせ、困惑した表情でワクァを見る。

「な、何言ってるんスか? ワクァ……縁起でもないっス」

「そうよ。それに、言われなくても何かあったら、トヨくんの事はお節介焼くわよ。当たり前じゃない!」

「そうか……」

そう言って、ワクァは薄く笑った。そして、城内へ戻る道を歩き出す。

「悪いが、書類が溜まっているんだ。ここで俺まで川に行ったら、またフォルコに説教を喰らう羽目になるからな。トヨのお守りを頼む」

「う、うん……」

頷き、城内に戻るワクァを見送る。トゥモは、ワクァについて行った。入れ違いに、トヨが戻ってくる。ワクァは、トヨの頭を軽く撫でると、そのまま城の中に姿を消した。



ヘルブ街の宿に投宿していたヨシに、王が倒れたとの急報が届いたのは、その夜の事だった。












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