ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP3 願いを拾う
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ユウレン村の若者達は強い。その事は、ワクァもよく知っている。現に彼らは、戦争は初めて、剣で戦う事も慣れていないだろうに、ホワティアの兵士相手に剣で善戦し、誰一人として欠けず、重傷を負った者もいない。
トゥモも、強い。投げナイフの腕は確かで、その腕には何度も助けられた。安心して背を預ける事ができる一人だと、ワクァは思っている。
バトラス族のセイ、タズ、カノ。ヨシの幼馴染だという彼らも、当然強い。ウルハ族の村で、その活躍は既に見知っている。タズとカノについては、先の天幕の中で充分にその強さを見せ付けられた。この二人が天幕に入る事を許可されたのは、それほど強そうに見えなかったからだという。セイは、カノよりもずっと逞しい体格をしている。きっと、その体格から得る印象を裏切らぬ強さも持っている事だろう。
ヨシは、当然強い。そして、動きが自由奔放で読む事ができない。今まで幾度、その動きに驚かされ、助けられたかわからない。少なくとも、ルール無用で戦えば、己が知る人間の中では一、二を争う強さだろうと、ワクァは思う。
己自身も、それほど弱いとは思わない。幼い頃から、傭兵奴隷――いや、護衛として戦い詰めだった。タチジャコウ家から暇を出されてからも、旅の途中で何度も事件に巻き込まれ、因縁を付けられ、盗賊に襲われ、時にはギルドの仕事を請け負って、戦わない日の方が少ないであろう日々だった。その日々を乗り越えてきている自分は、少なくとも弱くはないだろう。
強い者、弱くはない者。そんな者達が十六人も集った、この部隊。どんな敵と戦っても、負ける気がしない。
……が、それは数が同等であればの話。流石に、十六人対三万人では分が悪い。ずっと全力で戦い続けてきた疲れが出始めている。
森に入ってしまえば、少人数である分逃げやすいかもしれない。だが、ここはまだホワティア軍の第一陣半ば。森までは距離がある。
捕らえたホワティアの王が足手まといになっているという事もある。ここで殺すなり捨て置くなりしてしまえば、速度は上がる……が、それと同時にホワティア軍に攻撃を躊躇わせる盾を失ってしまう事にもなる。
それに、軍を退かせる交渉をするためにも、ホワティア王はこのままヘルブ国軍の陣地まで生かしたまま連れ帰る必要があるだろう。どの道、ここで手放すわけにはいかない。でなくば、危険を冒して、変装までしてここまで来た意味が無くなってしまう。
結局は、走るしかないのだ。走って、何とか森まで逃げ込むしかない。森に入れば、木々が矢を防いでくれる。岩や木の根が、兵士達の足止めをしてくれる。
少しでも速度を上げるためだろう。ワクァを除く男達全員が、鎧を脱ぎ捨てた。危険は増すが、追いつかれれば結果は同じ。
ホワティアの王は手足を縛り、アークとセイが小麦袋を担ぐようにして運んでいる。これは、体格の良いこの二人に頼むしかない事だ。
「! ワクァ、矢!」
ヨシが叫び、ワクァが振り向きざまにリラを振るう。飛んできた矢は両断され、地に落ちた。だが、矢は一本だけではない。次々に休みなく飛んでくる。
ワクァがリラを振るい、アークとセイを除く男達も剣を振るい。カノは先ほど兵士から奪い取った槍で叩き落としている。ヨシとタズは、石を拾っては投げ、矢を射ち落としている。
「あいつら……自分達の王がどうなっても良いのか!?」
「これだけ人数がいる割に、飛んでくる矢の数がそれほど多くねぇ! 弓の腕に自信のある奴だけが撃ってきてるんだ!」
多くないと言っても、少なくも無い。間断無く飛んでくる矢に対処していては、ますます動きは遅くなる。剣を振るう事で、体力も削られる。矢を叩き落としていては、接近戦に対処できない。
一条の矢が、ついにソウトの足を貫いた。
「あっ!」
足を負傷したソウトが、短く悲鳴をあげて倒れ込む。何とか立ち上がるが、足を引き摺ってしまい走れそうにない。
「ソウト!」
叫び、ワクァが駆け寄ろうとする。だが。
「来るな!」
ソウトが叫び、ワクァは足を止めた。ソウトは叫ぶように言う。
「出掛ける時、言っただろ、ワクァ。誰かが死にそうになっても、気にするなって!」
「それは、変装している間の事だ。今は違う!」
「違わねぇよ!」
ソウトが怒鳴る。他に駆け寄ろうとしていた者、矢への対処で動けなくなっていた者も、ビクリと体を強張らせた。
走れなくなり、それでも剣を振るって矢を叩き落としながら、ソウトは言う。
「お前らが今すべき事は何だ? ホワティア王をヘルブ国の陣地へ連れて行って、軍を退かせる事だろ! 俺一人を気にして、全部を台無しにして良いのか? 良いわけねぇだろ!」
「しかし……」
ワクァは言葉に詰まった。詰まらせている間にも、矢は飛んでくる。それを叩き落としながら、ソウトに近付く。
「おい……行けよ。気にするなって言ってんだろ!」
近付けば、わかる。強がってはいるが、手が震えている。
ワクァは一条の矢を叩き落とし、腹を括るように息を吐くと、ソウトの腕を己の肩に回した。
「おい! ワクァ、馬鹿! 何やってんだ!」
「出掛ける時、こうも言った筈だ。全員、絶対に死なない、と!」
グッ、とソウトが声を詰まらせた。ソウトを引き摺るようにしながら、ワクァは走り出す。矢も、走りながら叩き落とす。速度は落ちる。歩くよりも遅い。
「置いてけよ! 折角、十六年ぶりに会えた父ちゃんと母ちゃんが……お前に何かあったら悲しむぞ!」
「ソウトに何かあったら、ソウトの両親が悲しむだろう!」
「……けど……」
「ソウト! 多分、もう何を言ってもワクァはお前を捨てて行ったりしねぇぞ! なら、喚いてワクァを手間取らせるな!」
アークの言葉に、ソウトは黙り込んだ。せめて、と言わんばかりに、痛む足を何とか動かす。その姿に、ワクァは泣きそうな顔になった。
「……ワクァ?」
「……捨てたく、ないんだ」
「え?」
思ったよりも大きな声だったらしい。ヨシも、アークも、トゥモも。全員がワクァの声に耳を寄せた。だが、吐き出し始めた言葉は止まらない。
「捨てたくないんだ。父さんや母さんと過ごせるようになった今の生活も、一緒に旅をしてきたヨシも、初めて歳の近い友人になったトゥモや、アーク達も。これから、深く付き合っていくようになるかもしれないセイ達も! それを成り立たせていく場である、この国も、俺の命も、何もかも! 捨てたくない! 捨てさせない! 捨てられそうなら、拾う。簡単に、失ってたまるか! 失わせてたまるか!!」
「ワクァ……」
突如、矢の雨が止んだ。全員が目を見開き、周囲を見渡す。
妙に、静かだ。……いや、静かなわけではない。酷くざわついている。だが、ざわついている中に、今までにない種類の緊張感が漂っている。
「それが、貴方様が目指す王の姿。そう解釈してもよろしいですか、ワクァ王子殿下」
朗々と、声が響いた。次いで、馬の嘶きと地響きが聞こえてくる。ホワティアの兵士達が、悲鳴をあげて逃げ出した。
ホワティア兵の代わりに、違う兵士達がワクァを取り囲む。見覚えのある鎧だ。先ほどまで、アーク達、ワクァ以外の男全てが着ていた。
「ヘルブ国軍……」
呆然と、ワクァは呟いた。そして、ヘルブ国軍の後方、ワクァ達が目指していた場所からやってくる馬上の人物を見る。これほどの数の兵を動かせる人間は、ワクァが知る人間の中には一人しかいない。
「フォルコ、さん……」
鎧に身を包み、堂々たる姿で馬に跨る総指揮官、フォルコ=タティの姿がそこにあった。
「馬上から失礼致しまする。殿下、救援が遅れた事、このフォルコ深くお詫び申し上げます。よくぞ、ご無事で」
「いや、ご無事でも何も……これ、どういう事?」
目を白黒させるヨシに、フォルコは微笑んだ。
「殿下達が出発なさってから、密かに軍を出し申した。殿下達は自信があったようにお見受けするが、どう考えてもホワティア王を捕獲して連れ帰るとなれば、帰り道は非常に危険。それ故、このように。……森を抜けるのに手間取ってしまったのが不覚ではあるが」
「……言ってくれれば良かったのに……」
「敵を欺くには、まず味方から。軍が救援に来ると知って油断していては、それが命取りになりかねぬ」
言いながらも、フォルコは近くの兵達に次々と指示を出していく。ホワティア王は兵士達に確保された。ソウトの足には応急手当てが施され、ワクァ達には飲み水が運ばれる。多くの兵が進軍し、ホワティアの兵を第二陣の方へ追いやっていった。
「あの……何か、ヘルブ国軍の数、多くないっスか?」
落ち着かない様子で、トゥモが辺りを見渡した。たしかに、そうだ。砦の城にある展望台から見た限り、ホワティア軍は三万。対するヘルブ国軍は、まだ各地からの兵が集まり切らず一万程度。
ワクァ達が戦って減らしたと言っても、千人にもなるまい。ヘルブ国軍だって、砦を守る必要があり、全軍を出せたわけでもないだろう。数の差は変わっていないはずだ。
一万対三万なら、こんなに順調にヘルブ国軍がホワティア軍を圧せる筈が無い。ワクァ達が首を傾げていると、フォルコはフッと笑った。
「ホワティアと敵対しているのは、ヘルブ国だけではないという事」
「……と、いうと?」
フォルコは、す、と遠方を指差した。そこでは、ヘルブ国ともホワティアとも違う鎧を身に纏った兵士達が戦っている。
見た事も無い鎧だった。赤や緑、色とりどりの糸で、恐らくは鉄の板を魚のうろこのように繋ぎ合わせた鎧。頭にはきらきらと輝く、角のような物が飾られている。
「ヘルブ国とホワティア、両方と地を接する国、テア国。各地を巡らせた部下によればどうやら、かの国もホワティアから日々嫌がらせを受けていた様子。そこで手を組みホワティアに当たろうと交渉し、援軍を要請していたのが、殿下達が出発してからついに到着してくれましてな」
「じゃあ、あの鎧はテア国の……」
「左様。普段は山に囲まれた土地からほとんど出てこぬ国民性故、隣り合っておきながらテア国の文化は驚くほどヘルブ国民には知られておりませぬ。見た事も無い鎧に、さぞ驚かれたでしょうが……」
フォルコは一度、言葉を切った。テア国を説明するのに適切な言葉を探しているのか、目を閉じて少しの間考える。
「聞けば、テア国は山に囲まれ交流の少ない土地で、独自の文化を発展させた特殊な国。そしてかの国の武器……特に剣は、他に類を見ないほど頑丈であると聞き及んでおります。そして、その武器を扱う武官たちもまた、老若男女の差無く武芸を極めた者ばかりであると……」
「……ホワティア国、よくそんな国に喧嘩を売る気になったわね……」
呆れた様子でヨシが言えば、フォルコは「まことに……」と苦笑する。
「ただ、テア国の国民は上から下まで、非常に我慢強い国民性であるとも聞く。それ故、その実態を知らぬ他国には侮られる事もしばしばだとか」
「あ、そういう事」
ヨシが納得したところでフォルコは笑みを浮かべたまま頷き、後方を指差した。
「さぁ、後は我らにお任せあれ。殿下達は一刻も早く陛下の元へ戻り、作戦の成功と、殿下達の勝利を報告されたし」
「勝利……と、言えるのか?」
思わず首を傾げたワクァに、フォルコは「勿論」と頷いた。
「誰も欠ける事無く、ホワティア王を捕らえ、ホワティアの兵士達にヘルブ国軍への怖れを植え付けた。……残念ながら一人怪我人は出てしまったとは言え、概ね殿下達の作戦通り。これを、勝利と言わずして何と言いましょう?」
「……」
何と言えば良いのかわからない様子のワクァに、フォルコは微笑んだ。
「向こうに、人数分の馬を用意してございます。詳しい話は、また後程砦で。今は早く帰還し、体をお休めください。……あ、いや……その前に」
フォルコは、ごほんと、一つ咳払いをした。
「陛下が、殿下は勿論、攪乱部隊全員を非常に心配しておいででございました。陛下だけでなく、ウトゥア殿、リオン殿にショホン殿、フォウィー殿も。報告方々、まずは陛下達に全員で無事な顔を見せ、安心させて頂きますよう」
その言葉に、ワクァ達は全員で頷いた。ホッと息が漏れ、そこで初めて、全員の顔に笑みが浮かんだ。