ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP4 折れた心を拾う



























陽が落ちた。火を入れていない部屋は真っ暗と言っても差し支えないほどで、外から入ってくる月光で何とか物の輪郭がわかる程度になっている。

暗い部屋の中、壁にもたれて座り込んだまま、ワクァはぼんやりと前方を見ていた。何があるわけでもない。ただ、目を閉じる気にもなれず、かと言って首を巡らせる気力も無く、ただひたすら、あるがままでいた結果、前方をぼんやりと眺める事になった。

涙は枯れ果てた。声も掠れるまで叫んだ。手足に力が入らず、頭にはぼんやりと霞がかかったようで、何も考える事ができない。

時折頭が働いたかと思えば、今までリラと戦い、助けられてきた記憶ばかりが思い出されてくる。すると、枯れ果てた筈の涙が再びじわりと湧き上がってくるような気がして。そして、結局涙は出なかった。

生きる気力が湧いてこない。しかし、死のうという気力も湧いてこない。何をする気力も湧いてこず、ただこうして、ぼんやりと座っている事しかできない。右肩の傷が痛んでも、顔を顰める事すらできなかった。

廊下に出るショウジが、すらりと軽い音を立てて開く。部屋の中に、柔らかい光が差し込んできた。それでも、ワクァは首を動かす事が無い。

スッスッという、ほとんど音の無い足運びで、ヒモトが入ってきた。

ヒモトはワクァの正面まで来ると、すい、と静かに屈み込んだ。ワクァの顔を覗き込むようにするが、それでもワクァの反応は無い。

しばらくの間、ヒモトは何も喋らなかった。ただ、ジッとワクァの顔を見詰めている。やがて、どれほど待ってもワクァが反応する事は無さそうだと感じ取ったのか、小さく口を開いた。

「……りらを……」

「……っ」

りら、の二文字に、初めてワクァが反応した。顔が上向き、ヒモトが抱える包みに目を遣り。そして、その長さからリラがやはり折れてしまったのだという事を再認識したのか、声を発する事無く項垂れる。はぁ……と、苦しそうな吐息が漏れた。

「りらを、供養しようと思います」

苦しそうな呼吸が、一瞬止まったように思われた。ヒモトは、畳み掛けるように言う。

「テア国では、長く使いこまれた剣、職人が丹精込めて打ち上げた剣には、魂が宿るとされております。そのため、折れてしまった剣を供養するための儀式や、場も。勝手に供養するわけにも参りませんから、持ち主であるワクァ様の許可を頂きに参りました。……よろしいですね?」

ワクァは、力無く頷いた。力無さ過ぎて、頷けたかどうかもわからない。その様子に、ヒモトはどこか悲しげにこうべを垂れた。

「我が国の不手際で、このような事になってしまい……私は、ワクァ様に何とお詫びをすれば良いのか……」

ヒモトのせいではない。鈍った頭で何とかそこまでは考える事ができた。しかし、それ以上の思考が働かない。考える代わりに、首を横に振った。今度も、力が入らず振れたかどうか、わからない。

「……勝手な事を申し上げるようですが……」

言葉を探し、選び、ヒモトはリラの包みを強く抱いた。かしゃん……という金属が触れ合う音が微かに聞こえる。

「私は……私は、もう一度……ワクァ様が戦う姿を見たいと。そう……願っております」

屈めていた腰を床に落ち着け、綺麗な姿勢で座る。ワクァは、動かない。ヒモトの顔が、不安そうに歪んだ。

「皆様には、ああ言いましたが……本当は私も、不安です。貴方様の心が、折れたまま戻らなかったら、どうしよう、と。あの美しくも勇ましい戦姿を、もう見る事ができなくなってしまったら。もう、貴方様と言葉を交わす事ができないとしたら? 城下町の案内も、まだ途中でした。もっと、剣や、剣術についてお話ししとうございます。それが全て、もう二度とできなくなってしまったら……考えるだけで、不安になってしまうのです」

まくし立てるように言っても、ワクァはぴくりとも反応しない。ヒモトは、両手をワクァの肩に遣った。リラの包みが、がしゃりと音を立ててワクァの膝に落ちる。

「私だけではありません。ヨシ様も、トゥモ様も、フォルコ様も。皆、不安を感じていらっしゃいます。皆、また貴方様が動き回る姿を見たいと思っていらっしゃるのです。ですから!」

思わず声を荒げ、そしてハッとしたヒモトは、声を落とした。声と一緒に、肩も落ちる。

「ですから……きっと、戻ってきてくださいませ。今は休まれて構いません。ですが、そのままではなく……また、ご自分の足で立って、歩いて、走って、戦って……そのようなお姿を、私達に見せてくださいませ……!」

感極まったヒモトの頬が、ワクァの頬に触れる。冬の事、火を入れていない部屋にずっと佇んでいたワクァの頬は、氷のように冷たい。

その、冷たく冷え切った頬を、熱い物が一筋伝った。

「……っ!」

今まで声も出なかった口から、嗚咽が漏れる。枯れ果てた筈の涙が、再び溢れ出していた。

ワクァの手が、膝に落ちたリラの包みを握る。あまりに強く握ったためか、布が裂け、折れた刃が剥き出しになった。それに気付いたヒモトは慌ててワクァから包みを取り上げ、懐から取り出した布で傷付いた手の止血をする。幸い、それほど深い傷にはなっていないようだ。

手当をするヒモトの右肩に、ワクァの頭がことりと被さった。布を縛り終えたヒモトは、その場を動かず、左手でワクァの頭を撫でる。ゆっくりと撫でているうちに、次第に嗚咽の量は増えていく。右肩が、涙で湿っていくのがわかった。

やがて、嗚咽も涙も収まり。ワクァは再び、壁にもたれ掛る形となった。目の周りが前にも増して赤く腫れてしまった事を除けば、結局ヒモトが入ってきた時と様子は変わらない。

ヒモトはしばし、迷うような顔で考えた。そして、意を決したように眉を吊り上げると、腰に帯びていた雪舞を鞘ごと引き抜き、ワクァの前に置く。ごとり、という音に、ワクァが少しだけ反応した。

「いつ何時、ホワティアの者がお命を狙って忍び込んでくるかわかりません。しばらくの間、りらの代わりにこの雪舞をお持ちくださいませ。ヘルブ国の剣と多少の勝手は違いますが……貴方様なら、使いこなす事ができましょう」

そう言って、リラの包みを抱えて立ち上がる。部屋から出て行き際に、ヒモトは一度、ワクァの方を振り向いた。

「昼間にお話ししましたが……その雪舞は、私が自ら打った、己の分身のように思っている刀……。その大事な刀を貴方様にお預けする意味……考えてみてくださいませ。それに……今まで貴方様が、りらで何を守ってきたのか。りらは何を守ってきたのかも……」

その言葉を最後にショウジは閉じられ、たん、という小さな音がする。真っ暗になった部屋の中、ワクァは壁にもたれたまま、雪舞の方を見る。

そこに雪舞がある事を認識しているのかは、わからない。ただ、そこをジッと、見詰めていた。












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